104話目 俺は今すごく船が欲しい 敦人side
「お久し振りです。敦人殿下」
その中年の男は下卑た笑みを浮かべていた。
この男はサンタ聖教会の神父だ。
俺達は新設した権野公爵家の敷地内にある、真新しい小さな教会の中にいた。
「今は帝子から宮子へ戻られたそうですね。心配しておりましたが、お元気そうで何よりです」
「···········ああ。あの時は迷惑をかけたな」
遠回しに嫌味を言っているつもりのようだが、全く心には響かなかった。
座敷牢からの脱出の時にはこいつらにも迷惑をかけたが、当時は権野宮だった父が全ていいように処理してくれたらしい。
俺が卵型爆弾を投げつけて、聖油に点火した時の神父たちの狼狽した様子は見ものだったと、懐かしく思い出す。
俺は少しでもこの男との時間を減らすために、すぐ本題へ入ることにした。
「ええ、殿下の仰る通り、我々は船を幾つか所有しております。我々は伝道の為に世界各国へ船で行き来しておりますから。今ならちょうど熱海港に我々の船舶が停泊しているはずです」
「熱海か······」
期待通りの答えが帰ってきた。
ちょっと遠いがちょうど良い距離なのかもしれない。
こいつは洗礼名をヨハンという。サンタ聖教会の神父で宣教師だ。
サンタ聖教会の奴等は総じて顔色が悪いものだが、こいつは格別に顔色が悪く土気色だ。長い船旅の間にどこか身体を壊しているのかもしれない。
サンタ聖教会はロチア帝国で成立したサンタ教の大きな宗派だ。それから様々な国へ広まって、コーリア国の国王に国教として認められるに至った。国王はこの教えをもっと世界各地へ広めたいと願い、サンタ聖教会の宣教活動には巨額の援助をしているそうだ。
というわけで、ニホンに来る最近のサンタ聖教会の神父は殆どがコーリア人だし、船舶もきっとコーリア国から来ているはずだ。
コーリア国の要人と、格別に仲良くしている父は勿論とっくにサンタ聖教会へ帰依している。
新しい権野公爵家の敷地には小ぶりの教会が建てられた。
面白くない話だが、全てが悪いというわけでもない。
宣教師達が持ってくる商売の話の方はかなり利点があった。彼らが扱う商品は質が良く珍しいのもばかりでニホンでは高く取り引きされ飛ぶように売れる。そして、彼らが望むニホンの物を用意すれば彼らが高く購入してくれる。
権野公爵家はサンタ聖教会との取り引きのお陰で、みるみる間に金回りが良くなってきていた。
「その船を短期間借り受けることはできるか?」
「そうですね········我々の宣教活動に差し支えなければ手配することはできます。積荷は降ろした方がいいですか?我々の宣教に使う道具が幾らか乗っていますが」
「いや、そのまま乗せておけばいい。貿易目的では無いんだ。人を一人迎えに行くだけだから」
「その件については、アイン王子からも助力するよう言われてはおりますが·······」
俺は当時を思い出して顔を顰める。
「人攫いは海に逃げたんだ。行き先を悟らせずに、海の上をのらりくらりとしている。こちらも船で追うしかない」
「はあ、なるほど。それでしたらお役に立てると思います。我々も武装した船舶がございますのでそちらを用意しましょう。費用は上がりますが·····
差し支えなければその憎きお相手の名を聞いても?船舶のルートは大体決められていて、国へ届けを出しているはずです。お相手も帰港する行き先が決まっているはずですが」
徳川公爵家の名を出すと。神父は大層驚いた。
「ははあ、彼らは海軍を持っています。横須賀に大きな軍港を持っているので、ちょっと近すぎますがそこが行き先か、·······もっと遠いなら彼らのお膝元である大阪港だと思いますよ」
聞けば船は安全の為、非常の時以外は契約してある港以外には立ち入らないことになっているそうだ。
というわけで、常連で目立つ大きな船の行き先はお互いに周知しているという。
「海軍か······いいなぁ」
これまでニホン国の防衛は徳川公爵家に頼りっきりだったが、国直属の海軍へ編成し直す事が必要だと思う。
この国は数多の貴族や豪族と資産家の集合で成り立っているが、もっと、こう、帝都を中心とした中央集権型の国家を作り上げるべきだと思う。
そうでないと、今だに植民地時代が続いているという世界情勢に対応していけないのではないか。
とにかく、国防は最優先事項だ。国が乗っ取られたら元も子もないのだから。
そして次に経済力だ。
この国は島国だ。海を制して貿易をもっと盛り上げれば巨万の富を得ることができるだろう。
「小さな貿易船なら、うちでも買えそうだな·····」
本当は戦艦がいいけどな。
父を言いくるめて、近いうちに船舶を購入しようと思った。
「くっくっくっ····、我々はどこまでも殿下に協力させて頂きますよ」
揉み手をすりすりやっている神父。
それは悪者の笑い方だぞ。
顔色が悪い笑顔ほど胸糞悪いものはない。
あの日、右子が帝国学校の客室から攫われたと判明すると校内は震撼した。
あの日の事件は不審だらけだった。よって戦闘を主導していた近衛師団への事情聴取もされたが、警察隊との以前からの確執が影響し難攻していた。
加えて校内の守備の全権が警察隊に委任されていた非常時の空きをついた徳川公爵による鮮やかな手口だった。
牢へ捕まっていた輩を殆ど脱走させ、おまけに右子も攫われたと判明すると大騒ぎになった。
だけど俺だけは驚かなかった。
またか、という苦々しい思いを噛み締めただけだった。
前世でもとにかく付け狙われた姉さんだけど、実際に攫われることは殆ど無かった。
今は俺が近くで守ることができないから、仕方ない。
そう思っていた。
それにしても、今世の姉さんは腕が鈍っているようだ。
こんなに簡単に攫われるなんて。
俺は座敷牢からミーシャを連れ出した時を思い出す。
そういえば、すんなりついてきたよな。まあ俺だからな。
「··················?」
いやいや、攫われる方にも原因があるなんて、
新しい発想過ぎる。
バカなことだ。
俺は不安を拭い去った。
しかし、東京湾から出航した船に乗っていると聞いた時はさすがに驚いたが。
俺は今、喉から手が出るほど船が欲しい。
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