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どうしたら会えますか?  作者: 花崎有麻
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1-5

 おそらく、一般的な学校に通う学生のほぼ全てが、夏休みというものを心の底から楽しみにしているだろう。七月が終わりに近づくとその雰囲気は教室から学校中へと自然と広がり、教室ではその夏休みの予定を仲の良い友達同士で話し合う声が聞こえる。

 そして例に漏れず、イコもこれから訪れる夏休みを心底楽しみにしていた。

 帰る準備をしながら近くにいた鏡子に話しかける。

「夏休み、楽しみだね、かーちゃん」

 去年は確かお互いの家にお泊まりに行った。街へ出かけて服を買ったり、クレープを食べたり、カラオケに行ったり、最後に二人で夏休みの宿題に追われたり。なんだかんだで楽しい夏休みを過ごした。

 今年はなにをしよう。イコは今からその計画を妄想する。やってみたいことは山のようにある。それこそ去年と同じことをしてもそれはそれで楽しいだろうし、今までにないことにチャレンジしてもいい。

 とにかくわくわくが止まらないのだ。

 鏡子もイコの言葉に頷く。だが、その直後に放たれた一言でイコの目が覚める。

「まあ、その前に期末テストあるけどね」

「う・・・・・・」

 忘れていたわけじゃない。テストなんて学生にとっては当たり前の負のイベントだ。でもできれば考えたくなかっただけで、思考から弾き出そうとしていただけだ。

「もちろん今年も赤点があると補習と追試だよ、イコ」

 そう、二人の通う茅埜高校にはそういうシステムがある。国語、数学、英語、社会、理科の五教科の中で、赤点が三つ以上あると夏休みは問答無用の補習と追試が待っている。しかも補習と追試は五教科全てが対象になるという鬼のようなシステムだ。

 去年のイコの成績は赤点が二つに赤点ぎりぎりが三つ。わざわざ六角鉛筆を用意して選択問題に望まなかったら赤点はさらに増えていたに違いない。

「うぅ・・・・・・」

 去年の悪夢が蘇る。

 赤点二。赤点ぎりぎり二で迎えた最後の数学の返却日。あのときの緊張感は今でも忘れることができない。

「か、かーちゃん、イコに勉強を教えては・・・・・・」

「そうしてあげたいけど、二年になって勉強も難しくなって、あたしもそこまでの余裕がないよ。自分が赤点取らないようにするだけで精一杯。ま、これを機に自分で勉強するようにしなさい」

 と、イコの願いは無慈悲にも受け入れられなかった。

「そ、そんなお母さんみたいなことを・・・・・・」

「かーちゃんだから」

 そんな会話をしながら二人は帰り支度をして教室を出た。

 テストのことを意識したせいか、なんだか見える景色が違っているような気がした。廊下や教室で、笑顔で夏休みの予定を話し合う直前のイコのような生徒との他に、今のイコと同じように青ざめた表情で教科書を引っ張り出す生徒が見える。

「そういえばさ、イコには頭のいい幼なじみいたじゃん。彼確か、頭のいい学校行ってなかった? 勉強教えてもらえばいいじゃん」

「え、しーちゃんのこと?」

 言われて顔を思い出す。

「そうそう」

「うーん、でもしーちゃんとは最近会ってないんだよー。ちゃんと話をしたのも高校受験の前くらい、かなー」

 思い出したその顔は、中学生のときのあどけない姿のままだった。

 中学まで学校は同じだったが、高校は別々になった。そして二人それぞれの生活がはじまると、家は近くてもすれ違うことが多くなった。そして少しずつ自分の生活からお互いのことが薄れていき、今では口を聞くどころか顔を合わせることもほとんどなくなっていた。

「だからなんか頼みにくい」

 それに彼の通う学校はこの辺では一番頭がいいはずだ。だからテストの厳しさも茅埜とはまるで違うはず。そう思うとなんだか余計に頼みにくかった。

「それなら自分でなんとかするしかないね」

「うぐぅ・・・・・・」

 肩にかけてある通学カバンがずっしりと重くなった気がした。それはきっと、詰め込んできた教科書のせいだけではない。

 夏休みについて妄想していたときとは真逆の気分のまま鏡子と別れ、家に帰った。

 部屋に入るとイコは真っ直ぐに机に向かい教科書を開く。

 ――が、全然わからなかった。どこが、ではない。最初からなにもかもがわからない。嫌な汗が背中を伝う。

 このままでは赤点は必至だ。たった一度しかない(ことを祈っている)高校二年の夏休みが、補習と追試で潰れてしまう。せっかくの楽しい思い出が、思い出したくない苦痛の記憶になってしまう。

(そ、それは嫌あああっ)

 どうすればいい。どうすれば赤点を回避できる? いや、もちろん勉強するしかないのだが、わからない人間が一人でいくらやっても結局はわからないままだ。誰でもいい。誰でもいいから、自分よりも頭のいい誰かに勉強を見てもらう必要がある。

 しかし当てはない。こんなことならもっと勉強しておけばよかったと思う。

 なにかないか、誰かいないか。イコは立ち上がって部屋の中をぐるぐると歩き回った。そのときふと、机の隅に押しやったパソコンが目に入る。そして一人の人物が浮かんだ。イコは急いでパソコンを立ち上げて、アリスへとログインした。

「ダメ元で」

 昨日知り合ったヨーエロという変な名前のアバター。勉強はできるのか、年齢はいくつなのか、そういう不安はある。でも頼れる人間が側にいない今、その僅かな可能性に縋るしかない。

 幸いアリスはネットの中の仮想世界。たとえ地球の反対側にいたって言葉を交わすことができる。言葉を交わせれば、勉強を教えてもらうことはできる。

 イコは自分のアバター、ウルズを操作して昨日買ったあの部屋へ行く。鍵を開けて中に入る。しかしそこには誰もいなかった。

「やっぱり、いないかー」

 そもそもここはネットの中。相手がログインしていなければ出会うことはない。相手がどの程度アリスにログインしているかはわからないが、そうそう都合良く出会えることなんてあるわけが――。

 ――カチ、と部屋のロックが解除される音がした。反射的に振り向くと、そこには求めていたアバターが立っている。目が合う。

 なにかを言う前にウルズを操作していた。探し人の前まで行き、そして言う。

「ヨーエロ! わたしに、勉強を教えてっ!」


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