170話目 屋上のとらばーゆ 敦人side
「天気が良くてよかったですね〜」
アインの侍従のジフがしみじみと言う。
俺が雨天決行と言ったので無茶を言うなと心配していたようだ。
『校舎の屋上で右子様と一緒にお弁当を食べたい』
というアインの望みを叶える企画の為に、俺たちは校舎の屋上で弁当を広げて昼食会をしている。
学長代理を呼んだせいで、課外活動の一環に見えてしまいそうなのは否めない。
俺とアインと麻亜沙さんと学長とおまけのジフとの5人だ。チェアも誘ったけれど魔女の右子様がいるならと断られてしまった。
だけど、企画のタイトルロール(タイトルと同じ名前の役)である右子がまさかの不在だとは。
そう、魔女の右子は誘ったけれど来なかった。
「麻亜沙さん!そのサンドイッチすごく美味しそうだね!!」
「ほほほ、李鳥公爵家のシェフ長の渾身のサンドイッチよ。三種のハムと六種のチーズが入っているの。
レタスとトマトも薄切りにして挟んだら分厚くて食べ難いサンドイッチになってしまったとシェフが申し訳なさそうにしていたわ」
さっきからアインが麻亜沙さんに話しかけても、学長代理が即答してしまう。
さすがに李鳥公爵家はセレブだ。
ただのハムやチーズにも様々な種類を用意し贅を尽くしている。
権野公爵家のシェフにかかれば、弁当といえばおにぎりメインでたくあん付き。おにぎりの中身は梅•シャケ•昆布の3種類ぐらいが限界だけどな。
アインはさっきから、ねえねえと無我夢中で麻亜沙さんに語りかけている。鬱陶しい。
そもそも麻亜沙さんはさっきから分厚過ぎるサンドイッチを口いっぱい頬張っていて、答える為に話せないのに気づいてないのか。
昨日からこのプロジェクトに自信満々だった彼女は、ただこの場所で、サンドイッチを頬張っているだけでアインを喜ばせるのに成功している。
会話せず、笑いかけることすらしなくても、サンドイッチを咥えて返事は相槌で頷くだけ、それだけでアインは蕩けるように幸せそうな表情だ。
アインは右子に会えない寂しさを麻亜沙さんで埋めようとしているのだと思う。
憐れだけど、奴は節操が無い。
どんなに愛情が深くても多情であれば意味が無いというものだ。
俺はもちろんこんな浮気者のアインと右子の婚約は反対だと再認識せざるを得ない。
「へえ〜、麻亜沙さんは今は学生じゃなくて侍女見習いなんだ? 帝居の神殿にもいたよね?」
アインが興味津々に聞くと、サンドイッチをようやく食べ終えた麻亜沙さんがここぞとばかりに口を開いて答える。
「そうなんです。私は神官をやっていましたが辞めました。
今はとあるお屋敷の侍女になる為に、日夜、李鳥公爵家を学び舎に侍女の修練に励んでるんです!」
「そうなんだ!すごいね!
とあるお屋敷ってどこ?
··············まさかそのまま李鳥公爵家じゃないよね?」
「ふっ、それはですね············」
溜めに溜めて答えようとしている麻亜沙さん。
「うちの侍女に採用!」
ジフが突然大声で叫んだ。
「··········································えっ」
麻亜沙さんがマイク替わりに握っていた、フォークの先に刺したマンゴーがポロリと落ちた。
豆鉄砲を食らったような表情をしている。
今、もしかしたら、彼女こそがコーリア国のお屋敷の侍女になりたいと言って皆を驚かせるつもりだったのだろうか?
それが、まさか言う前にこの場で採用と言われるなんて思わなかったのだろう。
学長代理は珍しく無言。
俺は慌てた。
まだ応募してもいないのに採用ってどういう事?
「ジ、ジフ!またふざけちゃって、そもそも、お前にそんな権限ないだろ? コーリア国のお屋敷は『宮殿』って呼ばれるぐらいの大金持ちのお屋敷で、従業員の応募もすごい倍率だと聞いているぞ?」
「そ、そうですわよね。こんなふざけた男がお屋敷の採用に関わっていないわよね········
冗談なんて、この子にとって迷惑ですよ?」
学長代理も乗っかってきた。
もしかしたら李鳥公爵家だって、せっかく侍女として育てるなら数年は勤めてほしいと思っていて、麻亜沙さんに他に就職されたくないのかもしれない。
「いや? うちの屋敷の従業員の採用試験を統括してるのジフだよ? うちって主人は王子の僕しかいないしほかに家族もいないし、特に必要って訳でもないから、採用なんて、めちゃくちゃ適当だよ?」
アインは何でもないことのように話す。
「ジフが採用試験官って、判定、美女かどうかだけしか見ないでしょ!? 男は休日の趣味の話題が合うかどうか、とかそんなんで!それでいいの!?」
侍女に採用って、『宮殿』に勤めるって意味で言ってるんだよな?
俺が、麻亜沙さんの為に、手配しようとしてること無駄になるだろ!?
「ねえ、麻亜沙さん頼むよ〜うちの屋敷に来なよ〜
アイン王子の世話してよ〜
即採用だよぉ〜」
パンッッ
追いすがるジフの手を払って、学長代理が麻亜沙さんを引き寄せた。
「申し訳ありませんが、うちの子はまだまだ未熟ですので他家に侍女に出すなんてとてもとても」
「!未熟·············」
「それにお茶も淹れたら苦いし」
可哀想に、麻亜沙さんは打ちひしがれている。
「出身家もここだけの話、侍女向きではないお家の者なのです」
「あ、それは、俺が彼女にちょうどいい養子に入れる出身家を探してあげているところなんだ」
「養子に入れる出身家を探すって、どういうこと?···········敦人が?何で?」
アインは疑念を抱いたような雰囲気だ。
確かにわざわざ就職の為に養子に入る出身家を探すなんて普通にはない事だ。
深読みはしないで欲しい。
「え〜そんな事!ぜ〜んぜん、気にしないけどな〜」
能天気なジフはまだ言う。
「はあ!?こんな基本事項も判定しないであなたは家人採用試験官をやっているのですか?
今までの落とされた受験者に失礼ですわよ!」
「ええ〜?·········ごめんなさいッと·········?」
ジフは決まり悪そうに頭を掻いた。
「········?」
アインも何の話だったのか分からなくなってきている。
俺は胸を撫で下ろした。
学長代理の厳しい侍女能力批評のお陰で、麻亜沙さんも自信喪失して大人しくなっていた。
まさかコーリア国のお屋敷がきちんとした採用試験をしていなかったとは·········全く、ジフは非常識だ。
頼まれた事を途中で投げ出すのは性に合わない。
それに、きちんとした経歴で就職した方が侍女としての彼女の今後の為にもなると思う。
彼女には権野公爵家所縁の最高の出身家を探してあげたいと思っている。
何なら権野公爵家の養女にしてもいいしな。
麻亜沙さんは··············
俺に何かしてあげたい気にさせる不思議な侍女見習いだった。
「ううう」
麻亜沙さんは呻きつつ、残りのマンゴーをフォークの先でつついていた。
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