144話目 右子たちの夢と目覚め 右子side
朝斗、
初登場は8話目9話目です。
指輪の伏線は、
101話目 夢の中では死神な俺 保side です。
カーカーカァカァ
カーカーカァカァ
カラスの群れが茜色の空を飛交う。
もうすぐ日暮れだろうか。
ここは前世に住んでいた施設のある、街外れの寂しい風景だ。
そこに不思議な小屋が一つだけぽつんと、建っている。
ついさっきの事だ。
黒い右子がアイン王子へ凄まじい機関銃と機関砲の集中砲火を浴びせた後、空間が割れるような大きな衝撃があった。
その場にいた者は地に体を伏せたままどうにか耐えた。
衝撃が幾らか収まって顔をあげると
黒い右子はどこかへ姿を隠したのか見当たらない。
綺羅びやかな宮殿は跡形もなく崩れ去り、
砂煙の向こうに現れたのは、
こじんまりした赤い屋根の小屋だった。
集中砲火を浴びたはずのアイン王子は、平然と立ち上がると私の手を引きその小屋の中に入った。
小屋の中は、思いの外広いホールほどもある部屋だった。
「あれ、ここは?」
私はきょろきょろしていると、
「ここは·········右子様の元の部屋です」
アイン王子が言った。
確かに見覚えがある場所だ。
部屋の壁には全面に絵が描いてある。
上部は空の絵と下部には海原の絵が描かれて、所々絵の具が乱れているので絵だとは分かっていても、宙を浮いているような気分にさせる『だまし絵』だ。
私がこつこつ描いたものだ。
私にとってはここが気持ちの良い自作の空間だった。
馴染んだ部屋を見渡す。
周りには絵の具や絵の具がつきっぱなしの筆が散乱したままで、きっと此処にあの宮殿が出現する直前の状態なのだろう。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ··········
突然、地響きと共に、その一室はぐんぐん地上から引き離されて上昇していく。
私とアイン王子は、まるでエレベーターのようにぐんぐん高くなるタワーの最上階の部屋にいた。
「ア、アイン王子!?と、止めて!私、高所恐怖症······!·············あれ?」
意外に夢の中では平気だった。宙に浮くようなだまし絵を自作で部屋の壁に描くような私なので、元々前世までは高い所は得意だったのだろう。
「···········僕は初代右子にもっと償うつもりだったんだ。なのに、あんな少しのことで良かったんだね」
「··········アイン王子」
「でも、黒い右子は僕を許しはしないだろう。
·········もう、取り返しがつかないところまで来てしまっている」
「そんなことないですよ········きっと初代みたいに受け入れてくれますよ」
そうは言いつつも、私は右子自身なのに、断定はできなかった。
「そんなことあるよ!
··········右子様だって黒い右子と同期して、記憶を共有したら、そんなことを言ってられなくなるよ!
···········きっと僕を嫌いになる」
アイン王子はとても辛そうだ。
アイン王子は床に落ちていた包帯を拾うと、凄い勢いで私の顔に包帯をぐるぐる巻きだした。
ギャギャッ
カオン王太子悪鳥は包帯を避けて飛び立つ。
「絶対に同期なんてさせない」
荒野の吹きすさぶ風がここまで包帯を運んだのだろうか。
私は、部屋の中に残る二人分の包帯も散乱しているのを見て、まるで遺品のようだと思った。
背筋が寒くなる。
やっぱり、元は同じ人間とはいえ自分の存在が呑み込まれるのは恐怖を感じる。
万が一、黒い右子と同期したら、消えるのは黒い右子?それとも、私?
