103話目 微かな罪悪感と兄のお遊び 右子side
私は特に手や足を縛られることもなく、出航した船の甲板から離れていく港を眺めていた。
船の出航を見守る人々の中に見知った人はいないけれど、私も無性に誰かに手を振りたい気分だ。
学校の皆は今どうしているだろうか?
胸がチクリと痛む。
罪悪感で微かに痛む。
「あーあ。来月卒業だったのに」
同じく少し離れた位置で港を眺めていた和珠奈さんが、残念そうに言う。
「そういえば、報酬がどうのこうの言ってたよね。何が欲しかったの?」
話しかけられるとは思っていなかったのか、ぎょっとした顔をしている。
「お金じゃなくて、まあ、お金ももらえるけど、もっと違う条件がね」
「他にも何か約束を?」
「ちゃんと卒業して、右子様が戻らなかったら、そのまま右子として宮内省の医局の薬剤師の見習いに入ることになっていたの。」
「へえ」
私を領地のどこかに幽閉して、自分は医局でお仕事ときたもんだ。
帝居でちゃっかり働くつもりだったのには驚きだ。
とはいえ帝族が研究職につくのはままある事だ。
「ずっと東京にいたかった。でもいいか。今回はお兄様も一緒だから」
和珠奈さんがうっとりと見る先には、和珠奈さんのお兄さんが甲板のベンチで居眠りをきめこんでいる。
寒くないのだろうか?
彼は、気怠い雰囲気を纏っていて、いわゆる無気力キャラだと思う。
加えて、今日会ってから一言も話さないし、周囲との壁が厚いタイプか。
和珠奈さんは東京に来る前は大阪にお母様と住んでいたらしい。
右子に拘っていたのは東京で暮らしたかったからなのか。
やらかしの方法は派手なのに、思わぬ素朴な理由に驚いてしまう。
「それは、和珠奈さんのままではできなかったの?」
「まあね。和珠奈だったら、あのまま大阪の中学に進学して、結婚して···········まあ、先が知れているわよね。つまらない。お兄様も結婚してくれそうになかったし」
「えっ」
私は素っ頓狂な、声を出した。
「何よ」
和珠奈さんは睨んだ。
「だってあんなに好き勝手に思うままに行動する破天荒な和珠奈さんが········自分の人生には案外、従順なので驚いてしまって」
まあ兄妹で結婚は無理だろうけど。
「そう?
ていうか、あんたにだけには好き勝手とか言われたくないんだけど。
お母様もいるし·········期待される立場も役割もあるし、自分の人生って案外好きには生きられないものよね」
それでも好きに生きてそうだと思ったのに、彼女は彼女で地元では色々押し付けられている世知辛い事があるようだった。だからって帝都であんなに羽目を外すのは違うと思うけど。
「はあ、他人の人生が羨ましくなる時ってあるよね·······」
だから私もミーシャをやっていたのかも。
「まあね、だから後先考えず当てずっぽうに帝女から逃げ出しちゃったあなたの気持ちも分かるわ」
「私も和珠奈さんの自分勝手で我儘な気持ち、ようやく分かりました」
私達は顔を見合わせてふっと、鼻で笑った。
「かといって、お兄様との結婚は認めないわよ」
「ええっ!?」
そうか、彼は公爵家の嫡男なので、帝女の婚約候補者上位にに名を連ねているはずだ。
あの無気力そうな和珠奈さんのお兄様と私がなんて·······?
私は·········少し動揺して、
何か、はずみで思い出しそうになった。
「はああ!?何照れてるのよ!冗談よ。有り得ないって!あんた、許されないわよ!?」
いや、びっくりしただけだよ。
許されないって何に。和珠奈さんに?
「ブラコン、なんだね」
「あんたがよおおおお!」
妹たるもの、兄の結婚にまで口出すようにはなりたくないものだ。
「右子、ちょっといいか」
お兄さんが来た。なぜか呼び捨てで。
「えっと、········はい」
「あれ、なんで顔赤いの?」
「え?赤いですか?·····その、気にしないでください·····!」
「················」
お兄さんがめちゃめちゃ気にしているのが伝わってくる。
だって、初対面なのにそうじゃないような。
そんな不思議な、デジャヴだった。
こんなことって普通ないよね········
前世で会ったことがあるとか?
もしや、こっ、恋人だったとか·······
もっ妄想が止まらない!
「··············そうそう、右子様。
俺は貴女の一応、婚約候補者ですので、どうぞよろしくお願いします」
彼は、急に態度を他人行儀に改めた。
「は、はいっ」
「············驚いたな、こんな反応初めてだ。
前世のこと思い出したんだっけ?
プロポーズって、もしかしてけっこう脈あった·········?
夢の中の態度が塩対応だったのに、
リアルの右子の方は恥じらってるの、おかしいでしょ········」
「はいいい!?夢の中って何のことですか??」
え?前世って何のこと、本当に前世で知り合いだったって?プロポーズ!?本当に?
「ははは·······夢の中の事も忘れたんだね。面白いから、しばらくこのままでいようか?」
無気力なお兄さんの瞳に、意地悪な光が点った。
顔を私の顔にめちゃめちゃ近づけてくる。
「········全く、最近の俺のことよりうっかり前世の俺を思い出しそうになるなんて、あなたは本当にぶっ飛んでるんですね」
彼は小声で耳打ちすると、意地悪く笑った。
「··············!」
ところで、ブラコン和珠奈さんは、さっきから軽蔑しきった顔を向けてくる。
「前世って何のことですの!?
まったくもう二人共!!不毛なお遊びはお止めくださいね!」
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