147話目 さえない私と輝く指輪 右子side
「アイン王子〜!頑張って〜!」
「シウくん!ファイト!」
私達がグラウンドを走っていたら、女生徒達から応援の声がかかる。
敦人の自衛術講座は、まず身体を鍛えるところから始まった。
授業後、私達は体操着に着替えて校庭をジョギングしている。
「ちょっとお〜!結局スポ根じゃないの!」
チェアが息を切らして怒っている。それでも私よりは運動神経が良さそうで軽やかな走りだ。
「ハア、今日はカラスのライト作れないかも·······」
「ゼー、ゼー、ハー、ハー、さ、さすがに今日は帝居に来なくていいですからね? 師匠?」
アイン王子は残念そうな顔をした。
アイン王子は今日もとっても優しい。
走るスピードもノロマな私に合わせてくれている。
私は胸がチクリと傷んだ。
アイン王子は人気がある。
今だって校庭を走っていると、一番に声援を受けている。
王子という高貴な身分にも関わらず気さくで親しみやすい人柄だからだと思う。
というか包帯まみれで楽々走ってるのも凄い。
私と婚約候補というのは何かの間違いだといつも思ってしまう。
私なんて友達は片手で数えられてしまう惨めなご身分だ。
アイン王子は初めは仲の良い友達だった。
東京市内の映画館で初めて出会った時は、変わった人だと思ったけれど、ちょっと戯けた面白い人だった。
それが、先日師匠になって、
そして今は··········復讐すべき人に変わった。
何がどうしてこうなったの!?
急展開過ぎない!?
どうして復讐なのか自分でもさっぱり分からない。
だけど、突然降ってきたような『復讐』の二文字は、
今では、私の心の底に熱くふつふつと煮えたぎっているのだ。
あの日、幻術で幼女になってしまい、おまけにアイン王子と足枷が繋がって離れず困っていた時。
アイン王子の侍従さんに校内でエグゼクティブな部屋はここしかないからと同室を勧められ、王子の部屋で眠ってしまった。
私は床で寝たと思っていたけど、目を覚ましたらちゃんとベッドで寝ていた。きっと王子が途中で起きてベッドに運んでくれたのだろう。
身体も戻っているし、足枷も消えている。
そして、隣にはアイン王子が寝ていた。
12歳に戻ったアイン王子の寝顔が、あまりに幼くて可愛らしいのでほっぺをつついてみたら、真っ赤になって勢いよく跳ね起きてしまった。もしかして起きていたのかもしれない。
私はその時、妙に頭がスッキリしていることに気がついた。もしかしたら、と思い敦忠から貰った十字架のペンダントをポケットから出して見てみる。
すると敦忠についての記憶をきっかけに当時の思い出ががスラスラと蘇ってくる。
そして、この唐突なアイン王子への『復讐』の気持ち···········
これも、前世が関係してるとしか思えなかった。
私の前世の最後の方についてはまだ記憶が戻らない。
何が起きたかは分からないが、恐らく復讐心はその時の記憶だろう。こんな怖ろしい気持ちが生まれるような状況だったのかと当時を推測すれば、とてもじゃなく思い出すのが怖かった。
私はその日の敦人の自衛術講座を終え、帰途についていた。制服に着替えを済ませて、渡り廊下に差し掛かった時だ。
私はもはや校内を自由に着いて回るカオン王太子を頭に乗せ、少々の爪の痛みを感じながら、
突然、とある考えに辿り着いた。
「はっ!··········もしや、前世、アイン王子に········」
私はまたまた真実に近づいてしまったのだ。
私はすっと背筋を延ばして立つ。
「ああそうよ!
私はアイン王子にフラれていたんだわ!!
そうよ、·············だから復讐よ!
復讐しなければ苦しいの!
そうでないと、どうしようもないんだわ···········!」
私はつい大げさに舞台女優のように言っていた。
そしてはっと気づいて慌てて取り繕う。
「··········って、感じかしらね?
まさかアイン王子と私にこんな前世の因縁があるなんてね?」
「ち、ちが·······」
頭の上のカオン王太子は、私の演技に仰天したようだ。
もう羽根で嘴を抑えて何も言えなくなっていた。
九官鳥でさえ口を噤んだというのに、この時の私の大仰な言い回しは、瞬く間に校内に広まってしまったそうだ。
噂話の好きな輩が跋扈する校内だ。
いくら私が地味な存在とはいえ、注意が必要だったと反省するしかない。
というわけで、近頃界隈を騒がしている問題について、
敦人が相談に乗ってくれるというので、また体育館裏に来ている。
「私って前世、アイン王子にフラれたみたいなのよね。きっとそれで復讐したいという気持ちが消えないのよ」
「はああ? それって、最近のアインの不幸って、右子が暗躍してるってこと? 自供してるつもり??」
「いいえ、まだ私は何もしてないわよ? どうやって復讐するかは凄く難しいんだもの。
でも、誰かが先回りしてアイン王子にあれこれしてくれてる気がするの。
断じて言うけど、頼んでないのよ? 信じて?」
信じろと言う方が無理だとは思っている。
本当に最近のアイン王子は不幸続きで······
タイミングが合いすぎて、誰かが私の復讐の手伝いをしてくれているなんて思ってしまう。
でもそんな奇妙な事があるはずもないわね。
たまたま不幸が重なっているだけなのかもしれない。
「うーん、で、この前幼児化した時の夜に見た夢で前世を思い出したって? その『復讐心』も?」
「うん!なんか頭がスッキリしたように色々思い出してくるの··········まるで誰かが整理整頓してくれたみたいに·······」
「···············まあ、確かに辻褄は合うけど、アインみたいな奴は前世にいなかったと思うけど? いた?」
「私、前世の最後の方は思い出せなくて、きっとその頃だと思うの。敦人もK国に行ってたし知らなくてもおかしくないわ」
「俺が知らないはずないんだけど·········」
敦人も考え込んで、ぶつぶつ言っている。
私は体育館裏のこの限られたスペースを見渡した。
湿った地面に靴ががめり込むのは、もうご愛嬌。
私は大きく息を吸い込んだ。
「ああ、この胸の痛みを、苦しみをどうしましょう?
そうよ、·············復讐よ!
復讐しなければ私は生きていけないわ···········!」
敦人が目を丸くする。
私は握り拳を握っていた。
「え、何、それ?」
「私の今の気持ち、··········ってところ?
何だろう、このスッキリ感。
私の中の何かがうっとりしている感じがする······」
「ふ、ふーん·····ビックリした。
でも···············やっぱり違うんじゃないかな。
俺、その指輪の相手知ってるし」
敦人は私の左手を掴むと、私の薬指を立てた。
敦人は怪訝な顔をしている。
「この指輪、いつからしてたの?」
「はっっ·············なんじゃこれー!!!?」
私の左手の薬指には、
燦然と輝く指輪が嵌っていたのだった。
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