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どうしたら会えますか?  作者: 花崎有麻
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1-1

 窓から入り込む夏の日差しが尋人の肌を焼いていた。なにもしなくても汗が滲む。尋人は夏の暑さに気だるさを覚えながら通学カバンを手に立ち上がった。

 放課後のホームルームが終わった直後。担任が教室を出ると同時にクラスメイトも動き出す。

 ある者はその場に残り、ある者は図書室へ、ある者は塾へ。行く場所は違えど、やることは皆同じだ。

 なにがそんなに楽しいのか。自分の机で教科書を広げるクラスメイトを見ながら尋人はカバンを肩にかけた。教室には残らない。図書室にも行かない。塾にも行かない。そんなのは、時間の浪費にしか思えなかった。

 尋人はスマホを取り出した。いつだったか、確か春頃だったと思う。アリスというSNSのテスターに応募した。そして五月になり、アリスなんて存在を忘れたころに当選の連絡がきた。そして同時にあの文言を思い出したのだ。

 暇だったし、やることもやりたいことも別になかった。せっかくだからと、アリスにアクセスすることにしたのだ。それから毎日、やることがなくてもアリスにログインしている。違う可能性の世界。それを探すのが日課になっていた。

「帰るのか?」

 声がして振り向くと、古山が同じように通学カバンを片手に立ち上がっていた。

「その様子じゃ、帰っても勉強なんてしなさそうだ」

「・・・・・・古山は?」

「俺はこれから塾」

 古山慎は尋人の唯一と言ってもいい友達だった。争いばかりのこの場所で、ただ一人そんなことを感じさせないのが彼だった。

 かといって古山が勉強に手を抜いているとか、尋人と同じ考え方をしているというわけじゃない。古山は古山で勉強していて、だけど周りとは生き方が違っている。だからそのおかげで古山と友人になれた。

 二人は揃って歩き出し教室を出た。尋人の手にはスマホが握られている。

「またアリス?」

「うん」

「なんかそれ、人気らしいじゃん。世界中でテスターの応募が凄かったって。日本でも百人くらいしか当選者いなかったらしい」

「へぇ、そうなんだ。よく知ってるね」

「俺もずっと机に向かってるわけじゃねぇよ。息抜きに他のこともするしな。それに妹もそれ応募したらしくて。落選してたけど。お前のこと話したらすげー羨ましがってた」

 それを聞くと古山妹に悪い気がした。そんなにやりたがっているのに、アリスの存在をそもそも忘れていた自分が当選してしまうとは。

「星稜じゃやってるやつはいないだろうな。なんていっても県下随一の進学校。遊ぶ暇があるなら勉強だから」

 星稜とは尋人たちが通う高校の名前だ。そして星稜といえば古山の言うとおりの進学校。古山は県下随一などと言っていたが、日本でもかなり有名な学校だ。

「そうだね。きっと僕だけだ」

 放課後の廊下を歩く生徒は少ない。いたとしても、尋人のようにスマホを片手にしている生徒なんていない。教科書と筆記用具を持っているか、古山のように塾へ急いでいる生徒だけだ。

「楽しいか、それ?」

「うーん、まあまあ?」

 自分で言ってなんだそれと思う。

 でも仕方がない。確かにあの文言には惹かれた。でも未だ、それが現実にはなっていない。新しい可能性など、見えてはいない。

「ま、それならいいけどな。でもそれ、正式サービスが開始されたらデータがリセットされるんだろ? アリスの中で磨き上げたステータスも、稼いだ金も、買ったものも。テストだから仕方ないかもしれないけど、消えるデータに俺はそこまでのめり込めない」

 別にのめり込んでいるわけじゃない。ただ他にやることがないだけだ。でも毎日スマホを見てアリスにアクセスしていれば、他人からはそう見えているのだろう。

「でもあれだな、毎日暇だとかいって、そうやってネットやって、それでいて成績はトップレベルなんて羨ましいな。いや、マジで。ホント」

 言いながら古山は尋人の肩を掴んでぐらぐらと揺する。これが他のクラスメイトとかなら盛大な舌打ちをされておしまいだったに違いない。

「前回の全国模試は?」

「・・・・・・十四位」

「ねぇ、殴っていい?」

「いいわけあるか」

「これだから生まれつきの天才は!」

 などと言いながらも古山の顔は笑っている。

 できればこういう会話を勉強とは無縁のところでしたかった。もっと普通の友達同士みたいなバカな会話でしたかった。

 古山と過ごす放課後は短い。教室から校門までだ。尋人は校門を出たら真っ直ぐ家に帰る。でも古山は校門を出たら塾へ向かう。方向は逆だった。

「じゃあな」

「ああ」

 いつものように挨拶して別れる。

 他に友達の一人でもいればこの後どこかに遊びに行ったかもしれない。でも唯一の友達は争いのための準備に向かい、その争いからドロップアウトした尋人は家に帰る。一言も喋らず、ただ作業のように家まで帰った。

