167話目 それはあいつの気分次第 敦人side
「右子、来ないな」
俺達は『廊下で右子様と出会い頭にぶつかりたい』というアインの願いを遂行する為に、ここで右子と待ち合わせをしている。
「来ないですね、場所は伝えましたか?」
アインの侍従のジフが言った。
「ああ、階段の降りた所に集合って伝えてある」
「·······俺が出会い頭とか、細かいこと言ったばかりにごめんね。ただの廊下にすればよかったかな」
「いいんだ。気にするな」
ただの廊下で正面衝突なんてほとんど起こらないからな。出会い頭だって微妙だけどな。
ただ、新入生だしこの場所は分かり難かったかもしれない。
「この校舎で、廊下から出会い頭が発生するような折れ曲がった地点はここしかないんだよ。階段を通して1階と2階にも同じスペースがある」
「ああ、そっちかもね。2階も行ってみようか?」
俺達は2階までいってみるが、右子はいなかった。
仕方なくまた1階へ戻ろうと階段を降りて行く。
「··········もしかして、まだ魔法準備室かな?」
「···············」
実は入学式を終えてから新クラスでの始めての時間を終えると、待ち構えるように金原宮先生がA組の外で右子を待っていた。そして魔法準備室へ連れて行ってしまったのだ。
「あの人、どう見てもあからさまに右子様を追っかけて中学年に移動してきてるよね?」
ごく自然に右子様と魔女の右子呼びで区別するアインが言う。以前の右子との区別をつけたいとのことだ。
俺もこれからは、右子と魔女の右子とを使い分けて言おうかな。
彼女のムードが魔女ぴったりで分かりやすい。
「そうかもな。元々右子を追っかけて小学年の先生になったんだし。そう考えると当たり前かもな。
それに先生は研究所で魔法を研究してるそうだから、今にも魔法を使いだしそうな魔女の右子には、なおさら心酔してるんじゃないか?」
「げ·······」
金原宮先生は中学年の教師と掛け持ちで今年度から国立研究所の副所長にも就任したらしい。
最近は次期金原公爵と目されるようになった金原宮先生はこれから多方面で兼任の依頼が増えるだろう。
帝国学校の理事長は金原公爵家の傘下の者なので、学校でもかなり権力を持ちそうだ。
「それにしても、大人の男に手厳しい魔女の右子が、金原宮先生には割りと常識ある対応をしてるよな」
「う〜ん、僕は怖いよ。魔女の右子が何か良からぬ事を企んでそうで··············」
確かに嫌な予感しかしない。
·········このまま放っておいて良いものか。
やっぱり魔法準備室に迎えに行かないと·········
「あっ!」
ごっち〜ん!
先に歩いていたアインとあちらから階段の方へ曲がってきた麻亜沙さんと、廊下の出会い頭でぶつかってしまった。
階段から廊下へ出る地点だった。
俺が『廊下で右子様と出会い頭にぶつかりたい』を実現するならここしかないと、狙っていた場所だった。
「カーーーーーット!」
ジフのふざけた声が響いた。
「嘘だろ、リアルに実演するなんて!」
俺は急いで、麻亜沙さんの手を取って立たせる。
彼女は缶ジュースを持っていたのを落として散らばらせてしまったので、それを皆で拾う。
「大丈夫?はいこれ」
「ありがとう········」
「ご、ごめんね!」
アインも慌てて拾っている。
「ううん、私こそ、前をちゃんと見てなくて。
ごめんね!アインも大丈夫?」
「うっ!? うん!」
麻亜沙さんは鈴のような声で言うと、
アインの無事を確かめてホッとしたように笑った。
3本あった缶ジュースは見ると紅茶の缶ジュースだった。
「え!?缶ジュースって、もう存在してたっけ?
自販機もどこかにあるのか!?」
俺は前世でしか無いような缶を見て驚いてしまう。
「自販機はないけど、缶ジュースはあるのよ。
食堂で冷やしたのを売ってるの。ほかの種類の飲み物もあったわよ」
麻亜沙さんは何でもない事のように教えてくれる。
「へぇ〜」
「私、侍女なのに苦い紅茶しか淹れられないから、買ってくるように頼まれて·······
あっ、もう行くね。拾ってくれてありがとう!」
なぜか侍女だという彼女が立ち去った後は、ほのかに爽やかな良い香りが残っていた。
「缶··········?持ち運びに便利な物があるんですね」
ジフも初見のようで、缶に驚いていた。
まだ一般的には珍しい品だと思う。
俺は『自販機』を知っていた麻亜沙さんに違和感を抱いた。
それに、·········麻亜沙さんってあんな感じだっけ?
いつもの人を食ったような飄々とした雰囲気は鳴りを潜めて、とても人当たりが良かった。
このままずっと話していたいっていうか、
何ていうか··········
普通の優しい女の子って感じだ!
苦い紅茶しか淹れられないのも、右子を彷彿とさせ好印象だった。
何より、彼女からは心が洗われるような純な気持ちが溢れ出ていた。
俺はつい魔女の右子と比較してしまい、
身震いしそうになるのを抑えて口を開く。
「さて、どうする? 肝心の右子が来ないんじゃな·······」
「ミッションクリアでいいです」
「は?」
ジフがおかしなことを言う。
「アイン王子を見て下さい」
アインがどうしたって?
「アインって呼ばれた········
うれしい········」
アインは真っ赤になって感動したようにうち震えていたのだ。
「王子抜きで呼ばれたって!?麻亜沙さんに!?
たぶん慌ててミスっただけだよ?
なのに喜んでるの!?」
アインは右子にも王子を取って呼ぶように要求していたけど、女の子から呼び捨てってそんなに嬉しいものか?
「うん、ミッションクリアでいい·········」
「えええ~!?」
俺は右子の補償なんだから、右子でやらないと認めたくない。一応の枠組みは守らないといけないと思う。
「ミッションクリアの条件を満たしてないから、う〜ん·········」
「何ですかシウは。自ら厳しくしてません?
···········つまりですね。
基準はアイン王子が喜んだかどうかって感じでどうですか?
これからはこの基準でいきましょう」
ジフは自信満々に言ってくる。
「右子の条件、取り払っちゃうの!?
喜ばないとクリアできないなんて、その方が厳しいじゃないか!」
「仕方ないですよ···········これはアイン王子の受けた損害に対する補償ですからね。
今までのはすべてOKとしますからいいでしょう?」
「ううう·········」
納得できない。でもこいつカオン王太子にいちいち告げ口しそうだな。
できれば奴が再来するような事態は避けたい。
あいつは周囲をめちゃくちゃに引っ掻き回すヤバい奴だから。
「これってもう俺の宿題になってないか?
俺が一人で補償しているような不条理さを感じる········」
「はっ、今更何を言ってるんですか」
ジフが呆れて言う。
俺はまだ顔の赤い、めんどくさいアインを見た。
「全く········、俺、公爵家の仕事で忙しいんだぞ········
取り敢えず、ミッションクリアでいいんだな!?」
アインは頷いた。
そうだ!
さては、こいつはまだ麻亜沙さんも好きなんだな!?
俺は新たな条件に活路を見出す。
この調子で麻亜沙さんに協力してもらおうか?
それにしても、本命が何人いるんだ?
節操無いなこいつ···········
呆れた俺は、アインをじとりと睨むのだった··········
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