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「うおああああああああっ」
ヘッドセットを外して、尋人はベッドの上で転がりながら悶えた。
いったい自分はなにを言っているのだ。そのままがいいとか、可愛いとか、勢いに任せて口にしてしまった。しかもその直後にイコは席を外してしまった。
イコは電話がきたと言っていた。でも電話の着信音は聞こえなかった。マナーモードのままだったのかもしれない。イコのヘッドセットのマイクが音を拾わなかっただけかもしれない。
でも尋人には、電話がきたというのが嘘に感じられた。本当は電話なんてきてなくて、尋人が変なことを言ったから仕切り直すためにイコが嘘をついたのではないかと思えた。
イコはどう思っただろうか。
怒ったか、気持ち悪いと思ったが、とても困っているか……。
どちらにしろ、勢い任せであんなことをいきなり言った自分が悪い。なんであんな恥ずかしいことを真顔で言ってしまったのだ。
でも口にしたということは、尋人は心の中でそう思っていたということだ。
確かにイコと知り合ってから毎日が楽しいと思えた。それはイコがイコだったからだ。無理に変わってしまって、今のイコが別人になってしまうのは寂しい。
素顔を知って、屈託のない笑顔を見ることができて、それを可愛いと思ったのも本当の気持ちだ。だからその笑顔を失ってほしくなかった。変わることでその笑顔が消えてしまうのなら、変わらなくていいと願った。
だから、口に出た。言葉が出た。
尋人が求めているイコはそういう少女だ。いつまでもその笑顔のままでいてほしいと思っている。
そんなイコのことを、尋人は――。
「……僕、は?」
唐突に、思う。
話していて楽しくて、笑顔が可愛らしくて、いつも気にかけていて、会いたいと思うようになって――。そんな感情を向ける彼女のことを、尋人はどう思っているのだろう。いや、どうしてそんな感情をイコに向けてしまうのだろう。
『――お前それは――恋だろ――』
古山の言葉が脳裏を過ぎった。
トクン、と心臓が鳴った。
(もしかして、本当に僕は――)
ベッドの上からパソコンの画面を覗いた。右上のワイプにまだ彼女の姿はない。彼女の笑顔が見えない。
とたん、寂しさを覚えた。
笑っているイコを見たい。いつでも気軽にイコと話をしたい。カメラ越しじゃない。本物のイコを自分の目で見たい。彼女に、触れたい――。
「ああ、たぶん、本当に僕は、イコのことが――」
それは尋人が自覚した瞬間だった。
今までは青春という時間の全てを勉強に捧げてきた。争いの準備に費やしてきた。だから恋なんて知らなかった。している暇もなかったし、したいと思う相手もいなかった。
だからイコと出会って芽生えたこの気持ちがわからなかった。古山に言われても確信が持てなかった。
でも今日、自分の感情のままに気持ちを伝えて、今目の前に彼女がいないことを寂しく感じて、すぐにでも会いたいと思うようになって、それはもう間違いないと、ようやく自覚した。
(これが、僕の初恋ってことなのかな)
胸が締め付けられる。
自覚した初恋は、思っていた以上に苦しいものだった。
「――イコ」
名前を口にすると思いが溢れた。そしてさらに会いたいという気持ちが強くなる。
本当なら今すぐ家を飛び出して会いに行きたい。でも尋人はイコの住所を知らない。会う術がない。
どうすればいい? どうすればイコに会える?
「――っ」
答えは簡単だった。初めからそれはそこにあった。イコがその答えを用意してくれいていた。
昼間にネットを漁っていたときの映像がチラチラと頭を過ぎった。
「お、おまたせっ」
そこへイコが帰ってきた。ワイプの中に待ち望んだ笑顔が見える。
尋人はすぐにベッドから起き上がり机に向かい、ヘッドセットをつけた。
「ご、ごめんね、尋人。友達から電話が――」
「ねぇ、イコ。僕、決まったんだ」
「ん?」
イコの言葉を遮ったのは、なにも言い訳を聞きたくなかったわけじゃない。ただ単純に気持ちを抑えきれなかっただけだ。
「ライブの埋め合わせ、どこかに連れて行ってくれるんだよね?」
「う、うん。もちろん。どこがいいっ?」
「僕は――海に行きたい。イコと、一緒に」




