140話目 俺達のアラビアンナイト 保side
「おい!ちゃっちゃと歩け! 宮殿へ入るぞ!」
「廊下に沿って真っ直ぐ歩けないのか!」
「遅いぞ!先は暗いが、階段も恐れず下れ!」
歩け! 歩け! 下れ!
と俺は三人の兵士右子たちに言われ続け、ひたすら進んだ。
ようやく着いたゴールは·········大きな宮殿の地下の牢屋だった。
外で見たその巨大な宮殿は、多色使いの派手な外壁で、屋根が幾つもの大小の玉ねぎで構成されている。すぐにでもアラビアンナイトの残酷で不条理なお話が始まりそうだった。
牢の前に来ると、兵士たちは鍵を開け、俺の背に刀の切っ先をつんと突き、入るように言う。
中に入ると片隅に震えながらしゃがみ込む男の人影に気づいた。
「おい、先約がいるぞ? いいのか?」
「入ってろ!」
俺はしぶしぶそのまま牢の冷たく湿った床にどっかと腰を下ろした。
「お前はこっちだ!」
「きゃっ! 私は右子よ!? 手荒な事は止めて!」
「おいっ待て·········」
始まりの右子は他の場所へ連れて行かれるようだ。
庇えようもなく、俺はただ床を殴りつける。
右子が右子に手荒な事を·······何なんだこの世界は。
包帯の顔を向け、湿った床に膝をついた俺を見下ろして兵士の右子は言う。
「この右子の世界で右子に逆らって逃げたらどうなるか分かってるな?この世の果て、地の底まであっという間に追いついて、嬲ってやるからな····!」
完全に俺を見下してやがる。
右子ってこんなキャラだっけ?俺は背筋に汗が伝うのを感じた。嬲るって、俺何されちゃうの?
右子たちに捕まりつんつんされ罵倒されるなんておかしな体験、別に楽しくないし早く忘れてしまいたい。
うん、本当に楽しくないぞ?
「くっっ、まさか、こんな目に合うなんてな。こんな茶番、いつ終わるんだ··········」
おかしな気持ちになる前に、どうにか独り言を絞り出す。
すると応じる声がある。
「お前が夢から目覚めるまでだよ。
················って何かニヤけてない? 保?」
「はあ!?」
端で震えて蹲っていると思っていた男が話しかけてきた。俺は警戒して男を見た。
「·················帝!!」
それは紛れもなく俺の父である帝だった。
そうだそうだ、俺は今回の目的をようやく思い出す。
俺はこの人を探してこんな所まで来る羽目になったんだ。
「あんた、現実世界で呼ばれてるんだけど、早く戻ってくれない?」
「そうなの? よくここが分かったな。潮に会ったのか?」
「ああ、ここに迎えに行けって」
「こんな恐ろしい場所に、平然と呼びに来られるなんてお前ぐらいだよ。八咫烏は恐れてここに入らない」
「そうなんだ?俺も二度とごめんだよ?」
「··········そうは思えないけどな。右子がいっぱいで喜んでるの、私には分かってるぞ」
「断じてそんなことはない」
俺は急いで否定する。勝手に分かった気にならないで頂きたい。
「で、父さんは何してたの?この右子の夢の世界で」
「そうそう今日の昼過ぎ頃かな、右子の前世の記憶の履き溜まりを見つけてね。積み木の山が崩れたようにめちゃくちゃに踏み荒らされていたから、綺麗に掃き清めてきちんと整理整頓して積み上げていたんだ。
そうしたら、凶悪な顔をした銀髪の男が一目散に飛んでやって来て、あっという間に捕らえられてしまったんだ。それからはずっとムチで尋問を受けて苛まれて。途中から包帯の右子に交替して夜まで続いて··········まあ夢だから一切痛くなかったけどね。
その分だらだら永久に続きそうで、··········怖かったんだ!」
「えっ··········」
よく見ると、しゃがみ込んでいた帝は割烹着を着ていた。箒と雑巾も床に置いてある。
「私ともなると、他人の夢の中であっても自分のアイテムぐらいは好きに出現させられるんだ」
さすが夢を施術する『病の力』を持つ帝だ。
だけど施術って、割烹着と箒や雑巾で清掃するのが普通なのだろうか?
しかも積み木がどうとか·······理解に苦しむ。
「たまにこうやって人は記憶の整理をするんだよ。本当は自分でやらないといけないんだけどなぁ」
右子、お出かけ中に親に部屋を掃除された娘みたいになってるぞ。
「そうだ、お前に渡したい物があったんだ··········」
帝はそう言うと懐をゴソゴソやっている。
「ん? 指輪?」
「師匠様のおな〜り〜!師匠様のおな〜り〜!」
時代劇のような掛け声がして、俺達は我に返った。
「はっ、師匠って、あいつが来るのか!」
「ヤバいヤバいヤバいヤバい··············」
帝は再び震えだした。
そこに現れたのは銀白髪の背の高い男と、何とも可愛らしい少女だった。頭にはなぜか黒い鳥を乗せていた。
「右子だ··········!」
帝も俺も右子の身内だから、幼少期の顔をばっちり覚えていた。
その頃は実は右子は男の子の格好をしていた頃で、こんな少女の姿は新鮮だった。
「保、画家を呼べ·······!」
喜びで上気した帝は心のシャッターを切っていた。
「いやいや、気持ちは分かるが、帝、
············おふざけは許されないみたいだぞ?」
見ると男は人が殺せそうな眼差しで俺達を睨んでいる。
「いや〜···そろそろ目を覚ましてお暇しようかな?すごーくお邪魔みたいだし?」
「そう、そうだな!私は起きたら仮死状態だけど、何とかするよ!」
「············逃がさないぞ。足元を見てみろ」
見ればいつの間にか足首に鉄の輪が嵌めてありその先には鎖に鉄球が繋がっている。足を上げてみるとと鉄球が鎖でぶら下がっていてめちゃめちゃ重い。帝の足首にも嵌めてある。これって、まさか。
「そうだ、そいつが嵌っている限りは、例え目が覚めてもお前達はこの夢から脱走できない。右子様の幼少期のお姿を見たお前達はこの世界で処分する·······」
「「そ、そんな!?」」
俺達は絶望の表情で牢屋の鉄格子に追い縋ったが、無駄だった。
そこへ、小さな女の子は叫んだ。
「帝!!??··········と、知らない人!!」
銀白髪の男はぴくりと眉を動かした。
「帝? それって、現実世界の右子様の父親?」
「はい!」
「と、···········知らない男?」
「はい!」
俺には再び死亡フラグが立つのだった。
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