183話目 (前世の記憶) 俺は姉を探している(1) 敦忠side
俺はようやく日本に帰って来た。
「敦忠!あっちへいっても連絡ちょうだいね!」
姉さんは俺が隣国K国へ行く時は別れを本当に悲しんで、それでも喜んでくれた。
孤児の俺に中学生の時に実の両親が見つかったからだ。
姉さんは俺たちが本当は血の繋がった姉弟でなかったことを明かし、俺に謝罪した。
俺は児童養護施設から引き取られ、両親の仕事の都合でK国に渡って行った。
それから年月が流れ、日本では
未曾有の大地震があった。
以後、姉さんと連絡がつかなくなった。
施設に連絡しても、消息不明ということしか分からない。
俺の不遇な人生で、姉さんの存在だけが唯一の光だった。こんなのは到底耐えられるはずがない。
俺は業を煮やして、碌でもない仕事も凶悪な家族も放って日本へ戻った。
3週間経っても、震災の爪痕は凄まじかった。
特に姉さんの住んでいた東京都は筆舌に尽くしがたい状況で、もはや首都移転も囁かれていた。
俺はまず、俺達が昔暮らした施設の施設長をしていた人を訪ねた。
彼は暫く落ち着くまで宇都宮市で施設を運営するらしい。東京の施設は廃墟となったらしいが、施設長と連絡が繋がり本当に助かった。
宇都宮市で、施設長から聞いた姉さんの話は、俺は知らないことばかりで驚いた。
やはり外国から、集めることのできる情報は限られていた。
俺は姉さんのストーカーを自認していたが、盗聴や監視用のスマホアプリやSNSで得られる情報なんてたかが知れている。
それはその柵のない檻から本人が自ら消え去ってしまえば全くの無価値なんだ。
姉さんは、結局見つからなかった。
行方不明者なんて溢れている状況で、俺がどんなに他人に協力を求めてもムダだった。
でも、姉さんはきっと生きている。
それはただの願望だったのか、根拠のない確信だけを持ち続け、俺は残り滓だけで動いているような日本で生息した。
それから、一年。俺はとある作家のSNSに目が止まった。
『森の神の工房』
それは、その土地の木材や金属を使って作った作品を販売する工房を紹介する内容だった。
その作者のペンネームが『うさぎ』。
別に取り立てて珍しくもないが、姉さんが昔のペンネームで使っていた名だった。
『右月→うづき→うさぎ』なのだそうだ。
それに姉さんは手先が凄く器用で、俺は子供の頃にクマの木彫りを貰ったことを思い出す。
急いで所在地を確認する。
「岩手か······」
しかも地図で確認出来ないほど山奥だ。
今までこんな調子で無駄足踏むのはもう数百回だ。
今更躊躇いはない。
俺には行かない選択肢は無かった。
駅につくとちょうど雨が降ってきた。
盛岡駅での案内で、とてもじゃないが交通機関では行けないと聞き、レンタカーを借りた。
暫く雨の中をレンタカーで走っているとあっという間に山奥の道になる。
『森の神の工房』のうさぎさんのSNSにメッセージを送ったが返信は無かった。明確な住所の記載も無く『岩手県安代』とだけあった。
日が暮れるが、その山は外灯もない。
思った通り迷ってその日は何処にも辿り着けなかった。
山道は蛇行が酷くて道の先が見えない。
これ以上は進めないかと車を止める。
雨音の一粒一粒が、車の屋根と、森林の土と、葉と葉と葉に落ちた音だと気がついた途端、その膨大な質量に寒気がする。
この広大な森林で、俺はあまりに小さな存在だと思わざるを得ない。
Uターンして暫く走っていると、ふと、山の夜道の脇に黒い傘を指した人が立っているのに気づいた。
普段なら警戒し通り過ぎるものの、今回の人探しという目的を考えるとどんな事象も受け入れるしかないと、無理に車を停めて声をかける。
そこで、出会った。
包帯の女が立っていた。
「人を待っているんです。気にせず行ってください」
包帯の女は、たぶん人懐っこく笑った。
俺はすぐに分かった。
俺は包帯の女に言った。
「ようやく会えた」
「はい?」
········ああ、俺は姉さんを見つけた。
結論から言うと姉さんは記憶喪失だった。
まあ、無事だったのに行方不明だったことを考えれば、その可能性はある程度は予想していた。
義理の弟だと言い張る俺の勢いに押されて、包帯姿の姉さんは『森の神の工房』へ俺を招いてくれた。
「その顔の包帯は······やっぱり震災で?」
俺は聞いてはいけないかもしれないが、勇気を出して恐る恐る聞いた。
「ええと、違うと思うんだけど」
震災で記憶喪失になり、お金は無く住む場所も分からず、途方に暮れていた姉さんは、知り合いだと言う男に偶然出会ってそのまま結婚したという。
包帯はその後に何らかの理由で巻くようになったそうだ。
俺はそれを聞いて崩れ落ちた。
人ってそんなに簡単に結婚するものだろうか?
大体、本当に知り合いなのかも怪しい、怪しすぎる。
もっと早く俺は行動するべきだったのに。自責の念が俺を襲う。
「それ以来、ずうっと、ここで工作してるのよ。もう手も顔もボロボロ!」
姉さんは疲れたと笑った。
これは、強制労働されている?
俺はとにかく姉さんを男と引き離さないとと思案する。
「で?その···············ダンナさんは?」
「······しいっっ!」
突然、姉さんは緊張を纏う。
ざわりと森林が風に揺れる音がした。
「もうすぐ帰ってくるわ·······彼は人間嫌いなの。例え君が弟でも許さないと思うわ·······!」
何もしていないのに、何を許さないと言うのか。
やっぱりだ。やっぱりアブない奴なんだ。
どうして、
姉さんはいつもこういう輩に捕まるんだろう?
本当に不思議だった。
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