10話目 (前世の記憶) 残念な僕の姉さん 敦忠side
「お疲れ様!写真バッチリ撮ったよ!」
劇の後に姉さんが駆け寄ってくる。写真係もしていたらしい。
「撮らなくていいよ······僕の役、ほんとカッコ悪い。」
マリアを探して、似た妙齢の女性に声をかけまくって、蹴られたり罵られたり、見ず知らずの女性に妊娠してるでしょと尋ね回るなんて、いくら天使であっても、ど変質者の所業である。
物語を改変したバカ牧師息子を呪っても呪っても呪い足りない。
「いやいや、良かったよ!天使な美少年に一生懸命探して貰えるなんて、健気で素敵じゃん。マリア様、原作より立ち位置ヒロインだったな~〜〜まさか受胎告知でこんな視点の萌えを見いだせるとは!」
受胎告知は、ガブリエル天使少年の母をたずねて三千里的なやつではない。
萌え要素のある話とは僕には到底思えない。
「ヨセフ様のセリフも愛が増し増しで良かった♡『この子は神の子だ!誰の子であるかは愚問だろう。妻とこの子を一生守る!命に変えても!』だもんね~♡正直、あの時点では迷いもあったと思うんだよね。誰の子とも分からない子を身籠ったマリア様を信じて献身的に支える夫!尊いよね〜!」
そして肝心の神の子イエス・キリストをスルーして、ヨセフが尊いと言うのはどうかしてる。
12歳の清らかな少女の視点ではない。
悲しいかな、施設の子どもたちは擦れてる。
姉さんが掛け持ちで劇のリーダーをあんなにも頑張ってたのは、作品への履き違えた萌えだったようだ。
後で思えばまさにこの時、姉さんは『2次創作』という扉を開けつつあった。
そして、マリア役を演ってみたかったと言っていた。アホ牧師息子にマリア役を勧められたのにと今更悔やんでいるようだ。
姉さんがマリアを演ったら、僕はど真面目にマリアを三千里探してしまうだろう。
そしてヨセフと別れなさいと言う。もっとめちゃくちゃな話になる。
マリアがシングルマザー。それもいいかも。
全然コメディーで笑いを取れる自信がないけど。
やっぱり姉さんがマリアじゃなくて良かったと乾いた笑いが出た。
それから時が経って姉さんは中学2年生、俺は小学5年生。姉さんはそろそろ進路に悩むべき時期になった。
施設の子どもたちは進学や就職も自由に選べる。国からの補助金で能力に応じて過不足なく支援してもらえると説明をうけた。
「右月ちゃん。今度の土日どっちか渋谷に遊びに行かない?」
最近、隣の牧師息子が頻繁に姉を誘いに来て鬱陶しい。牧師の息子は朝斗という名だ。
「うーん、渋谷かぁ。忙しいから行かない。」
「え、渋谷やだ?なら近くの映画館とか。」
「それってデートなの?尚更行きたくないんだけど。」
「違う違う。買い物に付き合ってほしいだけ。」
これだけ毎回あからさまに冷たくされて折れない朝斗は心が鋼だと感心する。
姉さんの好みは繊細で柔和な歳上の美青年タイプだと思う。だっていつもアニメやゲームのそういうキャラできゃーきゃー騒いでるから。
朝斗は顔はいいけど繊細で包容力のある歳上キャラというガラではない。
姉さんは趣味で忙しい。
休日には専ら池袋と秋葉原に行って、怪しいグッズやコミックをなけなしの小遣いで買い漁っている。
俺は全く興味ないけど、あるふりをして一緒について行って適当にゲームを買う。都内は危険な場所が多いから一人で彷徨かせるわけにはいかない。
美しい姉は、残念なオタクに成り下がって今日も楽しそうだ。
鈍感で無頓着な朝斗は姉さんの残念な趣味をいまいち理解してないようで、見た目通りの可憐な美少女だと勘違いしている。
「そっかぁ。残念だなぁ~父さんが渋谷の教会で説話するから、その準備の買い出しなんだけど。」
「はぁ!?牧師様のお手伝いなの!?行くに決まってるでしょ!!」
この変わり身の早さ。
さっき、朝斗は渋谷がダメなら映画館とか言ってたけど?本当に牧師が教会で説話するのか怪しいところだ。
俺は一人溜息を吐く。姉さんは牧師の息子は好かないけど、ダンディーな牧師は好き過ぎるのだ。
ファンと言ってもいい。
牧師は、まんま姉のタイプ······繊細で柔和な、美青年じゃない、32歳。美おじさんだ。まあ、歳上過ぎる年齢だけはきっとタイプじゃない、と思いたい。
人格者で人望も厚い社会人をどうやって遠ざけるか悩ましいところだ。
やつがロリコンで無いことを祈るばかりだ。
ていうか手を出したら犯罪だよね?
ていうか牧師だし?
彼は昨年に妻を病気で無くしたばかりだから、姉さんも同情心があるのだと思う。何かと彼に対して気を配らずにはいられないようだ。
牧師の名は遠野だ。
彼は悪い人間ではないけれど、信仰心が高いので神ファーストが過ぎる。
神と教団へ全てを捧げ、清貧な生活をしている。
信仰心が無い姉さんには酷な相手だと思う。
俺はたった一人の肉親を守らなきゃいけないと息巻いていた。
姉さんには、世界で一番、幸せになって欲しいのだ。