130話目 花吹雪の中で君は笑う(1) 右子side
「もう九官鳥の名前決めたの?なになに?」
「あっいや決めたんだけど、まだ仮で·········ちょっと恥ずかしくって·······呼ぶのに慣れたら教えるね!」
「···········えええ!?それって、もしかして!?
そっか·········ペットに〜〜な人の名前つけるのってよくあるもんね!
うん、分かる分かる!
右子様の〜〜な人、すごーく気になるけど、今度絶対ちゃんと教えてね!!」
朝、登校中の車の中でチェアさんとお喋りしていた。
チェアさんはもっと聞いてくると思ったけれど、奏史様の方を窺いつつ、頬をピンクに染めてあっさり引いてくれた。
私はいつも『彼』をこう呼びたいなって思ってるけど、なかなか恥しくて呼べない。
だから九官鳥の名前にすれば何回も呼ぶ練習ができていいかなと思ったけど·······
結局、恥しくて九官鳥の名前を人前で呼べなくなっただけだった。
こんなことなら、他の名前をつけて気兼ねなく呼んであげた方がいいかもしれない。
恥しくて呼べないなんてせっかくの名前の意味が無い。
九官鳥の〇〇は私が学校に行くときにギャーギャー騒いでいたけれど、
さすがに学校に連れて行くのはダメだと侍女長に言われてしまい、お世話を部屋付きの侍女に頼んで、泣く泣く籠に閉じ込めて置いてきた。
普段は特に逃げていく様子もないので籠から出している。
〇〇は言葉を覚えるのが好きで積極的に色々な場所の色々な人々の会話を聞きに行って言葉を覚えているようだ。
いつの間にか私が教えていない言葉も話すようになっていた。
鳥ってこんなに勉強熱心な生き物なのかな。
中学年にさえ進学しないつもりの自分が恥ずかしくなってしまう。
車の中で奏史様は心無しか表情が固い。
奏史様は昨日の日曜日は遅くに帰宅したようで、就寝前に私に挨拶に来た。
そこでほぼパジャマの私が紹介した九官鳥を見て、後退ってまで驚いていた。近衛騎士達に報告は受けていると思うけどどうしたのだろう?
「········もっと可愛らしい小鳥とかの方がいいのでは?」
と聞いてきて、九官鳥から飛び蹴りを食らいそうになるのを、さっと避けた。
「このように、ものすごく凶暴ですので、普段は近衛師団でお預かりしましょう」
「こら!〇〇!ダメでしょ!
········すみません今までこんなに荒々しくなかったんです。
えっと、師匠が、·······じゃなかった、王子が!
アイン王子がこの鳥を探してくれたのです。いわば二人で見つけた二人の九官鳥。私が責任を持ってお世話すると約束した以上、私がお世話します!」
そう言って追い縋がり、
奏史様が九官鳥の足を掴んでぶらぶら下げてそのまま退出しようとするのを必死で止めたくらいだ。
さすがに一国の王子の名前を出したら引かざるを得ないだろう。やれやれ。
近衛師団なんて行ったら、さっきの近衛騎士達の鳥改めの態度から、絶対に酷い目に合いそうだ。
奏史様も含めて鳥の足をぶら下げてぶらぶらする様子はニワトリに対するアレな態度だもの······
「··········そうですか」
奏史様は無表情だった。
それでも〇〇を凝視して目を離さない。
鳥が本当に嫌いなのかもしれない。
ギャーギャーギャッギャッ!
九官鳥はまるで言葉が分かるみたいに怒っていた。
最近の学校は卒業式の練習ばかりだ。
卒業式まで後3週間ほど、残り僅か。
私は帝族なので慣習通りに答辞を読む代表になってしまった。男女ペアで行うので、男子側は隣国の王子であるアイン王子がやる。
答辞の文句は自分で考えるらしい。
前世ではもちろん答辞なんてやったことがないし、それらしい文章が全く思いつかない。
それも当たり前、入学したばかりの私には思い出らしきものが何も浮かんでこないのだから。
前世の卒業式を参考にすると、だいたい定型文があったと思うんだけど·········何だったか思い出せない。
「困ったな······」
私は空いた時間があればずっと答辞の文章を考えていた。
今は授業中、卒業生が学校に贈る卒業制作の時間で、皆が制作している間、答辞ペアは別室で答辞の文章を考えている。
私はずっと窓の外を眺めつつ、必死に学校生活の記憶を手繰り寄せた。
1月から入学して、早2ヶ月間。
軽井沢に行って雪に埋もれて雪掻きしたたことと、船に乗って戦艦に脅されて巨大ケーキをみんなで食べたことしか覚えていない。
そんな状態で、一体何をどのように答辞で語るというのか。
創造力が枯渇している··········
「『暖かい陽の光が降り注ぎ、
桜の蕾も膨らみ始め、
春の訪れを感じる今日、私たち·······』」
私は驚いてアイン王子を見た。
「素敵!それ使いたい!」
「うん。よかったら使ってね」
アイン王子は優しく笑いかけてくれた。
そうそう、こういう季節の情景描写よね、冒頭は!
「ええっと、『暖かい陽の光が降り注ぎ、桜の蕾も膨らみ始め、春の訪れを感じる今日、私たち···回生は、····』
あれ、私たち何回生かしら?」
「三十回生らしいよ」
これまたアイン王子が教えてくれた。
「ありがとう!師匠!」
「ううん」
私達は微笑み合った。
私はさすがに敬語は止めたけれど、師匠呼びはたまに出てきてしまう。
彫刻の技と動物博士を尊敬する気持ちがある限り難しいと思う。
「あれ····?」
ピンクの花びらがふわりふわりと舞っている。
暖かい陽の光が窓から降り注いでくる。窓は閉じているのに桜の花びらが花吹雪になって教室の中を渦巻いていた。
「わあっっ、どうして、花びらが!?」
「あれっ!?あっ!!
······春の描写を考えていていたら、幻覚の力が漏れちゃった!ごめん!」
「ううん!すっごく··········綺麗!」
答辞の内容に春の文句を入れるためにあれこれ春の情景を想像していたらしい。
「桜ってコーリア国でも綺麗なの?」
「うーん、時々咲いてるけど、ニホンほど多くないよ。王桜っていうコーリア国の原種もあるけどね」
見ると、知らない花も幾つか増えている。きっとコーリア国で見られる花なのだろう。
「でも前世のK国では桜の名所がいっぱいあったよ。日本より本数が多い名所もあったんだ。すごいでしょ。
もしかしたら、将来、これからニホンからコーリア国へいっぱい輸入されるのかもね」
「桜が両国の架け橋になるのね。
それって素敵ね········!」
「うん、そうだね」
彫刻も動物も、
そして花にまで詳しいアイン師匠は
花吹雪の中で微笑んだ。
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