138話目 彼女と師匠の大問題 保side
男は俺を押し込んで部屋の中へ入ってきた。
「お前はこの夢から覚めたら原因不明の死を遂げているだろう·······死ね」
驚愕の予告だった。
男は冷酷な表情で、白い銀髪とも見紛う美しい髪は心なしか逆立っている。
これって亭主のいない間に潜り込んだ、間男っぽい感じになってない?
「しっ、し師匠! 彼は私が連れて来たのです!
まさか、人の夢の中に迷い込んで迷子になってしまうなんてあまりに憐れでしたので········」
「貴女が連れて来た·······? 憐れ? そんなことでこの男に心を移したというわけですか?」
何で師匠なのかは置いておいて、右子のフォローは効果無しどころか奴の怒りを増幅させたので、俺は死亡確定だった。
というか、夢なんかで死んだりはしないと思っていたけど、この男なら夢を超えて本当に本体ごと殺せそうでゾッとする。
この男の、超能力のような巨大な力をひしひしと感じて為す術もない。
俺は追い詰められ、冷たい床に尻もちをつくと、男を見上げて弁解する。
「ご、誤解だ! 話せば分かる!」
「·······聞こえないな·······」
男は何か刀っぽいものを手の平から出現させた。
こいつってやっぱ超能力者!?
鋭くキラリと黒光りする刀の切っ先はこちらへ向けられた。
断じて言うが、俺は妹が仏像を高速で彫るのを眺めていただけだ。なのにこんなに不条理な事はない。
·············そうか、ここは初めから右子の夢の中なんかじゃない。
俺が見ている悪夢なんだな·············そしてもうすぐ目が覚める、と願いつつ、南無三と時代劇の僧侶のように手を合わせて目を瞑ったその時、
外が騒がしくなる。
ギャーギャッギャッギャッ!
何処からともなく聞こえる怪鳥の声、その地獄の底から笑い転げるような鳴き声は、とても禍々しく、辺り一帯の空気を澱んだものにしていく。
「カオン王太子!私の頭の上に乗るのは止めて下さい!」
ギャッギャッギャー!
「ごめんくださ〜い!誰かいませんか?」
ドアのノックと一緒に鈴のような可愛らしい声がした。
白髪の男はハッとしたように戸口を振り返った。
「ああっ、右子様!? どうして此処へ!?
そうか、現実世界はもう夜なのか·········
········ダメだ! 中を見てはいけない! まだ早過ぎる!」
急に口調が若返ったように様変わりして男は、少女がドアを開けて部屋に入ってくるのを身体を挺して止めている。
俺は延命したと、震える息を吐き出す。
って、この部屋には見せちゃいけない物一切ないぞ?
ガラガラガラ········右子の彫った仏像の山が音を立てて崖崩れを起こす。
うん、この無数に彫られた仏像が怖いっちゃ怖いけどな。
止める男の腕の隙間から、あどけない少女が興味しんしんに部屋の中を覗き込んだ。
「って、はああ!? 右子!?」
「「「!!?」」」
男はこの俺達の修羅場を放って、少女を押し出して一緒に外へ出ていった。
バタンッッ!!!
大人っぽい右子が勢いよくドアを閉めた。
「な、何だよ、どうして、大きい右子と小さい右子が二人········」
俺は右子の兄なので、見覚えのある懐かしい顔に出会って心臓が跳ね上がった。つまりそれは遥か数年前に成長に伴い永遠にお別れしたはずの右子の幼児の顔だったのだ。
「ダ、ダメダメダメダメダメ! 見ちゃダメ」
大きい方の右子は動転している。
「どうした?」
「『ドッペルゲンガー』って知ってますか·········?」
恐る恐る右子は語り出した。
「うん、まあ」
「この世界には『右子』がいっぱいいるんです。
それは、一人一人、これまで右子が生きてきた遥か昔、前前前·····世の魂の存在たちだと考えられています。
最近、その‘’全•右子‘’の中で、私達が出会うと良くない事が起こるって専らの噂なんです。
別の自分に出会うと·······死んでしまうかもしれない。
それが『ドッペルゲンガー』の現象だそうです。
というわけで、私達はお互いに出会さないよう、右子の夢の世界を出来るだけ広げてそれぞれ息を潜めて暮らしているのです」
「············?」
理解の範疇は超えているが、ここに『右子がいっぱいいる』というのは、頭に残った。
「なんで? なんで、いっぱいいるんだ········?そんな変な世界、普通ないでしょ········」
そういえば、この世界には小さな部屋が無数にあるな··········まさかあの部屋には全て右子が·········俺はぞっとした。
「それより、貴方こそなぜここにいるんですか?夢の中で他の右子と師匠以外の人に会ったことは無かったんですよ?」
右子は不審者を見る目つきだ。
「あ、俺、今の右子の兄なの。異母兄ね。
夢の中に入れるのは、··········そういう力を持っているからって事しか言えないな」
「お兄様!? それは驚きです!
なるほど、それで右子を心配してわざわざ来てくださったのですね。
それなら私で分かることなら私が解説して差し上げますね!私は『始まりの右子』なのでこの世界にはとても詳しいんです」
大人っぽい右子は胸を張った。
『始まりの右子』?
·········つまり、先程の説明で言えば、彼女は数いる右子の中でも初代の前世の人ということか?
「君の名前は?
その、········前世の時のがあるだろ?
さすがにずっと“右子”のはずがないと思うし」
「ええーと、忘れたので“右子”でいいです。他の右子も皆、今の名前の右子でいいです。要は分裂した同じ魂なので」
全員右子って呼ぶの? ややこしいっ
ドンドンドンドン!·········ズ······ズシンッ!
ボロいドアが叩かれ過ぎて崩れ去った。
「お前が、侵入者か?」
「きゃあ〜! 我が家のドアがっっ」
見ると武装した三人の女性が立っていた。
「········!」
みんな顔に包帯を巻いていた。
包帯懐かしいな。
現実世界では右子の顔の湿疹の原因が判明し取り除かれ、めっきり見なくなった。
これも恐らく右子たちなのだろう。
彼女たちはロングソードを携えた西洋の騎士風の格好だ。それぞれ俺にソードの切っ先を当ててつんつんしてくる。
「師匠の言いつけで、お前を捉えに来た。大人しく一緒に来てもらおう。
ここは右子の夢の中だから右子である私達に適うものはいない········現実世界で例えどんなに強くてもお前の攻撃はここでは実体化出来ないぞ?
そうそう、初代の右子も一緒に来い。お前も裁かれなければならない」
「ええええ〜!?」
初代の右子は憤慨している。
皆、あの男の下僕なのか?
ここは右子の夢の中で、主であるはずの右子がどうして使役されてるんだろう?
「師匠ってさっきの男だよな?
········あの男って、“右子”にとって何なの?」
「上司かなぁ」
と初代右子が。
「神だ」
「王だな」
「大魔王だ」
と言うのは兵士の右子たち。
···········それぞれ見解が違うなんて意外だなぁ。
俺は解けない大問題を前に、
がりがり頭を掻いた。
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