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どうしたら会えますか?  作者: 花崎有麻
14/41

2-3

 ヨーエロとの勉強会のおかげで辛くも補習と追試を免れたイコは、夏休みを満喫しようとしていた。

 今日は昼過ぎから鏡子と待ち合わせをし、一緒に買い物をしてから二人がよく行くカフェでお茶をすることにした。テラス席が空いていたので二人はそこに腰を下ろして一息ついた。

「そういえばイコ、昨日のライブどうだった? 確か例の彼をお礼がてらライブに連れて行くって言ってなかった?」

 鏡子の言葉にカフェオレに伸ばしていた手が止まる。

「あー、実はイコ、行けなかったんだよ。急に用事が入っちゃって。あ、でも、バンドの魅力は伝えたし、行ってみてって言っておいた。あ、もちろん埋め合わせはするよ?」

 昨日は本当に悪いことをしたと思う。急用とはいえ、自分から誘っておいてドタキャンするなんてありえない。しかも一方的に話をしてログアウトしてしまった。よーく考えてみればあんな対応でヨーエロがライブに行くかどうか自信がない。

「ヨーエロ、ライブ行ったかな」

「いや、行かないでしょ」

「えっ、やっぱりそうかな……」

 もしも鏡子の言うとおりなら本当に悪いことをしてしまった。

「だって相手、同い年の男でしょ? だったら目的はライブじゃなくて誘ってきたイコでしょ」

 鏡子の言葉に一瞬面食らう。でもすぐに気を取り直して、

「えー、それはないと思うけどなー」

「いやいや、そうだって。高校生男子の思考なんてどれもこれも同じだよ。ほら、クラスの男子の会話を思い出せ」

 そう言われると鏡子の言葉には説得力がある。確かにクラスの男子たちの話は下心丸出しの会話が多い。女子としては実は結構引いていることもある。

「ほとんど毎日アリスで会ってるんでしょ? どうせイコ、出会ったのは運命だ、とか言ってるんじゃないの?」

 言葉に詰まった。

 言っているというか、すでに何回も連呼している。出会ったときも、勉強会のときも、補習と追試が免除になったときも。

(でも、本当にイコはそう思ったから)

 それはなにも根拠なんてないただの直感だ。でもイコはその直感に自信をもっている。運命だと感じるとき、確かに特別ななにかを感じるのだ。

「運命運命って言われれば、向こうも少なからずそういう気持ちになるって。『あ、こいつ俺のこと好きなんじゃねーの?』みたいな」

「そんなキャラじゃないと思うけどなー」

 一人称も話し方も違う。イコの印象として、ヨーエロは真面目な男子だと思う。少なくともクラスの男子のように下ネタを連呼したり、デリカシーに欠けていたり、下心のある視線を向けてくるようなタイプではないように思っていた。

 でも鏡子の言うこともわかる。女子が男子に興味あるように、男子は当然、女子に興味を持つものだ。表面にそれが出ていないだけで、ヨーエロにもそういう気持ちが少しはあったのかもしれない。

「二人で勉強して、ライブにも行く約束して、それはもう友達以上恋人未満って感じだけどさ、その気がないならあまり勘違いさせないほうがいいよ?」

「その気って。実際に会ったこともないのにそんな関係になんてならないよー。心配性だなー、かーちゃんは」

「そりゃ心配ですよ。イコはあたしんのだからなー」

「かーちゃんこそ、彼氏作らないの? 夏休みだよ?」

「そうだよねぇ、夏休みなんだよねぇ。高校二年の夏休み。来年は受験だから、きっと遊んでいられる最後の夏休み。でも彼氏なんていなーい」

 進路をどうするか、イコはまだ決めていない。自分の学力じゃ大学進学なんてできないかもしれない。でも口ぶりからするに鏡子は進学を希望しているようだ。そうなればイコが進学するしないに関係なく、来年はこうやって一緒に遊ぶことはできないだろう。

 そう思うと少し寂しかった。

「お互い、悲しい夏休みだねー」

「まったく。だから今年はいっぱい遊ぼう。来年の分までね」

「うんっ」

 鏡子の言葉に賛成する。先のことを考えてもどうせ良い案は浮かばない。そもそもイコは考えることが苦手だ。その場の直感に従って生きてきた。たぶんこれからもそうだろう。そしてそれが、イコにとっての運命なのだ。

 ぐだぐだ考えるのは性に合わない。そのときの自分の気持ちに正直になって生きればそれでいいはずだ。

「じゃあどこ行く?」

 そして今は、鏡子と遊びの計画を立てたかった。

「そうだなー。夏と言えば、やっぱり海でしょ」

 夏の海。それは夏の定番だ。たぶん誰もが一度は夏の海に憧れて、行ったことがあるに違いない。

 でも『海』という単語を聞いて、真夏のテラスにいるのにイコの身体には僅かに寒気が走った。足下をひんやりとしたなにかが這っているような、そんな感覚がする。

「えー、海かぁ……」

「あー、そういえば、イコだめだっけ? ごめん」

「ううん、別にいいんだけど」

「泳げないもんね、イコ。プールの授業もいつも見学だし。……水、やっぱり怖い?」

「うーん、そうだね。まだ、少し。あはは。もう十年も前のことなんだから、いい加減克服すればいいのにねっ」

 努めて明るく言ってカフェオレに口をつける。

「でも仕方ないんじゃない? あれって確か、大雨で川が増水して」

「うん。イコが悪いんだけどね。危ないのに近づいて、波に浚われて、それで溺れて」

 今でも鮮明に思い出すことができる。大量の川の水に呑まれ、世界が暗転し、上下左右もわからなくなって、手を伸ばしてもなにも掴めなくて、声を出そうと口を開けば容赦なく

水が入り込んできて息ができなかった。苦しくて苦しくて、意識はどんどん遠のいて、でも意識が途絶える瞬間、勇敢にも濁流に飛び込んだ人に助けられた。

 あのとき、もしもあの人がいなかったら……そう思うと今でも身体が竦む。助かったのは本当に奇跡的なことだったのだ。

 いや、きっとそれが運命だったのだ。

 それからだ。イコが運命を信じるようになったのは。

「そういえば知ってる? その人、高倉グループの社長さんなんだよ?」

「高倉? って、もうすぐオープンする大型ショッピングモールの?」

「そうそう。まだ三十代なのに会社を経営する若手社長さん。その人がまだ会社を興す前にイコのことを助けてくれたの」

「へぇ。ていうかその社長さん、この街の出身だったのんだ」

 自分を助けてくれた、当時二十代の青年がその高倉の社長だと知ったときはイコも驚いた。最初はテレビに映ってインタビューを受けている男性の顔に見覚えがある程度だったが、そのインタビューの内容で十年前のことに触れていたのだ。

 危険を顧みず川に飛び込み少女を救った英雄――そんな風に紹介されていた。それでイコはその社長がかつて自分を救ってくれたあの人だと気づいたのだ。

「意外な繋がりでしょ?」

「確かに。……もしかして、その社長と禁断のロマンスが?」

 鏡子の言葉にイコは笑う。危うく口の中のカフェオレを吹き出すところだった。

「ないよー。会ったのはそのときが最後だもん」

「なーんだ。逆玉かと思ったのに」

 そう言って二人で笑った。

 結局、その日は夏休みをどう過ごすのかが決まらなかった。

 鏡子と去年のように過ごすのももちろん悪くない。でもなにか特別な経験をしたいというのも本音だった。

 特別ななにか。それを心の底では期待していた。



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