132話目 あの娘は哀れな舞台装置 敦人side
爆発で崩れた入り口をくぐり抜ける。
右子を探すが、心当たりの姿の者はいなかった。
そこに、見知らぬ白い髪の男が世にも可愛らしい幼女を抱いて立っている。
幼女の艷やかな黒髪はゆったりとウェーブを描いており、白い小さな顔には大きな紺の両目の瞳がきらきら輝いている。
うん、右子だな。
右子じゃなかったら何だ。
血の繋がりしか感じないほどそっくりだ。
例えば·······こ、こっ、子供とか?
さすがに有り得ないと分かりつつも、
俺は前世の大震災後の右子の生活を思い出していた。
授業が終わったから寄ってみれば、ドアがどうしても開かないので意を決してドアを破壊して良かった。
これは非常事態だろう。
「その子を返せよ」
「返せ?君になぜそんなことを?彼女は私のだよ」
「ああん?」
返せというのは語弊があるかもしれないが、
見ず知らずのこいつに、
右子に関するものの一切の所有を認めるわけにはいかないのでワザとそう言った。
これ見よがしに、幼女右子をぎゅうーとやっているこいつは、もう死亡確定だ。
「右子、こっちへ」
怒りを抑えて優しく語りかける。
「敦人ぉ」
困って泣きそうな顔はもう、右子確定だった。
おかしい。
こんな姿になったのは置いても、
こんな人攫い、右子なら簡単に躱すことが出来るはずだ。
この男に遠慮している············?
もしかして、知り合いの可能性が出てくる。
俺は急いで過去の記憶を捜索するけど、さすがに白髪の青年なんて思い当らない。
ただ一人、前世でいた気もするが、あれは人間じゃなかったし、もっと大人で魅惑の美丈夫だった。
こんなちょっとは美形とはいえ、平平凡凡な男とは似ても似つかない。
「これはどういうことだ?」
見ると、破壊された入り口から入ってきたのは李鳥宮と、チェアだった。
「··········おとうさん!?」
幼女右子が叫んだ。
「お父さん?李鳥宮が········?」
皆、一気に怪訝な表情になる。
まさかこの子··········
いやいや、そんなはずないだろ!?
忘れそうになるが、李鳥宮だってまだ16歳なのだ。
幼女右子はすぐさま白い髪の男から降りてチェアの抱いていたモノに駆け寄った。
「‘’おとうさん‘’··········」
それは倒れた哀れな黒い鳥だった。
白目を剝いている。
生死のほどは分からないが、きっとかなり危ない状態だろう。
これって·······さっき李鳥宮が応戦していたやつだよな。
何でチェアが持ってきたんだろう。
そもそも‘’おとうさん‘’って?
「おとうさん·······、どうしてこんな所に?家で待っていたはずじゃ·······」
黒い鳥は痙攣しているが、もちろん答えられない。
終いには右子は大粒の涙を溢して泣きだしてしまった。
正直、右子の幼女の泣き姿は堂に入っていると思う。
どうやら、この黒い鳥は右子が飼っていたペットらしい。
‘’おとうさん‘’というのはおかしなネーミングセンスの結果の呼び名のようだ。
ヤバいな········
俺は李鳥宮を見た。
俺はさっきの出来事を思い出していた。
それは授業の時間。
卒業制作のモザイクタイル画は順調に進んでいた。
様々な色とりどりのタイルを丁寧に一枚一枚卒業生が校舎の一角に貼っていく。指定された色のタイルを貼れば全体像に大きな絵が浮かび上がるというわけだ。
一枚、一枚、········
俺はかなり単調な作業に飽き飽きしていた。
右子とアインは別室で卒業式の答辞の文句を作っているらしい。
「お二人って本当に仲がよろしいわよね·····」
「聞きました?二人の秘密って仰っていましたのよ!」
クラスメイトのヒソヒソ声が聞こえる。
昨日から急激に親しくなって、一緒に話している様子が度々目撃されている。クラスメイトの間で話題が持ちきりの二人だった。
どうやらチェアから聞けば、日曜にアインが帝居に行ったとき何か急接近するような出来事があったらしい。
俺も行けばよかったかもしれないが、帝の捜索でそれどころではなかった。結局失敗したけどな。
俺は気にしないフリをしつつも、二人を注視していた。
アインは今まで右子を好きな様子なんて見せていなかったのに、思えば、凌雲閣のエレベーターの事件から時々そんな素振りを見せるようになっていたのだ。
やっぱりな·······
俺は溜め息をついた。
前世からそんなことは多々あった。姉さんは意図することなく男達の関心を絡め取る。その上、最後は危ない目に合いそうになる。
呆れた半狂乱の喜劇と悲劇の上演は繰り返される。
舞台から早々に降りて彼らをオロオロと見守る姉さんは、ヒロイン役の女優ではない。
上映の為の無情な舞台装置でしかなかった。
そして俺は大道具師だ。
哀れな舞台装置を問題無く維持する為に、俺の武装はどんどんエスカレートしていった。
俺は単調なモザイク画の作業から逃れて、校庭を歩いていた。
アインは張り切って過去の答辞例を調べまくっていたから、二人は今頃上手い文句を考えているだろう。
そこで出会したのは、空を険しい顔で見上げる李鳥宮奏史、学長その人だった。
「やはり、来たか、奴等········」
李鳥宮は遠く西方の空から飛んでくる黒い鳥の大群と対峙していた。
最近、帝都の上空を周回しているカラスの大群だそうだ。
帝国学校構内にも度々現れて、学生のお弁当を狙ったり登下校の生徒の所持する光る貴重品を掠め取ったりしているらしい。
奴等は数羽でタッグを組んで仕掛けてくるので、かなりたちが悪い。生徒にはすでに怪我や盗難などの被害が出ているとのことだ。
因みに八咫烏とは何の関係もないと言う。彼らはマークのモチーフにカラスを使ってるだけで、特に現実のカラスには一切無関係だそうだ。
李鳥宮は近衛師団の兵たちを数列に並べて、小石のようなものを飛んでくるカラスの大群に向かって投擲し出した。
「おいっ当たるぞ!」
「脅しているだけだ。こんな小石に当たるような奴等ではない」
本当に困っている様子なので、俺は自前の風船に大きな丸い目を描いて紐をつけて空に飛ばした。
『病の力』で慎重に風船の中の空気を温め宙へ浮かべる。簡易的なアドバルーンだ。
鳥は『目』が嫌いという話だ。そのアドバルーンを暫く窺っていると、多少効果があるようだ。
「あいつだ·····」
この群れのリーダーらしき奴が飛んできたらしい。
「あれ?あいつだけ、嘴の色が違うな顔に模様も······」
「九官鳥だ」
え、九官鳥?カラスを率いるリーダーが?
観察していると、奴は確かに群れを統率しているようだった。
李鳥宮は積年の思いを込めて、渾身の投擲を発した。
ギャーギャッギャッ!
「当たった!?」」
その投擲は命中した。
さすがに李鳥宮はコントロール抜群だな。
九官鳥のリーダーは学校周辺の森へ勢いよく落ちて行った。カラスの群れはリーダーを失って散り散りに飛び去って行った。
李鳥宮を見ると、本人も意外だったようで、喜ぶどころか難しい顔をしている。
「あいつは帝居へ置いてきた。
まさか、右子様の‘’おとうさん‘’ではないと思うが······」
李鳥宮は心配そうに呟いた。
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