16話目 砂漠の国の薬剤師 右子side
「まさか、敦人も伝家の宝刀を使うとはね······」
私はぶつぶつ独り言を言いながら長い廊下を歩いていた。
今朝、座敷牢の敦人の『超常の病』の病状が急変したと連絡を受け、帝宮医局の山洞御所医局室に医師派遣の要請があったのだ。
この病は定期検診が欠かせないので、いつか医者を呼ぶだろうと思っていたけれど、かなり早くチャンスが訪れたのだ。
二人で 帝宮の西の対への渡り廊下を歩いていると、久留米医師は溜息をつく。
「いや、あんな手を使うの、姫ぐらいですからね?」
「え?皆使うでしょう?仮病くらい。」
久留米医師は溜息をつくと、ぶつぶつ言葉を漏らす。
「こんなにこすい帝女ってどうなんでしょうね?さすがに敦人殿下の方は仮病じゃないと思いたいな。
うーん、でも、本当に具合が悪かったら、それはそれで·····あーあ、どうするかな········」
「もしや、久留米医師、敦人の診察、自信ないんですか?」
「うん、全く。」
聞き捨てならない。
「だって爆発だよ!?そんな恐ろしい病気、治療するとか、命懸け過ぎるでしょ。」
ビビリとヘタレが本領発揮している。私は胡乱な目を久留米医師に向けた。それにタメ語も絶好調だ。
「······じゃあ、専属医師の先生を連れてきてくださいよ。なんで久留米医師が来たんですか。私は同行させてってお願いしたたけですよ?その先生に私の同行を頼めばいいです。」
「いやいや、敦人殿下の専属医師はもう医局にいないんだよ。先日のプリンス・トラブルの宮内省の粛清で連座されたから。今は消息不明で連絡も取れなくて。
彼がいれば、火事とか爆発とか症状の詳しいところを聞きたかったんだけど。」
「··········」
「ん?どうかした?」
「·····いいえ、よく考えたら、爆発なんて敦人に関係ないかもしれないし。火事とかそういうのも権野宮家に反感を持った他組織の間諜とかの仕業かもしれないし。」
「うーーん、······そもそも彼に纏わる出来事には爆発事故が多いんですよ。公にはなっていないですけどね。俺も敦人殿下についてはちょっと調べたんです。」
久留米医師は口調を丁寧に戻しつつ難しい顔をした。
「·····でもっ」
「しっ」
久留米医師が声を潜めわたしを背に隠す。
メイド数名とすれ違う。
「先生、私を大袈裟に隠さないでください。挙動が不審すぎます。」
「仕方ないでしょう。姫の格好目立つから。」
彼は大きく溜息を吐いた。
私は今日は包帯姿を隠すため白い薄布のベールを被ってアラビア風の形の白衣を着ている。全身白ずくめ、白装束だ。
「このベール、アラビアンナイト風で素敵·········」
前世で言う、なんかのコスプレみたいで、キャラが立っていてカッコいい。とても好ましい。
「敦人殿下の『超常の病』は砂漠の異国から取り寄せたサボテンから薬剤を作るそうです。姫はそのサボテンの成分を調合する為、異国から来た薬剤師······という設定です。」
薬剤師設定もけっこうイイ。
今は医局を休職中だけれど実在の人物がいるらしく、衣装はなんと彼女の使用していた本物だって。
包帯の顔が隠れるようにベールは分厚く改造して、動かないように固定されている。
しかし、こんなアラビアン衣装の薬剤師がこの世界に実在していたとは、オタク心をくすぐり過ぎて色々やばいと思う。
趣味の記憶はしっかり残っている自分を褒めてあげたい。
先触れとして少し前を歩いていた侍女の足が止まった。座敷牢の敦人の部屋の前に着いたみたいだ。
「待て。ここは入室禁止だ。そちらの方々は?」
侍女が抑揚のない声で説明する。
「帝宮医局の医師と薬剤師です。敦人殿下のご体調が優れないとご連絡頂き、診察に参上しました。医師の名は久留米憂樹。薬剤師の名はミーシャです。」
そうそう私はそういう名だったよね。
見ると、厳つい大男が私を見て、
「ミーシャ·····」
と睨みつけてくる。
右子だとバレればもちろん即、捕縛される。
見かけたことがある近衛兵だと思う。
帝宮で使えていたあらゆる人々がクビになって消えたのに、近衛兵だけは見知った顔がまだゴロゴロ残っているのだ。近衛師団は李鳥公爵家が元々管理しているので身元は信頼できるということだろうか。
ベールの下は包帯だ。これ以上は私だとバレてしまうので、そろそろあっちを向いて欲しい。
「この者は薬の調合が大変優れていまして、砂漠の国より殿下の為にと薬剤と一緒に呼び寄せた者です。宗教的な理由から人目を避けています。そのように睨むのはご容赦願いたい。」
久留米医師に庇ってもらう。
もし、ここで正体がバレればただでは済まないよね。
うーん、でもこれどのぐらいの罪になるんだろう?
私も近いうちにロイヤル・クライシスに名を連ねてしまう想像をして、身震いした。
さすがにそれは無いとはいえ。
まさか内気で引き籠もりと噂される帝女が、変装までしてここにいるとは誰も思わないと思う。
自分でも驚きの行動だ。
人って変われるんだなぁ。
私は座敷牢の番人の手を取って、
「患者が苦しんでいると聞き駆けつけました。
早く通してくださいね?」
顔は見えないけれど、お願い事の切実な雰囲気は伝わると思う。
私は、努めて優しく微笑んだ。
こうすると願い事はだいたい聞いてもらえるものだから。