118話目 前世をリピートするは苦行なり 敦人side
「お昼はちょっと、外で食べてきます」
昼休みになってそう言うと、右子は脱兎のごとくクラスから消え失せた。
アインとチェアが、アイン専用の控室でお昼を食べようと誘いに行った矢先だったようだ。
「えっ、どこで········?」
アインは呆然と右子の去った方を見送っていた。
「怪しいわね」
「えっ」
「学長室よ。きっと学長と二人で食べるんだと思う」
「なんで分かるの?」
アインは目を丸くした。
「朝、車を降りた時コソコソ二人で話してたのよ。聞こえなかったけど、そんなことだろうと思ったわ」
チェアはずるいずるいずるい····とリズミカルに連呼している。
俺も席を立って二人の方へ向かう。
「ん?どこ行くって? は?
学長室に行くの!? ちょと、アイン王子!
さすがに無粋でしょ·······私だって押しかけないわよ?」
チェアはアインの腕を引っ張っている。
「アイン、どうした?」
「あ、シウ!止めてよ!痴情が!もつれて!」
「はあ?」
アインはチェアを振り切って飛び出して行った。
痴情ってちょっと違う。チェアって変な日本語も知ってるよな。
「修羅場になっちゃう····················って、
誰よ、その美少女は」
しかし、
勢いよく飛び出して行ったアインはすぐ戻ってきた。
美少女に引率されている。
おお、久しぶりの麻亜沙さんだ。
「こんにちは、皆様」
麻亜沙さんはにこやかに挨拶する。
あれ、ちょっと青筋が立って?まるでイラついているかのように顔がピクピクしているぞ。
チェアは新たな美しき登場人物をかぶりつくようにジロジロ眺めて尋ねた。
「あなた······どちら様?」
「私、右子様のB組での友人で透水麻亜沙と申します。どうぞお見知りおき下さい。あの、右子様はいらっしゃいますか?」
「いないわよ。さっき出てっちゃったわよ」
「私、以前は仲良くさせていただいていたので、今日はお昼に右子様をお誘いしようと来てみたのです」
麻亜沙さんはミーシャが右子だった事情を知っていた。いつの間にか随分右子と仲が良いみたいだ。
「残念ね。右子様はたぶん学長室でお昼食べてるわよ?」
「まあ!?」
麻亜沙さんは急に大声になる。
「学長室というのは、つまり、李鳥宮奏史様ですわよね!!もしかして、お二人は!!」
「そうよ。二人は婚約者なのよね」
「こんやくしゃ!!!」
「········声大きいわよ。麻亜沙さんとやら」
右子と学長が婚約者と聞いて、クラスがどよめいている。
「だからさ!僕これから学長室に行って連れ戻しに行ってくるよ!」
ますますクラスはどよめく。
「あら!右子様が王妃様の覚えがめでたい婚約者様の李鳥宮奏史様とお昼をご一緒されているのなら、さすがにお邪魔はできませんわよね。人の恋路を邪魔するのは何とやら·····ですわよね?」
なぜここで王妃が出てくるのかは分からないけど、麻亜沙さんはアインを引き止めるつもりのようだ。
「でも、」
「よろしかったら、私もこちらでお昼をご一緒してもよろしいですか?」
麻亜沙さんはアインを見つめていた。
「ね?アイン王子·····」
「ねって、えっ?えっ?!」
麻亜沙さんはアインの腕に自分のほっそりとした腕を絡ませていた!
すると、アインは急に大人しくなってしまった。
チェアの好奇の目が輝く。
「まあまあ、では麻亜沙さんもご一緒しましょうよ。
アイン王子、一人増えても食事の用意は大丈夫よね?」
「う、う、うん。侍従がいつも多めに用意してくれてるから。·········」
すごすごと、
麻亜沙さんにまるで介助されるように控室に向かうアイン。
「············ねぇねぇ、アイン王子ってチョロいわね?」
チェアが俺の後ろで囁いた。
「いや、アインは元々、麻亜沙さんが好きで········」
「え!?そうなの!?
ぜえっったい右子様のこと好きだと思ったのに!?」
チェアは驚いている。
俺も最近、右子の筆頭婚約候補者を主張しまくるアインの様子が気になっていた。
だから、やっぱり麻亜沙さんを好きなアインを見て安心してしまう自分がいる。
アインは以前戦いで記憶を失った時に、見た目も合わせて幻影で自らを幼くしてしまい、今は俺達と同じ12〜13歳ぐらいに見えるが、本当は16歳だ。
よく考えたら李鳥宮奏史と同じ歳だ。
アインはコーリア国の王子という立場を大事にしているから、国で望まれている右子との婚約を使命のように感じてるみたいで、それがあたかも恋心のように見える時も、ある。
いや······むしろ、あれって恋だろ········
うーん、気が多いってやつか?
結局、アインがチェアの言うようにチョロいんだろう。
クラスメイトの間では右子とアインが公認になりつつあったけれど、麻亜沙さんの登場にざわつきが止まらない。
そんな教室を尻目に、俺達は昼食をとるため控室へ向かった。
それにしても、李鳥宮か·······あいつは今に始まった事ではないが、手強い。
右子と失踪してこの帝国学校に来てから、俺に近衛兵の監視がつくようになったし、権野公爵家に近衛師団の捜査の手が入ったらしい。
帝女を連れて失踪した罪を考えれば当然といえば当然。
しかしあの時は帝子だったから表向きは姉弟の家出という体裁だ。
李鳥宮からすれば、右子の態度もあり俺達は平和的な関係という認識だろう。
それどころか、今や俺と右子の関係は従姉弟とはいえ希薄な関係だ。権野公爵家は名乗りをあげていないので、婚約者候補ですらないのだから。
それに対して、李鳥宮は前世の姉さんの好みのタイプど真ん中を突いているのが腹立たしい。
俺は右子が好きだけど、
右子は同じ意味では好きになってくれない。
永遠に変わることのない『きょうだい』の関係。
俺の方だって最早、この関係に慣れ過ぎていた。
俺は今回、アインと違って右子と李鳥宮とのことがあっても動じない自分に驚きつつもどこか納得していた。
そして、ふともう一つの変わることのない関係。
似たような構図をずっと眺めていたような気がする。
そうだ前世で···········
拝む姉さん、優しげな隣人の牧師。
敬愛は恋情にはなかなか変化しない········
あれ、
李鳥宮って、あいつに似てるな?
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