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どうしたら会えますか?  作者: 花崎有麻
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5-8

 そして、アリスのメンテナンス当日を迎えた。

 メンテナンス開始は日付の変更と同じタイミング。時間にして、あと三十分もない。

 メンテナンスが始まる前に、ベータテスターはアリスからログアウトするようにアナウンスされていて、もしもログインしたままの状態だと運営側から強制的に弾かれるようになっている。

 運営側の負担のためにも、言われたとおり事前のログアウトをするべきだ。

 しかし尋人とイコはまだアリスにいる。この部屋にいる。最後の最後まで二人で過ごそうと決めていた。最後の我が儘だから、許してほしい。

 時間は刻一刻と迫っている。残りの時間を惜しむように、二人は話を続けていた。

「ライブ、どうだった?」

「初めてああいうライブを観たけど、かっこよかったよ。イコのおすすめのヴォーカル、最高だった」

「今度は二人で聴きに行こうねっ」

 それは思い出話だったり。

「実はイコ、尋人に言わなくちゃいけないことが」

「なに?」

「実はね、イコ……泳げないんだっ」

「……ああ、事故のせいで?」

「うん。でもまあ、特訓しとく! 次、尋人に会うまでにっ!」

 そんな、ちょっとした秘密の告白だったり。

「尋人は水着、どんなのがいいの?」

「ん、また答えづらいことをっ」

「え~、いいじゃんか~、言っちゃえよぉ」

「ぐ……。……まあ、男子としては好きな娘の水着姿だからどんなのでもいいんだけど」

「強いて言うなら露出度高めがいいと?」

「……」

「正直だねぇ」

 恥ずかしい趣味嗜好がバレたり。

「イコは海の他に行きたいところはある?」

「もちろんあるよっ。遊園地とか、映画館とか、水族館とかっ」

「普通の恋人らしい感じだね」

「普通の恋人なんだよぉっ」

 これからの未来を期待してみたり。

 そんな他愛もない話を、ずっとした。

 短い時間の中で二人は互いのことをもっと知って、もっと好きになった。

 タイムリミットは迫っている。それでも二人は泣かなかった。涙なんてお呼びじゃないくらい、笑って、笑顔で、冗談を言い合って、微笑ましいケンカをして、そうやって、これからするはずだった恋人としての経験を、短い時間の中で一気に積み上げていく。

 これから先、何年、何十年ともしかしたら会えないかもしれない。考えないようにはしているが、もしかしたらもう二度と会えないかもしれない。

 そんなマイナスな感情を振り払って、未来の自分たちの姿を語り合って、言葉を決して途切れさせないようにした。

 それでも、時間は残酷に流れていく。

 自分たちのアバターに、運営からのダイレクトメールが届く。内容は見なくてもだいたい想像がついたが、尋人はメールに目をやった。

「…………あと、一分だって」

 それが、イコと話をしていられる最後の時間。

「そっか。……早いね。あっという間」

 最後の一分。なにか言葉をかけるべきだった。これから先、二人が頑張れるような言葉をイコに伝えたかった。でもこういうときに限って、そういう気の利いた言葉は出てこないもので、尋人は一瞬、口ごもる。

「……イコもね、頑張ってみる」

「え?」

「尋人はこれから、世界の壁を越えるためにいろいろ頑張ってくれる。でも、尋人だけにやらせるのはなんか違うと思うんだ。だから、イコも頑張ってみる。イコ、頭悪いからなにができるかわからないし、なにもできないかもしれないけど、それでも頑張ってみる。イコだって、尋人に早く会いたいから」

 泣かないと決めた。感情型のイコが、頑張って涙より笑顔を向けているのだ。ここで尋人が泣くわけにはいかない。

「じゃあ、勝負だ。どっちが先に世界の壁を越えられるか!」

「いいよっ。負けたほうはなんでも一つ、言うことを聞くってことでっ!」

「望むところ!」

 時間は少しずつ、でも着実に過ぎていく。

「僕が必ず、方法を見つけてみせるからっ」

 その時間はあと何秒あるだろう。もしかしたら次の瞬間にはタイムリミットが来てしまうかもしれない。瞬きをした一瞬で視界からイコの姿が消えるかもしれない。

 だから少しでも、一言でも、一秒でも、一瞬でも多く、二人は見つめ合って、言葉を交わす。

 時間は、どんどん過ぎていく。

「――合い言葉、忘れないでっ」

「うん、もちろん!」

 尋人からは見えない、自室の壁掛け時計の針がまた一秒、時を刻む。

 カチ、カチ。

 時計の秒針が進む。

 なんとなく、その終わりを二人は感じ取った。

「イコ、僕はイコのことが――」

「尋人、イコは尋人が――」

 同時に名前を呼んだ。

「「――――」」

 同じ言葉を、二人が叫んだ。

 そしてその瞬間。パソコンの画面がブラックアウト。一秒後には回復し、そして、アリスのメンテナンスが始まった。

 弾き出されたのだと理解した。

 最後の言葉は、イコに届いただろうか。

「いいさ、関係ない」

 そう、関係ない。

 最後の言葉がイコに届いていなくても、気持ちは間違いなく届いている。通じている。

 ならば、尋人のやることは一つだけだ。

 世界を超える。

 そして、今度こそイコに会う。

 そのことだけを胸に秘め、尋人はペンを握りしめた。


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