11話目 私には執事がいない 右子side
私は義弟に会いに行こうと部屋を出た。
あの庭園での一件から敦人に会わないと思ったら、座敷牢に幽閉されているらしいという噂を聞いてしまった。
だけど、廊下に出た所で、座敷牢が何処にあるか分からず一時停止。
途方に暮れた。
今まで聞いたことのない部屋だ······
「どちらへ行かれるのですか?」
彼は近衛騎士団から私付きに配属されている近衛騎士筆頭の槙田君だ。
他にも数名近衛騎士が交替しながら、24時間体制で私は守られている。
いつも通り部屋に籠もっている時でも、彼らが廊下に待機している気配がする。
ちょっと息苦しいが、私の部屋はトイレもバスルームも完備され廊下にすら出る必要がなく、そう出会わないので我慢する。
プライバシーの問題。でも帝女なのでこれはもう仕方がないのかな。
「あの、座敷牢って······どこにあるのか、知っている?」
槙田くんはぎょっとした顔をした。
「······敦人殿下に会われたいのですね。面会の許可が出ましたか?」
義弟に会うのに、許可がいるのかな?
そして、やっぱり座敷牢に入ってるのか。
そうだ、座敷牢と言うからには罪人扱いということで、もしかして、あの爆竹の一件が咎められたのだろうか?
それなら現場に居合わせた者として責任を感じてしまう。
李鳥公爵家子息とのお見合いと家庭教師との別れと、忙しくてすっかり後回しになっていた。薄情な義姉だと反省する。
私はもう家族だし許可は簡単に出そうだけど、きちんと手順は踏まないといけないだろう。
なぜ今の今まで大切な義弟の状況に気づかなかったのだろう?
······私は本当に忘れっぽい。
「·········」
「許可は出てないのですね。では私から話を通してみます。」
槙田くんは親切なので、最近は私の執事の真似事もしてくれる。近衛騎士をこんな風にこき使うのは気が引けるけれどよろしく頼みます、と心の中で手を合わせる。
そうだ、面会の申請に書類とかあるかな。
「書類は私が書いた方が良ければ持ってきてね。」
「はぁ、書類、ですか?」
槙田君はきょとんとしている。
書類、無いのかな?
前世のノリが抜けなくて、我ながら困ったものだ。
前世では、施設は何をするにも書類が必要だった。国から補助金を貰う為には書類の不備があってはならない。
ん、『施設』って、何だったかな?
きっと上手くすれば今日中に許可が出るだろうか。槙田くんは優秀で仕事が早いのだ。夕方は予定を開けておこう。
敦人と私は義姉弟になるのだから、私達は話し合って歩み寄る必要があると思う。
差し入れは何がいいだろうか。
と思っていたのだけれど。
夜になったけれど、何もない。
夕食も終わってしまった。もうじき入浴タイムなので侍女たちが増えてしまう。
槙田君は警護にも来ていないし、面会の許可が難航しているのだろうか。まあ、今日中にとは言ってなかったから明日以降になるのかもしれない。
そもそも、彼は近衛騎士だから別の仕事をお願いするのは良くない事だ。イレギュラーなので彼としても優先順位は後回しにせざるを得ないのかもしれない。
もし私に執事がいれば、すぐ面会申請の結果が聞けるるだろうな。
いないとたまに不便なこともあるものだ。
独り文句を言いながらお風呂の時間を告げる侍女たちを待つ。
コンコン
ドアをノックする音が聞こえた。
「李鳥公爵家より使いの者が参りました。」
と侍女の声がする。
お風呂ではない。お使いである。
時間は·····もう7時。遅すぎる。
「困ります。」
もう寛ぎモードで服は普段着のワンピースと髪はぐっちゃぐちゃの私である。帝女の威厳を損ねるわけにはいかない。断ろうとすると、
「殿下、御曹司の名代です。どうかお目通りを。」
御曹司って·····李鳥宮奏史様のことだよね。
仰々しいけれど切実な、そして鈴の音ような柔らかな女性の声で請われてしまっては開けないわけにはいかないではないか。
ささっと髪を手で梳かし、おもむろにドアを開けると、そこには精悍な顔つきの美しい女性が、すぐに膝をついて俯いて礼を取った。帝族との謁見は、許可なく初めから目を合わせてはいけない決まり。
「挨拶はいい。話して。」
「夜分遅く申し訳ございません。李鳥宮奏史様より、面会の件の返答を言付かって参りました。」
え、面会の件で来たの?
