146話目 彼女は危うい 敦人side
「ちょっとそこの君。············権野宮敦人君だっけ?」
校庭を歩いていると突然話しかけられて驚く。
周りを見渡しても誰もいない。
「ギョギョッ」
右子の飼っている九官鳥しかいない。
九官鳥は校庭のフェンスの上に乗っている。
「ギョー、おいおい、キミ!」
「あれ? “おとうさん”?」
どうやら話し手の正体はこの九官鳥らしい!
九官鳥は寂しそうに呟いた。
「右子様は、もう“おとうさん”とは呼んでくれないんです。私のことは“カオン”とお呼びください」
「そうなんだ? すごいな、九官鳥ってこんなに話せるんだ」
俺の名前を呼んで言い当てたよな。もう、ものまねの域を超えている。
俺が褒めちぎると、カオンという九官鳥はすっかりドヤ顔でペラペラと流暢に話し出す。時節の挨拶から入り、今日の天気の話をして互いの体調を気遣い合うような会話の流れを作りつつ、ようやく本題に入った。
流暢に話し過ぎだ。
ここまでくるとこの鳥の怪しさは100点満点だ。
もしかしてこれはトリ型ロボットで人工知能でも入っているのか?誰かに使役されているスパイの可能性を疑わざるを得ない。
「アイン王子を助けてください」
「············は?」
「君の友人のアインです。彼は、狙われています」
「狙われている? 誰に?」
カオンという九官鳥は俺の顔を真正面から見てもう一回言った。
鳥の正面の顔は宇宙人みたいだ。
「彼は、婚約者に、命を狙われています」
「···········右子、アインに何か恨みでもある?」
お昼休みに右子を体育館裏に呼び出し、俺は意を決して聞いてみた。
例によって近衛騎士もついてきている。
「師匠に?別に········それどころか恩人よ?
最近、毎日授業後に師匠はカラスのライトの製造を手伝ってくれるのよ。お弁当とおやつ持参で帝居まで来てくれるの。
なぜか、罪滅ぼしと言って·········」
毎日かよ。
手伝っている話は聞いていたけれど、毎日だったんだ。アインには引く。師匠呼びが定着してるし。
「その度に生傷を作って?」
「ううっ、私も申し訳なくって········なぜか、不慮の事故が重なってしまって······」
右子は残念そうに首を振る。
最近、アインは怪我が絶えない。
怪しい九官鳥が言うには、アインが帝居に行くその度に、壺が上の棚から落ちてきたり、ドアに手を挟んだり、庭園の窪みに足を取られ転んでしまったり、蜂の大群に襲われたり蟻の大群に集られたり、外に出たそばから未曾有の土砂降りにあったり、といった悲惨な目に合っているようなのだ。
どれも右子が側にいる時だそうだ。
これだけならアインがただドジなだけという可能性もある。というか右子と庭を散歩し過ぎじゃないか?半分は外での惨事だ。
極みつけは、
右子と一緒に作ったおやつを食べて、アインが腹を下したというのだ。
怪しい九官鳥の言う事を鵜呑みにするつもりはない。
だけど、これにはさすがに俺も不審に思わざるを得なかった。
手作りというからには、彼女が得意なクッキーだと思うけれど、クッキーには腹を下すような生物などの材料はそもそも使わないし、当日に右子と一緒に作って食べたというなら腐ったというわけでもないだろう。
もしかしたら、おやつに誰かが毒を混入した可能性が大いにある。
『恨みがあるのか?』というのは右子の反応を窺うためにカマをかけただけで、右子の反応はシロそのもの。
そう、右子というよりは周囲の陰謀ではと俺は考え始めていた。
短絡的なところでいえば、例えば帝妃とか。
俺は公爵家の仕事が立て続けに入っていて同行できなかったのが悔やまれる。
そして、アインは最近学校でも不幸続きだ。
