105話目 我々は船上のマンチカン 右子side
船上で毎日私がしたことといえば、
訓練と訓練と訓練だった。
うさぎ跳びだの、ジョギングだの、腕立て伏せだの、腹筋だの、スクワットだの、反復横跳びだの、虚弱な私にはまさに地獄の日々だった。
私はここで、兵士に生まれ変わらされるのかもしれなかった
時々揺れる船上の甲板で、
全てのメニューを軽々とこなす和珠奈さんはさすがに素晴らしい身体能力の持ち主だ。
「さすがは徳川公爵家の娘!ゴリラのように靭やかで猪のように力強く勢いがあって凄いわ!」
私は褒めたのだけど和珠奈さんは顔を卑屈に崩した。
「ふん!さすが本物の帝女様、足が短い猫のようにジタバタしておりますわね」
「マ、マンチカンみたいっていいたいの!?」
私は心外だった。私は実戦では誰より俊敏に逃げ回ることができる自信があるというのに。
正当に運動すると運動神経がからっきし鈍いのは、自分でも不思議だ。
「マ、······マンチカンってなによ?」
「足の短い猫なのよ」
「えっ実在するの?足の短い猫って·······」
「外国の猫だけどね。足の短い犬もいるわよ。ダックスフンドとかコーギーとか········」
私は適当に動物好きだった前世の記憶を披露した。この世界に実在するかは不明で申し訳ないけれど、運動で身体が辛いので逆に苦し紛れに会話していないと崩れ落ちそうだった。
和珠奈さんは、大きく溜息をついた。
「あーあ、それってふわふわしてる?そんなふわふわをもふもふしたいわあ。大阪ではふわふわもふもふの猫を飼っていたのよ」
「和珠奈さん、もふもふを嗜むのね。今度ご一緒しましょう」
「········大阪に行けたらね」
「行けないの?」
「····あれ見て·········あなたのお迎えかしら········」
和珠奈さんの指差す方向を見ると遥か海原の向こうに大型の船舶がズラリと見える。
私は首を傾げた。
「お迎え?帝都には海軍を所有する勢力はいないから、
海は徳川公爵家の独擅場じゃなかったの?」
「そうよ。じゃあ、あれはどこの船なのかしら」
和珠奈さんにも分からないようだった。
ブーア!ブーア!ブーア!
船内にサイレンが響き渡る。
「コーリア国の船舶だ!一般船舶を装っているが武装が確認できる!」
「警戒態勢に入る!お前たちは船室へ引っ込んでろ!」
徳川公爵の怒鳴り声が聞こえた。
瞬時に私は和珠奈さんに追い立てられて船室へ入れられてしまった。
嬉々として甲板へと戻って行く和珠奈さんはやっぱり猪突猛進のイノシシ暴走マシーンのようだった。あれで、卒業したら帝居の医局の薬剤師見習いになりたいと言っていたから信じられない。
私に宛てがわれた船室には小さい小窓がついているが、方角が違うので今は平和な海しか見えなかった。
私はさっき見た数多の船舶を思い出した。
もちろん私が船の外観を見ても何の判別もつかない。
排他的経済水域はコーリア国との小競り合いが頻繁に起きるとは聞いていたが、まだここは領海の内海なのに。
近衛師団や警察隊ならともかく、外国勢力はまずいわね······捕まったら今度こそ只ではすまないかも?
ししし、死んじゃう?
私は冷や冷やしながら時を待った。
待つしかないのがもどかしい。
それから、
予想を反して2日間が過ぎ去った。
そのコーリア国の船舶は執拗に私達の船舶を囲み、逃しては進行を阻み、逃しては進行を阻むといった様子で付け回し続けた。
我々はもう待ち疲れていた。
あちらからは攻撃は一切してこない。
もしやこちらからの攻撃を誘っているのか。
我々の疲労は限界だった。
ドンドンドンドン
「これって大砲の音かしら······」
そんな訳もない、私の船室のドアのノック音だ。
私は急いで開けた。
「バカ!誰かも確認しないでドアを開けるな!」
見ると和珠奈さんのお兄さんの保さんだった。
バカとはなんだ。
でも·······私は咄嗟にお兄さんにしがみついていた。
保さんは優しく頭を撫でてくれた······と思ったら頭を鷲づかみにされた!
「ウギャア!」
突然の襲撃に戦慄する!
「猫みたいな声出すな」
「ニャァァァー!た、たもつ········」
痛いって!この痛み、ひどい!
「俺、思い出した?じゃあこれ見て」
どこからどう見ても、保くんだった。
「いや、見るのは俺じゃなくて」
彼は、ツカツカ室内へ入って来てテーブルの上に図面を広げた。
「これ見て。これがあちらさんの一般的な船内の構造図。石油を燃料とする舶用ディーゼルエンジンが動力だ。これはコーリア国から輸入した船舶の設計図だから、今対峙しているのと基本的な構造は近いと思う」
「ん?」
だから何?私に船の構造を説明しても仕方ないじゃない?
「だからさ·······例えば、あっちの船のこのエンジンにダメージ与えるとかって、できない?」
「はああ!?できるわけ無いでしょ!?
全く········やだやだ、保くん、神頼みは他所でやってよね!」
「父さんから聞いたんだ。右子は電気を操れるって。
凌雲閣のエレベーターでも刺客を撃退してたじゃん。それって今回もできない?」
「それ、自分でもどうやるかよく分からないのよ、エレベーターはまだ前世で身近に利用してたから、大まかな電力の動きが想像できたから。でもエンジンなんて········」
「だからさ、この図面で想像してよ」
「無理いいいい!」
「やってくれたら、帝都に戻してやっても?」
「!?でも無理いいいい!」
部屋の明かりがバチバチッと音を立てて点滅と明滅を繰り返してる。
感情が乱れると力が暴走してしまう。私の顔は凄い形相かもしれない。包帯を巻きたい。
保くんは天井の明かりを指さした。
「そう、その力さ。集中してさ。
そうか、あっちの発電機をショートして停電させる方が簡単かな?」
「勝手なこと言わないでよ!か、簡単じゃないわよ。あんなに大きな仕組みのエンジンが関わっているなんて、すごく······すごく力が要るわ」
といいつつ、何だかんだやり方をあれこれ想像してみると、少しずつイメージは湧いてくる。
「頼むよ······こっちは一隻で、あっちはざっと15隻はある。絶対的に不利なんだ。横須賀から加勢を呼んでるけどまだ時間がかかる。このままだと最悪は俺達は全滅で、右子が連れ去られてしまう········」
私は、ブンッと保を殴った。
「ううっ」
「あっごめっ·······!」
偶然、腕が当たったんだ。
私は保くんの話など聞こえないくらい集中して、
あっちのエネルギー回路をかき混ぜていた。
仕組みが全然分からないので、混ぜるしかなかった。
·········そんなイメージで、両手を宙にバタつかせる。
「じゅ、15隻もあるなんてぇ」
私は半泣きだった。
変な指揮者のタクトだ。
さすがにもう勘弁してほしい。
「············あれ?一隻しかない?」
私の『病の力』で探るとそこに在るのは、
おかしいな。
たった一隻だった。
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