槙田君、やっぱ仕事早い······
ん、もしかして奏史様に話をしたの?
宮内省じゃなく?
いやいや、話を通すって、そういう意味だったんだ?
槙田君が所属してる近衛騎士団って、そうか李鳥公爵家の管轄だ。
······騎士をパシリに使おうとした報いだろう。
取り敢えず彼が自分の上司にお伺いを立てるのは間違っていないのだろう。
自分で宮内省に直接書類を提出すればよかったのだ。書類があるのか、本来の手順が分からないけど。
結果的に、槙田君で一手間増やしてしまった自分を呪った。
お使いで来た彼女は数鳥という名で。李鳥公爵家の分家の侯爵家の娘で、現在は李鳥公爵家で執事補佐として働いていると自己紹介をしてくれた。
「え、面会は認められない·········?」
彼女は申し訳なさそうに形の良い眉を顰めてこちらを伺っている。
私はショックを受けた。
敦人との面会許可を出すのは李鳥公爵家らしい。帝宮内での事件からの処遇なので近衛師団が取り仕切ってるとのことだ。
面会が不可の理由は、敦人が帝居で爆発騒ぎを起こしたこと。そして特に私を狙って爆発物を投げたこと。よって、取り調べが終わって真偽が明らかになるまで面会謝絶なこと。を、滔々と聞かされた。
まるで時代劇の大岡裁きのお沙汰のよう。
数鳥さんには、説得力というか、天秤を持った女神的な才能があるんじゃないかと思う。
そして極めつけに、被疑者に被害者を会わせるには相当な時間を置いて、万全を整えてからになると審判を下された。
こう聞かされると、まあ全く的外れという訳ではない。
爆弾持ってたもんな。
改めて敦人ヤバい奴だな、とは思うけど。
どうも納得できない自分もいる。
だって爆弾というか爆竹だし。
次期帝太子なのに厳しく罰を受けるのは、この世界には爆竹というものが知られていないのがあるかもしれない。
爆竹は前世の世界では人を殺傷する目的で使われるものでは無い。お祝いの景気づけのような場面で使われるものだった。
実際は危ないけれど、悪いイメージは爆弾よりはかなり少ない。
敦人はどこで手に入れたのだろう。
そして、どんな気持ちで投げたのだろう。
私はそれを理解してみたかった。
長身で涼やかな美女数鳥は、一応恐縮してはいるが、寧ろ犯罪者との面会なんて無茶な依頼をしてきたのを諫言するぐらいの風情で私を見ている。
腹も立つが。
でも、深夜にわざわざ伝えに来てくれたのだ。お礼を言わなくてはいけない。
「こんな時間に、わざわざすみませんでした。」
「いいえ、当然のことです。我々は貴女の臣下なのですから。」
私は帝ではないし、その子供とはいえ臣下というのはちょっと違うのでは。
帝の家族という括りでは、臣下で合っているのだろうか。
なんでこんなに大袈裟な言い回しになるのかと首を傾げた。
「お疲れでしょう·····あっそうだ。あの、これ私の手作りなんです。手土産にどうぞ。」
敦人に用意した手作りクッキーを手土産に渡すと、美女は目を丸くした。
そうして、速やかにお帰り願ったのだった。
書き溜めたのがあるので、しばらく毎日投稿します!