「こっちを向いて。···········いいね、これで安心だ」
アイン王子は包帯を丁寧に巻き終えると、少しだけ笑った。
アイン王子の瞳は鈍く淀んでいる。
彼もまた、長い記憶に縛られ狂わされた一人なのかもしれない。
こんなことなら、過去の記憶なんて無い方がいい。あまりに長い生の記憶は、時には心を蝕んで病にしてしまうのだろうか。
普通の人間が転生の度に記憶を失うのはとても理に適っている。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ··········
私はゆっくり引き離されていく地上を見下ろした。
お父様と保くんが身体を地に投げ出して寝転がっているのが見える。
「ああっ!?」
彼らの頭は奇妙に揺らめく白い煙に覆われていった。
「···········もうすぐ日が暮れる。
夢の世界は現実世界の逆回りだよ。
右子様のお父君と兄君はもう夢を見ているようだね。
人は目が覚める前には、ああして煙に包まれて浅い夢を見るんだ」
「··········あの煙の中で、自分だけの浅い夢を見ているの?」
アイン王子は頷く。
「彼ら、目が覚めたら今夜の事はすっかり忘れてるだろう。今夜は何事も起きていない。だから心配しないでね?」
何だかんだ、帝も保くんも元の現実世界に戻れるようで、私はほっと安堵の溜め息をもらす。
「あ········?」
キラリと保くんの手元が光った気がする。
よくは見えないけれど、あれは、指輪?
彼は指輪なんてしていた?
ところで、
あんなに激しかった黒い右子はどこに行ったのだろう?
キャーキャー!
カオン王太子が騒いでいる?
いや、頭の上にカオン王太子悪鳥が乗っているのを確認する。
振り向くと、アイン王子は何処からか鳥籠を持って来た。
籠の中を覗くと、
キャーキャー!
大声で叫んでいる。
·······中に入っていたのは鳥ではない。
·······小さくなった黒い右子だった。
「!!」
「このままだと、放っておけばこれからも右子様の夢の中で暴れ回るだろう。仕方がないからここに閉じ込めたよ···············」
私は神だという、アイン王子の強力な力を目の当たりにする。こんなにあっさり勝ってしまうなんて。
「···········ふぅ」
アイン王子は眠そうに頭を揺らしていた。
徐々に彼の頭の周りに煙が集まってくる。
「ええっアイン王子!? 寝ちゃう(起きちゃう)んですか!?」
「大丈夫·······、夢が途中で終わるのは、いつもの事·········向こうで、待っているから··············」
そのまま倒れてしまった。
「ギョー·············」
カオン王太子にも眠気が来たようで、私の頭からズリ落ちると煙の中で気持ち良さそうに寝息を立てている。
すると、だんだん私も眠くなってくる。
頭の周りに、私にも煙が集まっていた。
·········煙の中、その奥に目を凝らすと、
·········敦人が立っていた。
もっと見るとそれは敦忠だった。
腕を組んで難しい顔をしている。
朝斗くんもいて、二人で熱心に話し合っている。
·········“指輪”がどうとか?こうとか?
いつの間にか口論になってしまったようだ。
彼らはいつも最後はケンカになるのだ。
朝斗くんは指輪を嵌めてこれ見よがしに掲げて見せつける。
(あれ、さっきも、この指輪········)
私がぼんやり考えていると、
『ねえ、こっちにも指輪があるよ?』
私は声がする方を向いた。
煙の向こうに誰かが立っているのがうっすら分かる。
それは女性のようで、彼女も左手を自慢気に掲げているようだ。
『ねえ、もっと近づいてよく見てよ?』
私は声の方へと煙から頭を出そうとすると、煙はそれを邪魔するように包帯をゆうらゆうら揺らして、そのまま包帯はハラハラと落ちていく。
私は本当に指輪がそこにあるのか見たくて仕方がない。
鬱陶しく纏わりつく包帯を全て取り去って、どうにか煙から顔を出した。
そこにいたのは、
左手に指輪を嵌めた黒い右子だった。
私は、うっかり見てしまった。
黒い右子の、顔を。
「どうしてそれ············を」
『これ? 記憶の吹き溜まりに落ちてたわよ?
誰かさんが、ぐちゃぐちゃの記憶を綺麗に掃き清めて、積み重ねてくれた後に残っていたの。
ふふ、キレイ! 私、これすご〜く気に入っちゃった!』
そう言って、黒い右子は最後に笑った。
私達を、眩しいほどの閃光が包んでいた。
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