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どうしたら会えますか?  作者: 花崎有麻
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プロローグ1

 日常がつまらないと、境野尋人は思っていた。

 初めてそう思ったのは、確か中学生のころだったと思う。友達らしい友達なんていなかったし、作ろうと思って行動しても友達なんてできなかった。

 それは家でも同じだった。両親は共働きであまり家にいない。父親にいたっては顔を見るのも月に数回程度。母親だって週の半分顔を合わせればいいほうだった。だから長期連休にどこかへ遊びに行った記憶もない。楽しかった家族との思い出なんて何一つなかった。

 だから尋人は学校に楽しさを求めていたが、学校は学校で友達はできず、誰かと遊ぶこともなく、ただただ日々は過ぎるばかりで面白みに欠けていた。

 そんな尋人が唯一やっていたのが勉強だ。両親の教育方針とそれは重なり、尋人は家では常に机に向かっていた。しかしそんな生活も、歳を重ねるにつれて本当につまらないと思うようになった。

 だって他の学校の同世代の子供はみんな楽しそうに見えたのだ。朝の登校時も、帰りの下校時も、休日の過ごし方も、全て。そんな彼らの生活と自分の生活を比較して、尋人は絶望にも近い気持ちを味わった。

 自分の人生はこんなにもつまらない。もっと心躍るような日常を送りたい。そんなことを尋人はいつも思っている。

 しかし思うだけでは日常は変わらない。ただ過ごしている日々は、本当に無為に過ぎていく。

「境野」

 高校二年の二度目の春。外ではきれいな桜が咲き誇っているというのに、尋人の周りからはそんな空気は感じられない。

「・・・・・・はい」

 気の抜けた返事をして尋人は立ち上がると、教壇の前でこちらを見ている担任の前まで歩く。クラスの視線を背中に感じた。尋人はそれを小さなため息ひとつで無視して担任の前へ。

「さすがだな、境野」

 そう言うと担任は一枚の紙切れを尋人に渡す。

「どうも」

 それをまたも気のない返事で受け取り席へ戻る。その途中、席が前にあるクラスメイトと目が合った。彼は尋人と目が合うと視線を逸らし、小さく「ちっ」と舌打ちをした。ああ、これもいつものことだ。

 尋人は席に座ると渡された紙切れを乱暴に通学カバンにねじ込む。そして頬杖をついて後ろの席からクラス全体を見渡した。

 尋人の前後にも同じように担任は紙切れを渡す。それを受け取ったクラスメイトはそれぞれ一喜一憂して席に戻っていく。

「どうだった、境野」

 そんなクラスメイトの様子を見ていると、尋人の前の席に座る古山慎が振り向いて声をかけてきた。

「古山。・・・・・・いつも通りだよ」

「ということは満点か。本当にさすがだな、境野。ほら見ろ、また一人、お前のことを睨んでる」

 古山に言われて目を向ける。すると今し方担任から紙切れ――小テストの答案を受け取ったクラスメイトが尋人を睨んでいた。

 担任が「さすが」と言った時点でクラスに尋人の点数は伝わっている。それと自分の点数を比較して、満点の尋人のことを憎々しげに見ているのだ。

「古山は?」

「俺は一問間違えた。ま、本番までには満点とるさ」

 と、古山はとても爽やかな笑顔を向けて前を向いた。

 古山が前を向いて尋人の視線はクラス全体へと戻る。すると直後、今度は女子生徒と目が合った。だが、女子と目が合ったからといって胸がドキドキするようなイベントは起こらない。案の定、尋人はその女子にも睨まれる。

(はぁ)

 心の声にすらため息が混じる。

 この世界は、少なくとも尋人のいる世界は争いばかりだ。それは戦争とか、暴力とか、そういう野蛮なことではなく、小テストの点数による学力の争いだ。

 尋人の日常は、その争いの中にあった。

 そして、このクラスメイトたちも。

 勉強して勉強して、遊ぶ時間も寝る時間も、友達や恋も犠牲にして勉強漬けになって学力を上げる。いったいそれのなにが楽しいだろうか。

 良い点がとれたら嬉しい。悪い点だったら次頑張ろう。それでいいじゃないかと思う。だが尋人の世界はそうじゃない。たった一点でも他人より劣ってはいけないのだ。一点でも高い点をとることが最高のステータスなのだ。勉強以外のほぼ全てを、青春と呼ばれるその全てを犠牲にして、彼らはそのステータスを伸ばしている。

 安定した将来、高級な職種、身につく高度な知識。それらはあったらあったに超したことはない。でもそれを得るためにいったい何時間、何十時間、何百時間、何千時間、それ以上のものを犠牲にするのだろう。その時間があれば、もっと楽しいと思える人生を歩めるのではないか。勉強するだけでは身につかないもっと特別なもの、特別な知識、特別な経験があるのではないだろうか。

 尋人は、それがほしい。

 だから、尋人にとって多くの時間を犠牲にしての勉強と、その先にあるものはほとんど意味なんてなかった。

 だからテストの返却を終えた担任が進学とか就職とか、そういう将来の話をしていてもまったく興味がわかなかった。担任の話す未来の中に、尋人の求めるものはきっとない。

 尋人はスマホを取り出すと担任の話を完全に無視してネットに潜る。

 そうやって退屈を紛らわすために時間を潰していると、少しだけ興味を惹く記事を見つけた。そこにはこう書いてある。

『新しい世界、今とは違う可能性に満ちた世界』

 それは現在開発中の巨大SNSのベータテスターの募集らしかった。

(今とは違う、可能性の世界・・・・・・)

 指は自然と動いていた。

 ずっと望んでいたのだ。今とは違う世界を見たいと。

 そのSNSの名前は『アリス』と言った。尋人は、アリスのテスターに応募することにした。


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