117話目 神様の食事はきっと味がしない 右子side
掲載後に少々、セリフを増やしたり変更しました。
「お昼はちょっと、外で食べてきます」
「えっどこで······」
お昼の時間になって、そうアイン王子が言いかけているのを尻目に私は教室を飛び出した。
危ない危ない。
学長室とバレたらチェアさんが同行したがるだろう。今日は内々の相談なので二人で話したいのだ。チェアさんは奏史様がいるとものすごく煩い。
私はコソコソ学長室の方へ向かっていると、大変な事に気づく。学長室は校舎の二階の中央に位置している。普通に行けばB組の前を通るルートになる。
A組はテラスや特別室などのボリュームがあるので独立した別校舎となっている。
ここまで来て今更だけどぐるっと反対側から遠回りして学長室へ行くべきか悩む。
今の私は、前の右子のイメージ通り髪はストレートで下ろしている。制服も貴族用の分厚い布地だ。
ミーシャの時は髪を2つに分けてお下げにしたり、お団子に纏めたりしていた。メガネもかけて制服も布地が薄くてほっそりしていたので、別人だと思ってもらえるはず············
「ミーシャさん!」
え、バレた。
私は声をかけてきた男子学生を見るけれど、誰かは分からない。たぶん·······B組の生徒だと思う。
「あの?私?人違いですよ?」
私は人違いを決め込む。
「え?でも、絶対ミーシャさんだよね。良かった学校に出てこられるようになったんだね!」
男子学生はかなり強引に私の手を掴むとB組に引っ張って行く。
「ミーシャさんが出てこなくなって、すごく心配したんだ。B組って成績が大事でしょ?さすがのミーシャさんも授業についていけなくなって困るかもって、俺、ずっと君の分のノートを取ってたんだ」
「ええっ」
私は驚く。
B組の私の席に来ると、男子学生はノートを何冊か持ってきてくれた。ほんの数週間分だけどけっこう量はある。
「あ、ありがとう·········」
ちょっとうるっとなってしまう。名も知らない男子学生が優しすぎる。お礼をいうと男子学生は顔を赤くして首を振っている。奥ゆかしい。
すると他にも生徒が寄ってきた。
「あの、お家の事情で休んでたんだって?僕すごく心配してたんだ。調べたら阿良々木家って随分大きい事業主だから経済的な心配は無いと思ったけど······何か困った事あれば力になるよ。これ、父の名刺だけど」
何故か父親の名刺を渡してきた。この人は制服から貴族か。
「な、何だお前、親の名刺なんて渡してズルいぞ。
ミーシャさん!俺の父はこの辺りで小間物店を幾つか経営しているんだ。何か手に入らなくて困った物があれば何でも取り寄せられるから、俺に言ってよ」
彼はお店のビラを渡してくる。もはや事業のCMだった。
「これ以上は見るに堪えないな。こいつはミーシャじゃないぞ?」
「麦本くん!」
そうだ麦本くんもB組だった。
「えっ? そんなはずは········?
でも、じゃあ君の名前は?クラスはどこ?」
ゴホン!!事情を知っているらしい麦本くんが誤魔化すように咳払いをして私をB組の外に追い出す。
「もうこのクラスには近づかない方が良いぞ。A組にいれば皆遠慮するだろうから、もう外に出るなよ」
私は頷いた。
「麦本くんは、卒業できそうで良かったね」
「ははっ当たり前だろ。お前は相変わらず悪女だな」
麦本くんは笑ってコツンと私の頭を小突いた。
麦本くんは、実はずっと控えていた近衛騎士達を見ると会釈して教室へ戻っていった。
「大丈夫でしたか?ノートはいいですが、名刺とビラはこちらへお渡し下さい」
槙田くんが近づいて来て名刺とビラを没収する。
ちゃんと調べますね、と爽やかに言った。
調べるの?困ったことがあれば助けてくれるそうよ?
「よ、ようやく着いた······!」
私は学長室のドアに両手をついた。
A組からは遠すぎた。B組挟んでるから精神的に遠すぎた。
近衛騎士がドアをノックし返事を得て開けてくれる。室内に入ると、奏史様は机の上の書類に目を通していた。とっても絵になる構図·········久しぶりに絵を描きたい。
「ああ、右子様ようこそ。お昼にしましょうか」
「すみません、お仕事中に。よろしいのですか?」
「もちろんです。待っている間に仕事に目を通していただけですから。用意は出来ていますので今運ばせますね」
「お、お待たせしてスミマセン」
「いえいえ、さ、おかけください」
私は取り敢えず執務室のソファーに腰掛ける。
「··········で、本題ですが、私に話したい事とは?
何か困っているのですか?」
さっきの男子生徒といい、
また困ってる事を予想される。
私って、困ってるイメージなのかな。
「はい困ってます。帝妃(母)様のクーデターについてです」
「クーデター········」
奏史様は目を丸くしている。
「あの、帝妃(母)様はおかしくなっているのです。一度病院に連れて行かないといけないのです」
「これ以上ないくらい、お元気そうに見えますが·····医局より専属医師を呼んだ方がいいでしょうか?
具体的な症状は?」
「医局ではダメです。心の病の医者が必要なのです!
症状は、まずは自分の娘を『姫神』呼ばわりする妄想癖ですわ!それでも今までは放って置いたのですが、帝を追いやって私を帝座に座らせて、あまつさえ帝太女に据えようなんて明らかにおかしいです!」
「何もおかしい事はありませんよ」
「え」
なぜ同意が得られないのだろう?
私は不思議に思い奏史様を見た。
奏史様はいつの間にか私に背を向けて、窓の方を見ていた。
「貴女が神なのも、帝太女に儲君していただかないと我々がお護りできないのも、全て本当の事です」
「ええっ?」
いやいや神は違うでしょ??
「帝妃様の仰られた、拝顔するのが畏れ多いというのも分かります。
でも私の場合は違う、一度見てしまうと、ずっと目が離せなくなってしまうから、はじめから見ないようにするのです」
そう言って、奏史様は今度は振り返った。
真剣な瞳の中に熱が籠もっているのを感じる。
「·········たしかに、
それなら、はじめから見ない方がいいですね?」
なのに、ただ今ガン見してますけど?
「はい。でもいつも見てしまうんですよ。最後はね。
見てはいけないのに見てしまう。
追っていけないのに追ってしまう·····
自分では制御できない心です。
私にとっての畏れ多いとは、そういうものです」
いつも奏史様を畏れ多いと拝んでいるのは私の方なのに、それじゃあ逆じゃないの、本当におかしなことを言う。
私は、帝妃(母)様の洗脳が奏史様に及んでいる可能性を疑うしかなかった。
また困り事が増えてしまう。
昼食が隣接する応接室に並んだと使用人に呼ばれる。
「奏史様は神様と食事するんですか?」
「そうですよ」
奏史様はにっこり笑って付け加えた。
「そして婚約もします」
私達は食事の席について、いつも通り食事を始める。
軽井沢での生活と何も変わらないようなのに、
何かがとても違う。
私は帝の居場所を聞いたが
奏史様は、残念ですが知りません、と答えた。
近衛師団でも捜査を開始しているらしい。
私は、きっと顔が赤くて、奏史様の方を一度も見る事が出来なかった。
こんな惨めな神様がいるはずないのは自分が一番よく知っている。
それなのに、
奏史様が言うなら、と思う可哀想な自分もいて。
今日の昼食の味がしないのは、
私が神様だからなのかもしれないと思った。
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