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「――必ず、世界を超える方法を見つけてみせる!」
涙を拭って力強く尋人は宣言した。
しかしそれがどれほど大変で、無謀なことなのかくらい、イコにも十分すぎるほどわかっている。
前例なんてないだろう。自分だけで一から全てをやらなくてはいけない。どれだけの時間がかかるのかもわからない。もしかしたら、方法を見つける途中で、志半ばで倒れてしまうかもしれない。それくらいのことなのだ。
「こんなこと、イコと出会うまでは思いもしなかった。なにかを明確な目標をもって、それを目指すなんて考えたこともなかった。誰かと争ってまでそんなことをするのはくだらないと思ってた」
でも、と尋人は言った。
その瞳は流した涙で濡れている。しかしその奥にはちゃんと強い光が宿っていた。今まで見たことがない目の光。
それはたぶん、希望の光だろうと思った。
「イコがいたから変われた。今の僕は、イコがいたから生まれたんだ。僕はたぶん、イコがいないともうだめなんだ。イコがいないと、嫌なんだ」
その言葉の一つ一つが嬉しくて、胸を突いて、止めどなく涙は溢れて。そして自分の中にある尋人への気持ちがもっともっと強くなっていくのがわかって。
離れたくないと、これで終わりなんて嫌だと、そう思うようになって。尋人とのこれからを、望んで。
「できるかどうかはわからない。確証なんて僕にもない。だから、待っていてとは言えない。でも僕が必ず、会いに行く」
そう宣言する尋人の顔には悲壮感なんてまるでなくて、本当に二人が出会えると決めている顔で、強い決意の色がはっきりと浮かんでいた。
会いに行くと言ってくれた。必ず会いに行くと、言ってくれた。
好きな人がそう言うのだ。必ず、と言うのだ。なら、信じなくてどうする。
「……そこはさ、尋人。男なら『必ず行くから待ってろ』って言ってよっ」
だから、泣くのはもうやめよう。涙を流すのは、再会したときにしよう。悲しみの涙なんて、いらないんだ。
「待ってるよ。ずっと待ってる。今度はちゃんと二人で海に行こうね。凄い水着買っておくからさっ」
涙を拭って、笑顔を作って、希望があるのだと信じて、そう口にした。
「うん、楽しみにしてる」
そうなると、もう二人の間に暗く悲しい話はいらなかった。
絶対に直接会うことができる。そう信じ、そう仮定したうえで話をする。希望に満ちた話をする。
「じゃあさ、合い言葉を決めようっ」
「合い言葉?」
「ほら、パラレルワールドっていくつもの可能性の世界で、たくさんあるんでしょ? 尋人が世界の壁を越える方法を見つけて世界を超えても、その世界にいるイコがイコかどうかはわからない。だから、イコと尋人にだけわかる合い言葉」
顔を合わせたら、まずそれを訊くのだ。二人しか知らない合い言葉だから、それを答えられた尋人は目の前の尋人ということになる。
世界はきっとたくさんある。その世界にも尋人はいて、世界の数だけ尋人がいるかもしれない。でもイコの求めている尋人は一人だけ。他の尋人は姿形が同じだけで求めている尋人じゃない。外見が同じだけの尋人など、意味はないのだ。
「合い言葉……。そうだね、でもなにか案あるの?」
「ふっふっふ。もちろんっ。これしかないってのがねっ」
合い言葉と自分で口にして、真っ先に浮かんだのはそれだった。
それは二人にとって特別で、そしてぴったりの奇跡の合い言葉だ。
「それは?」
尋人の問いに、イコは少しもったいぶってから答える。
「合い言葉は――『15101610』だよっ」
「あ、部屋の……」
そう、合い言葉は、部屋のパスワード。
この部屋がパラレルワールドと繋がった原因の一つが、同じパスワードを同時入力したことならば、これは二人の出会いのきっかけになった番号だ。
「うん。この部屋が、イコたちを出会わせてくれたから」
だからこの番号は、再会する二人にとって特別なものだと思った。運命の番号なのだ。
「なるほど。そうだね。これしかないっ」
「でしょ?」
合い言葉は、決まった。
それは希望で、運命で、再会の約束の言葉だ。
イコは、そしてもちろん尋人も。この合い言葉を忘れないように、深く深く心の中に刻みつけた。