 部屋に戻ると制服から部屋着に着替えて机に座る。スマホでのログインの代わりにパソコンを立ち上げてヘッドセットをつけた。

 アバターは冴えない顔で尋人を見る。本当はもっといろいろ変えられるのだが、尋人はアバターに手を加えてはいない。

 将来的にはアリスの中で働けて、お金も稼げて、アバターを着飾ったり家を買ったり、旅行に行ったりできるらしい。

そしてなんと、VRにも対応しているらしい。残念ながら尋人はVRを体験できるヘッドマウントディスプレイを持っていないため、そんな最新技術の恩恵は受けられないが、まるで現実にいるかのような感覚にもなるとか。

今はテストで機能の一部が制限されているが、やろうと思えばできる。自分の分身をもっと今の自分とは違うように彩ることができる。

 でも尋人がそれをしない。それはたぶん、アリスの中でも楽しいと思えることが見つからないからだ。違う可能性を求めているが、今のところそれはなにもないから、だからアリスという世界にも、そこに住む自分の分身にも愛着があまりない。

(もう、やめようかな)

 変化がないならここにいる意味がない。変化を求めて暇さえあればログインしてきたがなにもないならそれはただの徒労に過ぎない。

 自分のデータを見るとアリス内で使える金がそれなりの額が貯まっていた。アリスを初めてから働いて貯めた金で、一円も使っていない。

「・・・・・・最後に、盛大に使い切るかなぁ」

 正式にサービスが開始されれば、もっと現実とリンクしたものになるらしい。アリス内で金を稼いで、それが現実にも反映されるとか。でもベータテスト中の今、使っても現実の金が減ることはない。

 そしてアリスはあくまでもテスト中。テスターにいろいろ動いてもらって正式稼働を目指している。だから物価はありえないくらいに安く、金を稼ぐのも容易だ。テスターに金を回させるような仕組みになっている。

「買うなら、家かな」

 盛大にでかい買い物をする。そう思って真っ先に浮かんだのが家だった。テスト中だからこそこんなにすぐに買えるのだ。

 尋人はさっそく不動産屋を訪ねて物件を見る。しかし、一軒家は予想以上に高かった。もう少し頑張って金を貯めれば買えるが、そこまでして家を買いたいとは思わない。

 と、そこで目に入ったのはマンションの物件だ。何気なく情報を見てみると、眺め最高の高層マンションなどと書かれている。ネットで眺めが最高と言われてもピンと来ないが、これもVRなどの最新技術を駆使すれば満喫できるのかもしれないし、高級という言葉には少し惹かれた。

「これなら買える・・・・・・」

 家一軒をまるごと買うよりは、マンションの一室を買ったほうが全然安かった。

 盛大に金を使って高級マンションを買う。なんだか響きがいい。少しの優越感に浸りながら尋人は即決した。

 手続きを済ませ、部屋を購入すると、鍵代わりになるパスワードを設定するように言われた。桁は八桁だ。

(いきなり言われてもな)

 しばらく考える。しかしいいものは思いつかなくてけっきょく自分と両親の生年月日を並べただけのものにした。仲があまり良くなくても、家族の誕生日くらいは忘れない。

 パスを設定すると不動産屋を出てマンションへ向かった。といっても、別に現実のように車で向かうわけじゃない。アリス内は広くて狭い。三分もしないうちにマンションに到着する。

 尋人はエレベーターに乗って部屋へ向かう。途中誰とも会わなかったのは、まだ誰もこのマンションに住んでいないからかもしれない。

 そして誰ともすれ違うことなく、買った部屋に到着する。

「最高の眺め、か。あまり興味ないけど、せっかく買ったんだし見てみるか」

 なんてことを言いながら設定したパスワード『15101610』を入力した。

 ドアが開く。中に入る。

 目の前に、今までテレビの中でくらいしか見たことない部屋が広がっていた。デジタルとは思えない高級感に言葉を失う。ちょっと現実でヘッドマウントディスプレイを買ってきて、この内装と景色を最新技術で堪能したいと思ってしまった。


「うわーっ、すっごいっ!」


 そんな尋人の隣から、声がした。

 視線を変えて隣を見る。

するとそこには見知らぬアバターが立っていた。


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