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どうしたら会えますか?  作者: 花崎有麻
21/41

3-3

 イコはスマホを片手に部屋のドアを開けてベランダに出た。しかし本当は電話などかかってきてはいない。

 夏の夜風が肌を撫でた。その暑さとは別の熱がイコの全身を包んでいる。

(か、可愛いって、言われたっ)

 尋人の言葉が耳の奥に残っていた。

 今まで自分の直情的な性格は治さなくてはならないと思っていた。両親からも、学校の先生からもそう言われていたし、なにより、その考えなしで行動することが原因で十年前の水難事故も引き起こしてしまったのだ。

 一歩間違えばイコは死んでいた。助けに入った高倉という青年も、もしかしたら巻き込まれてしまったかもしれない。だから感情で動いてはいけない。もっとよく考えなくてはいけない。そう、自分の性格を否定していた。

 しかし、尋人は治さなくてはいけないと思っていたイコの性格を間違っていないと言った。そのままのイコとの時間が楽しくて大事だと言った。そんなイコのことを可愛いと評した。

 今まで否定していた自分の内面を認めてもらえて、そしてそれを可愛いとまで言ってもらえて、それが嬉しかった。

 その尋人の言葉になんと返事をしていいのか迷った。いや、迷ったというよりも、なにを言ったらいいのかわからなかった。身体の奥が熱くなって、なにも考えることができなくなって、画面越しとはいえ尋人の顔を見るのが恥ずかしくなった。

 だから思わず、電話がかかってきたなんて嘘を言って部屋を飛び出してしまった。

 いいのだろうか。自分はこのままで。

 ずっと治せと言われ、自分でも治そうとしてきた。

 でも尋人は、それがイコなのだと言った。自分を変えようとしているイコに笑顔はないと言った。笑えない生き方なら、変えない方が良いと。そう言った。

 じゃあ、それでいいのだろうか。

 変えなくても、いいのだろうか。

 今の自分のままで、いいのだろうか。

 イコは握りしめていたスマホを操作する。そして一番の友達の番号を呼び出した。

 数回のコールの後、彼女の声が電話口から聞こえた。

「かーちゃん、今大丈夫?」

『大丈夫だけど、どうしたの?』

「かーちゃんはさ、イコは変わったほうがいいと思う?」

『……どゆこと?』

「イコってさ、直感で行動することあるよね? それをね、今までは治したほうがいいかなーって思ってたの。もっと大人っぽくなったほうがいいのかなーって。でもさっきね、変わらなくてもいいって、今のままのイコのほうが……んと、――そのままがいいって言ってくれた人がいてね」

 可愛いと言われたことは黙っていた。なんだか自分で口にするのはとても恥ずかしかったのだ。

『んー、それって例の彼?』

 でもすぐにバレてしまうのは、鏡子が鋭いのかイコがわかりやすいのか。

 イコは言葉に詰まりながらも、誤魔化しても仕方がないと思い頷く。

『うん、でもまあ、そう言われたのなら、それでいいんじゃない?』

「そうなの?」

『人が変わるってのは、そんな簡単なことじゃないからね。それにイコの性格は生まれ持ってのものだから。無理矢理に変える必要はないと、あたしも思う』

「かーちゃん……」

『それに、大人っぽいイコは想像つかないかな。イコはいつも、運命だ、って言いながら直進していくのが似合ってるし』

「えー、それはなんかちょっとバカにしてない?」

『してないよ。あたしは、今のイコが好きだよ。猪突猛進なところも、危なっかしいところも、子供っぽいところもね』

 さすがに少しひどい言い草だと思った。

 しかし次の鏡子の言葉を聞いて、開きかけていた口が止まる。

『たぶん、その彼もね。イコのそういうところに惹かれてるんだと思うね』

「ひ、惹かれてるっ!?」

『そりゃそうでしょ。Loveかlikeかは置いておくとしても、少なからず好意を持ってなきゃそんなこと言わないでしょ。ていうか、言っちゃだめだと思う』

「そ、そうなのかな」

『だからそうだって。あたしもだけど、今のイコを好きな人もちゃんといるんだよ』

 鏡子の言葉に、また身体が熱を持った。

 でも鏡子の言うとおり、尋人がイコに好意を持っているのなら、直前の発言が嘘でも建前でもないと信じることができる。より嬉しいと思うことができる。

『それで、イコはどうなの?』

 熱を持った頭に鏡子の言葉が流れ込んでくる。

 言葉の意味は、いちいち確認しなくてもわかった。尋人の少なからずの好意に対して、イコは尋人をどう思っているのか、ということだ。

 尋人の顔、尋人の言葉。それらを思い出すと体温が上がった。恥ずかしいくらいに熱を持った。でもそれは風邪とかでうなされるような熱じゃない。その熱に身を委ねると、ふわふわと心地よかった。

 その熱の意味は、どういう意味なのだろう。

 鏡子の問いかけの答えが、その熱なのではないだろうか。

 スマホを握る手に力がこもる。なんだか、尋人と話をしたくなった。

「……かーちゃん、あの」

『うん、またね』

 さすがは親友。言いたいことは阿吽の呼吸で伝わってくれた。

 イコは「じゃあね、おやすみっ」と声をかけて通話を終了させる。そして振り返ってベランダから部屋に戻った。


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