175話目 森のイジワルなラクーン 右子side
アラディア様は最終兵器だ。
今はまだ出番がないので自由にしていいそうだ。
「まぁぁ!ここは魔法薬草の宝庫だわ!!!」
北の地域に着くと、私達は戦地へは赴かず、なぜか北の森へ入って探検していた。
未開の地域を調査する研究調査チームが北の森で調査をしているところへ私達は参加させてもらっている。
「右子様!こちらを見て下さい!大変珍しい形のマンドレイクを発見しました!」
「まああ!この根っこ、人間の男の赤ん坊の形をしているのね!赤ん坊タイプで性別もしっかりしてるのは珍しいわ!
効能が気になるわね、採取しましょう。
泥をそっと綺麗に取ってね、細い所も折れないように、そうっと··········」
金原宮先生とアラディア様はつるはしや鎌を持ち、夢中で薬草を収集している。
先生はアラディア様の助言を得て、収集した魔法薬で使用する植物の標本を作るらしい。
彼らは趣味が合うからかとっても仲が良いみたい。
まるで師匠と弟子だ。
「麻亜沙、あっちに湖があるって!」
「ほんとう? 行く行く!」
私と敦人は連れ立って、美しい樹木が林立する神秘的な森の小道を行く。
あっちからもこっちからも、ひょいっと妖精でも出てきそうな雰囲気だ。
近衛騎士達を引き連れて私と敦人が湖に着くと、
しんと静寂がこの森の世界を支配している。
「キレイ··········」
「静かだ·········」
私たちは湖の畔に並んだ岩に腰掛けた。
私もこの美しい森に連れてきてもらえてよかった。
本当は危うく私は留守番になるところだったのだ。
なぜか麻亜沙の中身が右子だと、敦人だけでなく奏史様にもバレていた。
お陰様で、近衛騎士たち半分の4人を私に割り当てられてしまい、久々に、私の周りをがっちり固めてくれている。
近衛騎士の槙田くんは、私は特にやることもないのに危険な未開の森林になど行かない方がいいと主張した。
だけど奏史様は、私が部屋にいて退屈になると寝てしまうのが心配だと言う。
そう、私は寝てはいけないのだ。
ついこの間、アイン王子が私とちょうど同じ期間寝続けていた事から、アイン王子が夢の中で私を誘拐しているのではと。
そんな事を真面目に奏史様は危惧しているのだ。
「フフフフ、奏史様って案外お茶目なこと考えるわよね。夢の中で誘拐って!」
私もあの長い長い眠りで、アイン王子の夢を見た気がして彼が原因ではと疑っていたけれど、すぐに思い直した。
だって、同時に寝たからといってそれが何だというのだろう?
麻亜沙さんと会いたかった? それなら昼間に現実世界で会えばいいと思うのだ。
まともな人間なら、現実世界での貴重な3週間をフイにしてまで、そんな無意味な事をするとは思えない。
だけど敦人は無表情だった。
「··············大丈夫? さっき車の中でガクンッて居眠りしそうになってたぞ?」
「あ、敦人まで?」
なんだろう、彼らはいつの間にかこんなにメルフェンな感性を持ち合わせるようになっていたのだろう。
妖精がいるのと同じ次元、雲を掴むような空想の話でしょう?
だって、夢って完全にプライベートな世界なのに、どうやってアイン王子が来るというの。
そう、夢はいわば完全個室、のはず、なのに、
········あ、····ドアを開けて人が···········
「ぐう」
「みぎこ、みぎこ、みぎこーーー!!」
私はゆっさゆっさ、敦人に大きく肩を掴んで揺らされる。
「はっ!? はは········ごめん。静かな場所で、つい」
「ったく、しっかりしてよ!?」
敦人はキレ気味だった。
ひどい。
私、悪いの?
でもさすがに3週間寝続けたとあって、あれからほぼ一睡もしないで気力だけで何とかなっていた。
私達はこの美しい湖の周りを散策した。
湖の水は澄み渡り、静寂に包まれた池の水面に木々の緑が映りまるで水鏡のよう。
気づけば霧が立ち込めて幻想的な雰囲気だ。
ジャブジャブジャブジャブ···········
ん?
この鏡のような水面の端っこを荒らすのは·········
背中の丸まったもふもふの·········
ア、アライグマ!?
「ラクーン···········だ!」
ラクーンとはアライグマの洋名だ。
かわいい!何か洗ってる!
よく見たら、何とぴかぴかの銀のスプーンを洗っているのだった。
ラクーンは一生懸命洗っていたのに、私達に気がつくと驚いたのか、飛び上がったそのはずみでスプーンを湖に落としてしまった。
その嘆き悲しむ様は、·············人間くさかった。
そういえばこのラクーンは服を着ている。
「何だろう?この··········獣は?」
敦人は訝しんでいる。
「もしかして、妖精かしら?」
だとしたら素敵なんだけど。
「これはアライグマだろ!?
この世界ではラクーンと呼ばれることが多いけど。
妖精って綺麗な男女でしょ?
小さくて羽があって··········」
「ううん、それはただの一般的なイメージよ。妖精って動物とか火の玉とか、もっと色々な姿形したのもいるらしいわよ?」
そのラクーンは天を仰いだ。
『············ハァ、大事な銀のスプーンなのに』
喋った!!!
私と敦人は、顔を見合わせた。
ラクーンはキッとこちらを睨んだ。
『············妖精さんのせいですよ!?
僕を驚かせて!!もう、どれだけイジワルしたら気が済むんですか!?
スプーン取ってきて下さい!』
「へっ?」
視線の先はどう見ても私!?
「ラクーン、この人は妖精ではないぞ?」
敦人が即座に返答する。
『ウソだね!こんなに光ってる人間なんて見たことがない。それにそんなに綺麗なんだ!絶対に妖精だろう』
「うーん、確かにお前よりはよっぽど妖精っぽいけど。
麻亜沙は人間離れしているし·········」
敦人は黙って私を眺めている。
最近の私に思うところがあるようだった。
「···············まあ、とにかく妖精ではないさ。
話が長くなるなら俺たちは行くよ。
行こう、麻亜沙」
「敦人···········い、いいのかな?」
「いいさ。
あいつは勝手にスプーンを湖に落としたんだ。
麻亜沙は妖精でもないし。
それに暇じゃないだろ、俺たちは」
敦人は、私の手を握って引っ張った。
暇じゃないのかな。
··············
·············
「熱っ!!」
敦人が咄嗟に手を離した。
「熱い··········」
私は手を見ると、手の平は真っ赤で火傷のようになっている。
「麻亜沙!?電流流しただろ!?」
「敦人こそ!火で熱くしたでしょ!?」
私達はお互いを睨んだ。
『フフ····フフフ·········
ケンカしろケンカしろ·········』
不穏な笑い声がして、
振り返ると、もふもふのラクーンは肩で笑っていた
『この森にはもっと北から来た妖精たちが住み着いてるんだ。
奴等はとってもイタズラが大好きさ。
そしてと〜っても嫉妬深い。
君たち恋人があんまりにも仲良し過ぎるから、
呪いをかけたんじゃないかな?
フフフ、もう君たちは永遠に仲良く手は繋げないだろうね·········』
!?
「こっ恋人!?」
「永遠に手が繋げない!?」
ラクーンのとんでもない発言に、
私たちはお互い見つめ合った。
『かくいう僕も、北から来た妖精達にこのラクーンの姿にされたんだ········』
ラクーンはいたいけな瞳を潤ませた。
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