165話目 あの娘は妖艶 チェアside
ふふふふっ
入学式の新入生の挨拶で壇上に上がった右子様は、
体育館に居並ぶ 来賓、教師、生徒、全員を見下ろして機嫌良く笑っていた。
それは、大人っぽく·······妖艶に········
『いやいやいや、めっちゃ別人じゃ〜〜ん!』
私、ナムグン•チェア は身悶えて叫んだ。
心の中で。
帝女に対する発言は慎重にするべきだ。
今や右子様の周囲には、8人の近衛騎士に加えて、新たな親衛隊員が交替で2·3名ほど間近に控えるようになっていた。
これは友人に聞いたのだけど、新年度になって即座に新たな右子様親衛隊が発足したそうだ。
親衛隊は所属する人数もメンバーも公表していないが、小学年から中学年に移動してきた金原宮 根津生先生を顧問に据えたれっきとした学校公認の金原派のグループらしい。
右子様がコーリア国『臨時政府』の人質になった事を受けて、魔法面からの守りを固めるために生徒達によって自主的に発足したのが始まりらしい。
ニホン国では魔法ってまだ実用しているのかしら?
帝国学校の理事長は金原宮公爵家の傘下の金澤侯爵だから、金原宮先生が顧問のその親衛隊には力添えがあるようだ。
ちなみに小中高の学校長は李鳥公爵家の有力者が奏史様の後を引き継いでいる為、近衛騎士を始めとする李鳥派も多く校内には存在していて、校内の派閥争いはますます対立しそうだ。
と、友人達は熱心に噂していた。
まあ、私はコーリア国人だし派閥とか関係ないよね。
私はこの4月、帝居から権野公爵家に居を移して暮らしている。
そうなのだ、私と敦人は婚約者だったのだ。
誰もが忘れていたのに、権野公爵様は覚えていたようだ。
帝族と違って婚約候補なんてまどろっこしい段階は踏まない。婚約者と言えばシンプルに婚約者だ。
でも婚約式をしてないからまだ正式な婚約者とは言わないのかもしれない。
私は右子様と離れてしまって凄く寂しい。
シウん家に引っ越したと聞けば、右子様が小姑になってまた邪魔しに来るかとちょっと期待したけれど、今の所何もない。
とは言っても、卒業式にはカオン王太子に有利な証言をして右子様を窮地に立たせてしまったのでとても気まずい。
実はあれからまともに話せていないのだ。
右子様に近づこうとすると、この前の私の裏切りを目の当たりにした近衛騎士達にしっしっと遠ざけられてしまうし、何より右子様自身からも無視され続けている。
今更右子様のフォローを期待している自分が惨めだった。
あの時、アイン王子に危害を加えまくった右子様はおかしかったけれど、今のまるで別人のような右子様ほどではなかった。
あの別人のような妖艶な右子様は、私なんて小娘は眼中にない。きっと路傍の小石ぐらいにしか見えていないのだろう。
「········ハイ!カット!
どう?アイン?」
新しいクラスに向かう途中、階段の踊り場が俄に騒がしくなり、敦人の声が響く。
見るとアイン王子と右子様も一緒で、私は急いで身を隠した。
「··········すれ違っただけだ」
「うん、それで、どうだった?」
敦人は期待したように聞く。
「···········何で僕はこんなこと望んだのかなって思った」
「!?それは俺もそう思うよ!?!!」
敦人はキレそうになっている。
「ホホホ·········良いじゃないですの。好きな人と階段の踊り場ですれ違いたい気持ち··········ピュアですわぁ」
右子様は余裕綽々で窘めた。
それってもう純じゃない人が言うセリフ!
あの純の権現のような右子様が。
つくづく、どうしてこんな短期間ですっかり大人になってしまったのだろう?
まさか?
春休みの間に右子様に何かドキドキの出来事があったのではないかと、廊下の物陰から邪推する私。
『もちろん相手は奏史様?』
つい映画のような情事をあれこれ思い浮かべて私はぼうっとしてしまい、首を強く左右に振る。
これ以上妄想しちゃダメだわ·········!
奏史様は今年度から学長を退職されてしまったのでこれまた二重に寂しい私だった。
おまけに私の方も敦人と婚約してしまい、奏史様はますますぐぐ〜んと遠い雲の上の人になってしまった。
「まあいい。これで一つ消化だな。
まだ学校は通常時間割じゃないから、『階段の踊り場で右子様とすれ違いたい』を先に消化できて良かったよ。
さあ、そろそろ始業だから教室へ行こう。
『廊下で右子様と出会い頭にぶつかりたい』は終業後に持ち越しだ!」
敦人は紙に何かを書き込んでいる。
真剣にアホな事をやっているのは簡単に推測できた。
『あれが私の婚約者だよ·······』
奴等はわいわいと騒ぎながら行ってしまった。
私は溜息を漏らしつつ、妖艶な右子様を盗み見ていた。
あのぐらい魅力的じゃないと奏史様のお相手は務まらないだろうと納得する。
心ごと吸い込まれそうな妖艶な美女だものね。
いや、この前までは違ったけどね?
私の心が晴れないのは、やっぱり右子様が原因なんだろう。
あの娘に嫌われているかもしれないと思うだけで、心がぎゅっと締め付けられるように痛いのだ。
それはまるで恋心の切なさのようだ。
カオン王太子から、傾いてる実家への金銭的援助を申し出られたとはいえ、友達を売るなんてするべきではなかったのかもしれない。
まあその友達は我が国の王子を害していたんだけど·············
現在、王太子の派閥に入っている実家は王太子のコーリア国脱出でますます窮地に立たされていた。
おまけに所有の鉱山も採掘量の減少による経営不振で、父はニホン国との貿易に再起をかけて太い人脈を作る為に、そもそも今回の権野公爵家との婚約話に応じたのだ。
私は静かになった階段の踊り場に佇んでいた。
窓から景色を眺める。今日は快晴だ。
ここで始業ぎりぎりまで時間を潰そうかな。
きっと、行き先はアホ3人組と同じ新A組だと思うから。
「本当に、小学年と同じで嫌になっちゃう······」
皆、少学年から繰り上がっただけの生徒達なので、クラス分けはほぼ6年生の時と同じだという。
私はお試しで小学年6年生を1ヶ月ちょっとやっただけなのに、すっかりA組に飽き飽きしていた。
6年A組で多少仲良くなった友人はいるけれど、やっぱり右子様ほど仲良くなった友達はいなかった。
後方で人の気配がした。
立ち去ってくれるのを期待したけれど、
なかなか去らない。
もしかして、知り合い?
私が振り返ると、相手の息を呑む気配がした。
「! チェアさん············!」
鈴のような声だった。
「麻亜沙さん?」
そこには、驚いたように口を両手で覆った、
可愛らしいの権現のような
透水麻亜沙さんが立っていた。
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