125話目 カラスはカササギに嫉妬する(2) アインside
端的に言えば、僕は彫刻の天才だった。
ついさっき判明した。
勉強もスポーツも苦手という事はないけれど、王子の割には特に優れたところもなかった僕だ。
今更そんな才能があったところで活用できる気がしない。全然嬉しくない。
前世を思い出して16歳の記憶も取り戻して、賢くなった気がしていた時期もあったけれど、すぐに12歳の時の僕の頭脳に戻ってしまったようで。
やっぱり、自らにかけてしまった幻術の失敗が今だ解消していないのだろう。
このまま母国に帰っても、何をしても、僕はただ幼くなって留学から帰ってきた王子だと後ろ指を指されることだろう。
右子様は、まだ僕の彫刻したカササギの木像を食い入るように見つめている。
「えーと、僕お城で鳥に餌付けやってたんだ。そこにカササギも来ていて仲良くなって········そいつがそのモデルだよ」
「この子、実在するんですね!。この子のお顔、アイン王子のことすごく好きなんですね。じゃないと、こんなに愛しいお顔はできません········
なんて愛らしいんでしょう·········」
右子様はふるふる震えている。
「まっ負けた·········! 技術で人に負けた············!!!」
うううっ····
そして悔しそうに唸って、そのまま可愛らしいお顔を伏せてしまった。
僕はびっくりした。
こんな何でもないことで、負けたとがっかりする人がいるなんて思わなかったんだ。
心なしか辺りは暗くなり、不穏な雰囲気が漂ってくる。
近衛騎士全員が立ち上がった。
一番イケメンの騎士がスラリと刀を抜いて、僕の喉元に刀を当てた。他の者は僕を抑えたり、逃げないように取り囲んでいる。
「この王子、どうしましょうか?」
「ど、どう、って!?」
僕が自分で問う。僕が何をした。
右子様は打ちひしがれて聞こえていないのか、フォローの反応がない。
近衛騎士達の議論が始まる。自分達で結するつもりだ。
「ここで成敗すれば八咫烏は喜ぶだろう」
「それは俺たちには関係ない話だが、右子様が落ちたのはこの輩のせいだしな」
「このままだと帝居が暗転したままだ···········仕方ないか?」
勝手に隣国の王子成敗する結論出しちゃダメ!!
そういえば今回はきちんとしたアポの訪問とは言い難い。このまま闇に葬られるのでは·········?
「そっそうだ、そうだ!
僕のこの何の変哲もない平平凡凡な彫刻が、そんなにいい塩梅で凄く上手なんだって君が言うなら、それはどうしてか考えてみよう?
僕が思うのは、やはりそれは、実際に親しいカササギがいたからだと思う!」
「なるほど?ではそのカササギを、殺········」
「ちがうう!」
イヤな相槌をうつ近衛騎士がいる。
「?」
ガックリ項垂れていた右子様がようやくゆっくり顔を上げる。
憔悴したお顔が本当に痛々しい。
こんな右子様、初めて見たよ·········
本気で僕のこのムダ才能ゴミ箱行きだ。
「だから·······右子様も特定の実在するカラスを彫ればいいんじゃないかな!?
僕は『カササギ』を彫刻したわけじゃなくて。あのお城で仲良くなった『友達』を彫ろうと思って彫っていたから、コツがあるとすればそれだと思う」
「カササギを彫刻したわけじゃなくて、『友達』を·········確かに、それです!!!」
右子様は両手に拳を作って頷いた。
「うん、きっとそうだよ。分かってくれた?きっと、右子様ならもっともっと可愛いカラスが彫れるよ!平平凡凡な僕なんかより!」
「師匠!」
右子様は僕の手を取った。
「ええっ!?」
「素敵です!」
右子様はもう顔を曇らせてはいなかった。
瞳は夜の晴天の星空の輝きのようにキラキラ光を放っていた。
僕はもうここで近衛騎士に葬られてもいい。
この才能があって、良かった。
「············探しに行こう」
「え?」
「きみの友達をだよ!この帝居でカラスが集まる場所はある?僕、鳥を捕まえるのも上手いんだ!」
もう正午を過ぎていた。
僕はお昼をそのお屋敷で右子様と一緒に用意してもらったけれど、ヤバいから一口も食べるなと侍従に耳打ちされた。
その後は、右子様のスランプに対処する為の気分転換という名目で、午後の作業を中断してもらい帝居の庭園を散策することにした。
鳥かごを携えた男の子と女の子。
広大な帝居の森を二人で彷徨えば、まるでかの有名なお伽話『青い鳥』の世界だ。
帝居の森は鬱蒼としてどこまでも奥へ続いていそうだ。葉葉々々を揺らして永久のざわめきを生み出している。
でも捕まえるのは幸運の青い鳥なんかじゃなくて、あの狡猾なずるい黒い鳥だ。
今更だけど、あんな性悪の鳥を捕まえて飼い慣らせるのか?そもそも捕まえることが難しそうだ。僕は調子に乗って大口を叩いてしまった。
「カラスは、いつもは馬小屋に居るんですけど、今日はいなかったですね、アイン師匠」
「そうなんだ」
普段は馬小屋で飼っている番犬の餌を狙ったり、馬の水飲み場で馬の頭をかいくぐって水浴びをしているらしい。行動パターンからして本当に可愛くない。
もし見つからなかったら、帰りにまた馬小屋に寄って馬でも撫でて帰ろうか。
そう思いながら、僕はもうカラスなんてどうでよくなっていた。
僕は右子様の後ろを歩く。
ずっと後に僕の侍従と近衛騎士達も続いている。
こうしていると、お伽話さえよりももっとずっと昔から歩いて来たような不思議な感覚·········軽く目眩を感じる。
「アイン師匠?大丈夫ですか?」
彼女には、以前からアインって呼び捨てで呼んでほしいと思っていたんだけれど、師匠呼びに変わった。
振り向いた右子様の顔は木々の影が落ちていたので表情は読み取れない。
「うん······急ごうか」
急ぎたい気は全くしない。
僕は目眩を打ち消すように、
手の平をじっと見つめて残り時間を数えるフリをする。
夕刻になればここもあっという間に暗くなるだろう。
まるで閉じられたこの世界に、
後どれくらいいられるんだろう?
僕は僕の中で飼い慣らしている獣にそっと聞いてみた。
読んでいただきありがとうございます!
Twitterへのリンクを貼っています。
小説のイラストもありますのでよろしかったらお越しください♪
(小説のイラストは活動報告欄の過去ログでもご覧いただけます)
⬇⬇⬇ずずいっとスクロールしていただき広告の下です。