何でも無いところで転んだり、出席番号の日でもないのに授業中に教師に何度も当てられたり、餌付けして可愛がっている雀につつかれたり、学校の裏庭で話していたら植木鉢が2階から落ちてきてアインにだけ当たったり。
廊下で荷物を運ぶ台車が追突してきたり。
アインはいつの間にか全身怪我だらけ、包帯だらけになっていた。
俺はその怪しいカオンという九官鳥に再び会った時に言った。
「アインは·············呪われている」
九官鳥は悲しそうに首を振った。
「だから、右子様に狙われてるって言ってるでしょう········が!!!」
九官鳥が言うには大部分が右子が手配した罠と策略だという。
右子が頼めば近衛騎士はもちろん、使用人もクラスメイトも教師でさえアインを陥れるのに協力するというのだ。
俺はそんなバカバカしい話は聞く耳を持たなかった。
「敦人、武器かしてくれない?」
俺はお昼のお茶を吹き出してしまった。
「敦人じゃなかった、シウだった」
右子は律儀に名前を言い直すがそれはどうでもいい。
「シウ!汚い!」
チェアが怒鳴る。
「右子? 武器って言ったの? 本当にそう言った? それで何をするつもり?」
俺は右子の肩をぶんぶん揺さぶった。
「シウ!やめなよ!食事中!右子様が苦しいって!」
アインにすぐ止められてしまう。
だって、右子がだよ? 暴力が大っ嫌いなはずの······
「シウ·········ごほごほ」
「何だよ?」
「ゴ、ゴホン!
········最近物騒でしょ? 私も自衛の技術を身に着けたいのよ」
「へえ、いいんじゃないの? 私もやる〜!」
チェアがお気楽に同意する。
「うん、最近ニホン国もきな臭いもんね。
昨日、北のアサヒ国との国境線で衝突が起きたんでしょ?
それでお互いに死者と負傷者が出たって。このまま大きな軍事紛争に発展しないといいけど··········」
アインは活字を読むのが好きで、毎日、新聞を隅々まで読むのが日課だ。他に雑誌や専門書なんてものも暇さえあれば読んでいる。
彼は動物だけじゃなくて様々な分野に精通しているのだ。
今も食後のお茶をすすりつつ、包帯まみれの片手で新聞を広げている。
ニホン国とその北に位置するアサヒ国の国境は、実は大部分が確定されていない。山地、川、湖、冠雪の状態によって変化しやすい場所なのに加え、元々は同じ一つの国だった影響で国境線を引くべき場所が確定しにくい。
現在では政権に纏ろわぬ民が跋扈して大変治安の悪いと噂される複雑な地域だ。
前世だったら茨城県と栃木県の県境辺りだと思う。
「えっ··········軍事紛争······」
右子は目を丸くして青くなっている。絶対に知らなかった顔だ。こんなひ弱なのに武器をどう使うって?
アインはそんな右子を見ていたけれど、意を決したように呟いた。
「うん。僕もやろうかな! シウ、お願いできる?」
「えっ·······俺も忙しいんだけど··········」
「パッと投げればドカーンってやつがいいわ。手っ取り早いじゃない? 鍛えなくていいし」
チェアがあっけらかんとして言う。
鍛える気も無いときたもんだ。
一番武器を渡しちゃいけない奴がここにいる。
「私は·······相手が苦しまないのがいい」
「右子」
それには武器じゃないよ、毒殺だよ········と言うのは止めておいて。
俺は右子の肩に手を置いた。
右子の大きな瞳はいつものような煌く虹彩はなりを潜め、今は曇天のような鈍い光が揺らいでいた。
今の彼女は切羽詰まったような焦りと、
このままどこかへ駆けて行ってしまいそうな危い疾走感を孕んでいる。
「俺が手伝うから、な?」
右子は少しだけ瞳を見開いた後、こくんと頷いた。
彼女を蝕んでいる膿を早いうちに出さなくては。
俺は決意した。
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