139話目 彼はこの世界を統べる人 右子side
「右子様、どうぞ」
「あ、どうも·······わあ〜!」
ギギギッ!
たぶんアイン王子である白髪の男に手を引かれて案内されたのは、アラブ風の丸型ドーム屋根の宮殿だった。これってまるでアラビアンナイトの世界だ。
さっきからカオン王太子悪鳥はずっと私の頭の上にいる。ちょっと爪が痛い。
「ギギッ!」
カオン王太子と眼差しで頷き合い、私は声をひそめる。
「ところで、幻術の解除はどうなったのですか?
私も王子も戻ってないどころか、まだ夢の中ってことは失敗したのですか?」
「ギギ〜〜」
鳥の表情を一目みて、失敗したと分かった。
私も途中で寝ちゃったし仕方ないか。
それにしても、これって私が見てるだけの夢じゃないのかな···········?
カオン王太子悪鳥の受け答えが自然すぎて現実のような気分になってしまう。
宮殿の中もとても豪華で現実的だった。
歩いていると、その宮殿の中だけで大きなホールが幾つもある。どこも綺羅びやかな装飾と調度品で飾られている。刺繍が丁寧に施されているドレープカーテン、アンティーク調の美しくデザインされた家具や空間の中央には豪華なシャンデリアが下がり、煌めいていた。
やはりというか、アイン王子の学生寮の個室との共通点がある。
その内の一室に私達は促されて入ると大きなソファーが置いてあり、そこを勧められて座る。
「時間までこの部屋でお寛ぎ下さい。お食事を運びましょう」
「時間、ですか?」
「この夢の中の世界にいられる時間は睡眠の間だけです。朝の起床まではここで自由に過ごせますよ。
それよりも就寝を?ベッドもご用意できますが」
夢の中で眠れるのだろうか? いや、ぜんぜん眠くない。
大きな食卓へ食事が蜃気楼のように現れ実体化していく。まるで魔法だ。
早速、カオン王太子が食事をつついている。
食べられるなんてスゴい。
「ここは、もしかしてアイン王子の夢の中ですか?」
「いいえ。ここは右子様の夢の中ですよ」
アイン王子はにっこり笑った。
私は私の夢の中で忌憚なく超能力を発揮する人の夢を見ているの?
私達を手際よく饗してくれるこの人は、一体何者だろう。
本当にアイン王子なのかな?
見た目も中身もまるで別人とも思える。
「僕は今世ではこうやってあなたのお世話をするのが夢なんです。
············なので、先ほどのあばら屋での光景はすっかり忘れて、ええ、思い出さないで頂きたいのです。
僕はお金持ちですし··········あんな暮らしは決してさせるつもりはありません。
あれはずっとずっと昔の前世の負のガラクタ遺跡なのです」
「???」
何の話だろう?
だけど、この一連の流れがあの廃墟のボロボロの部屋を目撃してしまった事から来ているのは理解できた。
あの時、私は荒野を歩いていたら人の気配を感じてあの廃墟に近づいたのだ。
あの部屋の中については、薄暗くてよく見えなかったけど···········とにかく木屑がいっぱいで埃っぽかった。他に男の人と女の人がいたようだったけどしっかり確認する前にアイン王子に遮られてしまった。
とはいえ確かにリッチな生活とは言い難い雰囲気だった。
もしかして、あれは何世代か前の私の前世の記憶の光景だったということ?
ということは、···········この口ぶりから、アイン王子ってその時からの知り合いなの?
「·······今、さっき見たものを思い出そうとしていませんか?」
はっと気づくと、間近にアイン王子の顔があって心配そうに私の顔を覗きこんでいる。
本当に、懐かしい顔だ。
アイン王子に出会うより、ずっと昔から眺めていたような顔だ。
「い、いえ。アイン王子のお顔、どこかで知っているお顔だなと。もしかして前世でお会いしていませんか?」
アイン王子は一瞬、驚いたように目を丸くした。
「前世の記憶は無いはずなのに、僕の顔を思い出してくれたんですね·········」
「えっ!?」
やっぱり前世の知り合いだったようだ。
「···········あなたの前世までの記憶は、僕が“同期”するのをすぐに中断させたので殆ど残っていないはずなんですが、幾らかは引き継いでしまってるみたいですね。」
「ど、同期? って『2つ以上の異なる端末同士で、指定したファイルやフォルダを同じ状態に保つことができる機能のこと』ですか?」
「さすが、勉強に関してはかなり記憶も残っていますね」
アイン王子が感心する。
つまり、私が前世の記憶がはっきりしないのは転生する時にしっかり同期できなかったから、ということ?
いや前世の記憶なんて無い方が普通だと思うけど。
「悔いるばかりの前世の記憶なんて要らない。僕はあなたに普通の人間がするようなまっさらな転生をさせたかった。
僕はあなたの転生時に、“同期”を途中で中断しました。
だけど、同期を中断した影響でシステムは故障し、延々と何世代も続いていた前世の記憶の集合体がランダムに分断され小間切れの状態になってしまいました。
それに伴ってこの夢の世界では短い記憶を持つ右子がそれぞれ沢山存在している状態になってしまったのです。
つまり、この世界には“右子“がいっぱい暮らしているのです。
彼女たちの中には僕に不満を感じる者もいたりで、············テロ活動など近頃はこの地も物騒です。
それもこれも、僕があなたの転生に手心を加え過ぎた結果なのです」
今、テロっていいました?
私の夢の中の話ですよね?
右子がいっぱいって、意味が分かりません。
何勝手なことしてくれてるんですか?
それでも、そんなに苦しい顔をされるとこっちまで悲しくなってきてしまう。
「なんかもう帰りたいんですが········」
「何言ってるんですか?ここがあなたの家ですよ?」
アイン王子は眦を下げた。
ここが私の夢の中だと言うのならもう少し私らしく自由にできそうなものなのに。
ここは広い世界なのに全く自由を感じられない。
私は、ここに宮殿が建てられる前の私の部屋に帰りたいと思った。
「失礼します」
畏まった声がする。
包帯を巻いた女性だった。
「検分の準備が整いました。牢屋までお越しください」
「··········行きたくないですが、罪人と右子様との関係が気になります。一緒に来てください。すぐに終わりますよ」
「ざ、罪人?」
私はさっき聞いたテロの話を思い出して青くなる。
おまけに牢屋まであるというのだ。
ギギギ、ギョッ!
ずっと黙って食事をしていたカオン王太子は、移動すると聞いて私の頭に飛び乗った。
「あれ? この女兵士さんたちって······」
「僕に賛同してくれる右子たちです。お互いに顔を見合わせてしまうと“同期”が始まってしまうので顔を隠しています」
うっ、本当に右子はこの世界に何人もいるようだ。
私は以前の、和珠奈さんの扮するA組の右子を思い出していた。あの時はアイン王子が酷い扱いを受けていたと聞いたけど、あの時は誰もこんな光景は思いもしなかっただろう。
「あの、今更ですが、·········あなたは何者なんですか?」
「私は、あなたの運命の人ですよ?」
即答だった。
私は、彼は“支配する人”だと思った。
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