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どうしたら会えますか?  作者: 花崎有麻
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1-3

「え、誰?」

 尋人は思わず隣のアバターに向けて問いかけた。見るとそのアバターも自分と同じでほぼ初期状態のままで飾り気がない。一瞬、鏡のようなものにでも自分のアバターが映っているのかと思ったが、目の前のアバターから聞こえてきたのは女子の声だったし、よく見るとアバターも女性型で細部が尋人のアバターとは違っている。

「え、え?」

 彼女(?)はどうやら困惑しているらしい。

 無理もない。この部屋は尋人が買って、自分で設定したパスワードを鍵にして入室したのだ。だから尋人でなければこの部屋に入ることはできない。そしてきっと、彼女の困惑具合から察するに、彼女も自分と同じなのではないだろうか。

「・・・・・・あの、なんでこの部屋に? ここ、僕が買ったんですけど」

 このままでは埒があかない。とりあえず声をかけてみる。

「え? いや、ここはイ――わ、わたしが買ったんですけど・・・・・・?」

 見つめ合ったまま意見が食い違う。

「え、そんなはずは」

「ほ、ほんとだよ?」

 互いに、沈黙。

(うーん、嘘はついてない、ような気がする)

 とは言っても相手はアバターで、顔は見えず声しか聞こえないので判断が難しい。が、あくまでも彼女が嘘をついていないと仮定して考えると・・・・・・。

「もしかして、ブッキングした?」

 尋人はこの部屋を買った。個々にパスワードを設定して鍵代わりにしているので、間違って他の部屋に入室したなんてことはありえない。現実で家の鍵が一軒一軒違うように、この部屋に設定されたパスは一つだけだ。

(だから間違って部屋に入ってしまうなんてことは・・・・・・)

 と、そこまで思ってハッとする。

 そうだ。パスを設定してあるから彼女はそもそもこの部屋に入れない。

 もしも尋人が先にパスを設定していたら、たとえブッキングしたとしても彼女のパスは認証されない。逆に尋人が後なら彼女のパスが優先されて尋人のパスが認証されないはずなのだ。

「あの、この部屋ってパスワードかかってますよね? だから普通は二つのパスワードでロックは開かないわけで。もしかして僕らの設定したパスワードって」

 そこまで言うと彼女も気づいたのか、

「じゃあ、いっせーので、同時に言う?」

 本当は部屋の鍵になるパスを人前でむやみに言うものではないが、今は非常事態だ。尋人は「わかりました」と了承して、

「いっせーの」

 彼女の合図で二人はそれぞれのパスを口にする。

「「15101610」」

完全に、一致していた。

「おおう、おんなじだねー」

「そのようで」

 ということは、つまり。

 二人は同じ部屋を買って、同じパスを設定して、同じタイミングで部屋に入ってきたということか? そして、やはりこれはブッキングしているということでいいのだろうか。

(ていうか、ネットでそんなことって起きるの?)

 勉強はできてもネット関係にはあまり詳しくない。だからこんなことが起きることがあるのかなんてわからない。

(・・・・・・わからないことをなんの知識もなくいくら考えてもわからない。とりあえず、今すべきなのは)

 現状の理解と、それが終わったらアリスの運営事務局にバグとして報告をしておくことだ。そもそもこういうバグを潰すために尋人たちテスターが存在するのだ。ある意味、今まででもっとも意味のある仕事のように思えた。

 しかしながらまさかブッキングするなんて思わなかった。でもブッキングしたということは協議の末、いずれどちらかはこの部屋から退去しなくてはならないということだ。じゃあ、どちらが出て行く?

(・・・・・・僕だよね、やっぱ)

 そもそも尋人がこの部屋を選んだのは偶然、広告が目に入ったからだ。なにか思い入れがあるとか、この空間や景色をどうしても手放したくないと思っているわけじゃない。なんとなく買おうと思っただけだ。

 でもきっと彼女は違うだろう。きっとこの部屋がほしくてお金を貯めて買ったのだ。テストが始まった日時は同じだ。だからこの部屋を今日、このタイミングで買うにはそれなりの仕事量をこなさなければならないのはよく知っていた。

 尋人は暇だったからあまり苦にはならなかった。でも彼女はきっと自分とは違う。暇な時間もあっただろうが、たぶん尋人ほどではない。

 そうまでして彼女はこの部屋を買ったのだ。なんとなくで買った尋人とはおそらく違う。だから、どちらかが退去するという話になったら自分が出よう。そう思った。

「あの」

 とりあえず自分の気持ちだけ告げて、一緒に運営にバグ報告のメールを送ろうと思った。そして声をかけたのだが、

「これは、運命だよっ!」

 いきなりの大声に言葉が止まる。

 運命? いきなり、なにを。

「ねえねえ、凄いと思わない? 同じ部屋を買って、八桁もあるパスワードが一緒で、同じタイミングで部屋に入るなんて、普通はありえないよっ! だからきっと、こうなったのは運命なんだよっ!」

 アバターの顔はデフォルトのまま固定されているが、彼女の声を聞いているとハイテンションで部屋の中をバタバタしているイメージが浮かんだ。

(無邪気で、元気で、明るい娘なんだな・・・・・・)

 普通ならこんなバグがあればお互いに怒って運営に文句を言うだろう。でも彼女はそんな状況を運命だと言った。声からはそれを純粋に喜んでいるような気配すらある。

「ねっ、凄いよねっ?」

「そう、だね」

「ねーっ」

 二人して「あはは」と笑った。

 なんかもう、バグの報告とかどうでもいいような気がしてきた。

「じゃあさ、イ――わ、わたしたち、友達になろっ?」

「・・・・・・唐突」

 確かにこれは奇跡的な事態だ。その自覚はある。でも、なんでそれが友達になることに繋がるのか。突然の彼女の申し出に尋人は困惑した。

「だめ?」

 頭の中で、アバターの向こうにいる彼女が可愛らしく小首を傾げる仕草が浮かんだ。

「だめじゃないけど」

 運命だから、ということなのだろうか。

「じゃあ決まりねっ。わたしの名前は『ウルズ』。よろしくっ」

 ウルズ。どこかの神話で聞いたようなその名前が、彼女のアバターの名前らしい。

 そしてウルズの手が動き、右手が前に差し出される。友達の証、握手だ。尋人は自分のアバターに命令してウルズの手を握る。

「僕は、『ヨーエロ』。よろしく」

 そしてそのダサい名前が、もう一人の尋人のアリス内での名前だった。

「とりあえず、お互いにバグ報告だけはしておこう」

「よろしくね、ヨーエロ。・・・・・・変わった名前だね」

 なんだか気を遣われた気がする。こんなことなら、アバターの名前をもっとマシなものにするべきだった。


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