157話目 魔女と落下する夜 アインside
夜が来た。
真っ暗な夜が。
右子様の夢の世界はいつも昼のように明るかったのに。
僕はベッドで寝転がって寛いでいたら、すっかり心の体調は良くなったようだ。
そして現実世界の身体の体調の方も·······大分良さそうだ。
死ぬなんて勘違いだったかな?
くすり、悲観的だった自分を笑う。
おっと、
ちょっと眠くなる。
危ない危ない
この世界で寝てしまうと、現実世界で逆に目覚めてしまうのだ。うっかり目を覚ましてしまわないように気をつける。
さて、そろそろ右子様もこの世界に来る頃だろう。
地上へ右子様を探しに行こう。
部屋の外へと開く扉を開けてドア枠へ足をかけると、タワー最上階の外は強く風が吹き荒んでいる。
真下は奈落の底の様に真っ暗だ。
今夜は闇夜か、
月は出ていない。
空には幾億もの星々の輝きが、眩しいぐらい瞬いていた。
僕はそこからえいっと飛び降りて一気に下へと急降下して行く。
ギューーーーーーーン
耳鳴りがする。
ゴチンッッ
「痛っ」
何かにぶつかった!?
空中で何かと!?
僕は頭を打って不意をつかれ、
そのまま落下してしまった。
落ちた地面の上で目を回していると、大声が降ってきた。
「いたぁ·······あ!!救世主!!!」
えっ、 僕を救世主なんて呼ぶのは···········
見るとそこには、黒ずんだボロ布を纏った右子が、宙に浮かんでいた。
僕は黒い右子かと一気に顔色が悪くなるが、
「黒い右子じゃない!?
·················魔女の右子!!」
その魔女の右子は大きな箒に乗って浮かんでいた。
何と、上空でぶつかったのは魔女の右子だったようだ。
前世で、僕は彼女が魔女狩りで火炙りにされる瞬間に拐ったから、彼女からは命の恩人としてかなり感謝されていた。
その後の僕たちの生活はとても良好だった。
僕は彼女の魔女の家に招待を受けた。
そこは大きな洞穴だった。
暗闇の中、彼女が燭台の蝋燭に火をつけるとぼんやりと室内が浮かび上がる。
洞穴の部屋の中は案外広いが、魔女らしい物が所狭しと転がっている。僕は何かを踏んでしまい、白い粉が飛び散った。
「うわ、······ちょっとは片付けた方がいいよ?」
「ふふっ、どうぞ」
出されたのは、お茶じゃないと僕は知っていた。
苦い苦い青汁のような薬湯だ。
僕はかつてのように一気に飲み干した。
「··············どうして俯いているんですか?救世主?」
「·········いや、ごめん懐かしくて」
涙がこぼれそうだった。
苦いから耐えていたのも、ある。
前世で僕たちは仲良しだった。
でも彼女は問題が多い人で、色々呪いだの咒いだのと人間に迷惑をかけまくっていたので、それを咎めていたら、彼女は冗談交じりに僕のことを『(人間たちの)救世主』と呼ぶようになっていた。
「薬の材料探しに私は外に出ることが多いんですが、最近はドッペルゲンガーがウロついているので恐ろしくって!」
まだこの世界ではそれをやっているみたいだ。
黒い右子が他の右子との同期を企んでいるのだろう。
「ドッペルゲンガー大恐怖ですよ!」
あれ、···········でも僕に好意的だったこの魔女の右子が黒い右子と同期したら、黒い右子も少しは影響を受けて好意的になるのだろうか?
僕は二人の同期を企んで、
夜の散歩と称して、その辺りを一緒に廻りドッペルゲンガーを探すことにした。
「えっ救世主は今世で人間の男の子になったんですか?」
彼女の箒に乗せてもらい話をしていたら、最近の現実世界の話になる。
「え〜最悪···········私、人間の男って大嫌いなんですよね」
「えっと、·······そうだっけ?」
僕は当時は神だったので、細かい所は気にすることができないしあまり覚えていないのだった。
「救世主、覚えてないんですか?
私が魔女裁判にかけられたのも人間の男が裏切ったからなんです!
それ以後、私は奴を呪うために様々な苦労をして呪いの技を磨いていたじゃないですか!」
「··········そうだったかも。恋人に裏切られたんだよね?」
「フッフッフッ·········あいつを呪い殺すまで死ねません。あれからずっと奴を呪い殺す呪い薬を作り続けてるんです。賞味期限があるのでその度に作り直して」
「もうみんな死んでるよね?」
あの後どうなったっけ、
でもこの右子もなんだか危険な右子だなぁ。
そもそも右子ってどんな女の子だっけ?
僕は今までは理由もなく右子を追い求めていたけど、
どんな子だったのかはよく分からない。
とにかく右子を渇望して右子が欲しかったのだ。
「この右子と同期していいのかな·········、なんかよく知らない男を呪い殺そうとしてるし··········」
例え恨みであっても、他の男を想っているのはいただけ無い。
僕は久々の再会に感謝してこのまま分かれようと思った。
「あっあそこにヨモギソウが!ちょっと採集していいですか?
あれで惚れ薬が作れるんですよ!」
箒はスムーズに回転して地面に降りた。
「そうなんだ?」
ヨモギ草で作れるのは草餅だけだと思うけど、
惚れ薬も作れるん·········
「えっっ惚れ薬?」
「はい!一度相手に飲ませれば、たちまち自分の虜にできる薬です!」
「そんな薬も作り続けてたの?
僕と生活してる間も?
何で?」
「はい!ここにもありますよ。いつでも使えるように!」
右子は香水の瓶の様に美しいそれを2本持っていた。
呪い薬と書かれたのと、惚れ薬と書かれたのと。
僕は胡乱な目で魔女の右子を睨んだ。
「あのさあ、その憎いっていう男に呪い薬と惚れ薬、どっちを飲ませるつもりだったの?」
魔女の右子は可愛らしく首を傾げた。
「???·········分かりません!」
「っ··········自分の気持ちに鈍いところは『右子』で統一してるみたいだね·········」
僕は怒りが込み上げてきた。
だって、男に裏切られて死にそうになって、憎んで呪い殺したいといつも言ってたのに、そいつの為に呪い薬を作る傍らで惚れ薬も作り続けてたの?
「これは裏切りだ········」
「そうでしょうか???」
右子はやはり無邪気に首を左右に傾げている。
理由さえ分からないようだ。
この薬は危険だけど、
夢の中の物だから現実世界で使えるわけではない。
というか使うとしたらこの夢の世界でしか使えない。
えっ··········惚れ薬??
「これ、使えるかな········」
「あら? 良かったら救世主もぜひお飲みください!もれなく私の虜になれますよ!」
「················」
今更、僕に惚れ薬?
『右子』の鈍さに関しては、
神級だと僕は思うよ。
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