178話目 神のなりそこないは地上にいる 敦人side
ラクーンを問いつめると、
お気に入りの銀のスプーンは北の妖精たちの宝物の銀食器セットの一つだと判明した。
銀のスプーンを泥棒したラクーンを、怒った北の妖精たちが今のアライグマの姿に変えてしまったらしい。
俺たちはそのスプーンを紐で結んで棒に括り付けぶら下げて、妖精たちを誘き寄せる作戦に出た。
時は深夜、北の妖精たちが活発に動き出す時間。
俺たちはスプーンを高く掲げて深い深い森の小道を歩いていた。
今回の作戦の発案者のアラディアも一番後ろについて来ている。
「ラクーン、本当にこの辺りで妖精たちの集いがあるんだな?」
俺が聞く。
『ウッウッウッ、酷い!この魔女!悪魔!』
さめざめ泣くラクーンは、麻亜沙に抱っこされている。
「黙れ、泥棒のくせに」
俺は冷たく言い放つ。
「ラクーンちゃん、銀のスプーンは終わったら返すからね?」
麻亜沙が嗜める。
ラクーンはまるで赤子のように麻亜沙に顔を埋めた。本当に腹が立つ。
実はこれは交渉なのだ。
ラクーンが銀のスプーンを俺達に提供し、妖精たちを誘き寄せる代わりに、俺たちはもし失くなったら新しい銀のスプーンを奴に補償する。
おまけに全てが上手くいけば、妖精たちによってかけられたラクーンの呪いを解呪する手伝いをアラディアがしてくれることになっている。
この条件に不足はないはずなのに、悪態をつくこいつは本当に往生際が悪い。
「ぐー」
「!麻亜沙·······」
突然、フラフラ麻亜沙が道端の木の根っこに座り込んで寝てしまった。
それを背負おうとする近衛騎士を止めて俺が背負う。
乗り物を失ったラクーンが一行の後を仕方なく自分の4本足で駆けてきた。
麻亜沙を背負うと、すごく柔らかくて軽くて·········こんなに華奢だったのかと驚いてしまう。
·············
可哀想に、3日間も頑張って寝ていないのだから気絶するように寝ても無理はない。
よく考えたら、惚れ薬の呪いは手を繋げないのに、おんぶはいいのだろうか?
目眩がするほどの歓びが俺を襲う。
手を繋げないのは困るけれど、これはこれで凄く悪くないと思う。
とにかく、急いで妖精を見つけないと。
アインが麻亜沙の夢にやって来てしまう。
一番の理想は、奴が来るより先に麻亜沙がアラディアの薬を飲み干すことだ。
「アラディア」
「え?」
歩を緩めて、俺たちの後ろを歩くアラディアに俺は話しかけた。
「悪いな。麻亜沙に協力してもらって」
「いいのよ、少年」
「·············でも不思議なんだ。どうしてこんなに手伝ってくれるんだ?メリットなんてないだろう。
アラディアも眠いんじゃないか?」
ただの暇潰しなのだろうか?
「大丈夫。私は記憶という存在だから眠らなくて平気なのよ。どうせいつも夜は暇しているし···········
それに今回は研究の一環だから、気にしなくていいのよ?」
メリットはあるのよ、とアラディアは笑う。
「研究?··········あんたは右子の体で何をしようとしてるんだ?
そしていつ·········右子に身体を、返すつもりはあるのか?」
アラディアは驚いたような顔をして俺を見つめていた。
「バカね···········返すも何も、私は右子なのに。
ただの右子の遠い前世の記憶なのに。
どうして皆が別人として扱うのかしら?
現代の右子ですらそうよね」
「え、だって全然··········」
別人じゃないか。
前世って何のことだ?
言葉通り受け取れば、アラディアは右子の前世の右月のような存在ってことだろうか?
だから右子を現代の右子と呼んでいるんだろうか?
だとしたら、魔女狩りや発言から、随分昔の、何世紀も前の···········右子なのか?
「性格が違うから?
だけど性格は育った環境や周囲に作られていくもの。
私の記憶はゆうに18歳を越えているのよ。
これからあなたの右子が私のようにならないと言える?
私は未来の右子かもしれない············」
「え゛」
失礼かもしれないが、
俺は背筋が凍る思いをした。
だけど、背中に麻亜沙がいるからすぐに持ち直す。
何年先の未来なんて関係無い。
俺はたった今この時、この背中を守らないといけない。
俺は、右月から右子は続いていると思うけれど、どうしてもアラディアから右子へ続いてるとは思えないのだった。
「右子は右子だ。あんたは············悪いが右子じゃない」
アラディアは笑っていた。
凄く嬉しそうに。
「フフフっ!君っていいわね。凄く!」
そしていつの間に前に来て、俺の歩を止める。
彼女の手は俺の頭を撫ぜる。そして頬に触れるとついっと滑らかな指を下に滑らせて俺の顎をクイッと上げた。
昼間、俺が麻亜沙にした動作と同じで、思わず俺は身じろぎする。
「私が、あなた自身のずっと前の前世を知っていると言ったら?
私は同期した何十もの右子の過去を持っているの。そこにあなたと出会っている記憶がある········」
パキッ
足元で小枝が折れる音がした。
「··············俺は前世は敦忠からの、今は敦人だ。
それ以前は無い。他は無だ。」
「ふふふ、さすがにブレないわね!
············私とあなたは同じ仲間。
············今は神へのなりそこないってわけ。
私は寿命を終える前に、自分の仏像を彫ったのに入れなかった。
あなたは、私とは別の前世だけど···········右子に仏像を貰ってたわね?
あの時は神になれたのに、
今はどうして地上にいるの?」
「はあ?」
············こいつはやっぱり魔女だな。
言葉巧みに人の心を乱すのは止めて欲しい。
俺たちは近衛騎士に促されて歩みを再開した。
(前世か·········)
俺はアラディアとアインの関係が気になっていた。
神という言葉も、アインを救世主と呼ぶ言葉も、
全てが前世に起因しているのかもしれない。
だけど、
それが俺と今の右子に関係しているとは思えないし、
心底、思いたくもない。
どうしても地上も何もない
右子がここにいるから
俺はここにいる。
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