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どうしたら会えますか?  作者: 花崎有麻
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1-6

 突然の申し出に面食らいながらも、尋人はウルズに事情を聞いた。まあ、事情もなにもそんなに難しいことはなく、要するに期末で赤点を取ると夏休みに遊べないからなんとかしなくてはいけないということだ。

(なるほど、この娘、バカなんだな)

 と、話を聞きながら失礼なことを思った。

「これは運命だよっ、きっと運命だよっ。ここで出会ったのはわたしに勉強を教えるためなんだよっ。運命なんだよっ!」

 声はすでに半泣きだった。そしてなんだか安っぽい運命だった。

 泣き喚いているに近いウルズを尋人はなんとか宥める。勉強を教えるといっても、頼まれて「はい、わかった」とは言えない。

「そもそもテストの範囲ってどこなの?」

 尋人はウルズがどこの誰なのかを知らない。だから年齢がいくつで、学年は何年で、通っている学校のレベルがどのくらいで、ということがまるでわからない。

「あ、そっか。えっとね」

 少し遠くでがたがたと慌ただしい音がする。ウルズが身につけているヘッドセットのマイクがその音を拾っているようだ。

 そして十秒くらいしてウルズから彼女のテスト範囲を聞く。それは、なんだか聞き覚えのある範囲だった。

「ねぇ、ウルズ。もしかして、ウルズって高校二年?」

「え、そうだけど?」

 やっぱり、と思う。なぜなら、聞いたテスト範囲が自分たちのテスト範囲とほとんど重なっていたからだ。

「僕もだ。だから教えることはできると思う」

「えっ、そうなの? 偶然――ううんっ、運命だねっ!」

 いや、偶然だろうと思った。

 だが偶然にしろ運命にしろ、教えることに問題はない。暇はあるし、ウルズも困っているようだし、尋人は彼女に勉強を教えることにした。

「じゃあ今からやる?」

「よろしくお願いします」

 ウルズが頭を下げるアクションをする。それを見ながらカバンの中から教科書を取りだした。と、そこで気づく。そういえば今日は数学と英語の教科書しか持って帰ってきていない。

「えっと、五教科全部をいきなりやるのは厳しいから、今日は数学と英語でいい?」

 そう伝えると画面の向こうでウルズが息を飲む音が聞こえた。

(ああ、そこが一番苦手なのか)

 そう直感した。

「う、うん。頑張ります」

 苦手でもなんでも、夏休みを無事に過ごすためにはどうせ避けては通れない。なら苦手分野は早めにやり始めたほうがいい。

「じゃあ、まず数学の教科書の――」

 と、尋人は手元の教科書を開いてページを告げる。そしてそこに書かれている例題に沿って公式の説明から始めたが、

「え、え?」

 ウルズが慌てて困っていた。まさか数字が読めないからページを開けませんなんてことはさすがにないと思うので、どうしたのかと思いつつも少し待ってみる。するとウルズがこんなことを言った。

「そ、それ、どこに載ってるの?」

「え? どこって――」

 そこで尋人もようやく気づいた。

 もしかして、教科書自体が違うのではないだろうか。

 尋人の通う星稜は進学校だ。そしてウルズが通っているのは、ウルズのレベルから考えてきっと一般校。進学校と一般校では、使用している教科書が違う。

 尋人の手元にある数学の教科書は『数Ⅰ』というものだが、たぶんウルズの手元にあるのは『数Ⅱ』という教科書ではないだろうか。これは学校のレベルに合わせて教科書の難易度も変わるためだ。

 盲点だった。いつも同じ教科書を使っているから、他の学校のレベルの教科書のことなんて頭になかった。

 それをウルズに告げて確認すると、やはり二人の持っている教科書は違う。

「ど、どうしようっ」

 最後の希望を絶たれたような声でウルズが叫ぶ。でもきっとそうなのだろう。わざわざアリスの中で尋人に勉強を教えてほしいと懇願するくらいだ。ウルズの周りには勉強を教えてくれる人、そんな余裕のある人がいないのかもしれない。

 実際にウルズが目の前にいれば、彼女の教科書を一緒に見て教えることはできる。しかしそれができないのなら、同じ教科書を使ってやらなければ効率が悪い。それどこからウルズがそれで理解できるのかも不安なところだった。

 このままでは、おそらくウルズは夏休みに補習と追試の地獄に招待されることになるだろう。昨日会ったばかりで、顔も本名も知らない女の子だ。関係ないといえば、尋人には関係ない。

(でも、少し可哀想かな)

 せっかくの夏休み。それを勉強なんかで浪費するのは気の毒だ。

「ちょっと待ってて。教科書、買ってくる」

「え、でもそこまでは」

「あー、買ってくるって言っても、アリスの本屋でデジタル教科書だから。この部屋買ったときのお金がまだ少しあるし、それで足りると思う。それに、やっぱり同じ教科書でやったほうがわかりやすいから」

「それはそうだけど。・・・・・・うぅ、ありがとう」

 もしかしたら、ほぼ見ず知らずの尋人にそこまでしてもらうのは気が引けると思っているのかもしれない。でもそれ以上に、背に腹は代えられないようだ。

「じゃあ行ってくる。その間に少しでも自分で教科書を読み込んでおいて」

 言って尋人はアバターを動かして部屋から出た。


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