フローラの秘密
シンヤとフローラが来たのは、昼にみんなでピクニックをした街はずれの高台だ。
あのまま街中にいると、トワたちにまた見つかる可能性が。なので買い物している彼女たちが来ないであろうこの場所に、ゆっくり談笑しながらフローラを案内したのであった。
高台の方は人がおらず、とても静か。すでに日が沈み始めており、海面はキラキラとオレンジ色の光を反射している。街の建物もあちこち夕日の色に染まり、昼とはまた違う絶景が広がっていたという。
「わー! きれい! 世界が黄昏色に染まったみたいで、すごく幻想的に見えるわね!」
フローラはあまりの景色に目を奪われている様子。
「ははは、アルスタリアに住む子の、一押しの絶景スポットなんだ。どうだ? 気に入ってくれたか?」
「うん、すごく! デートの締めくくりといったら、やっぱりロマンチックな場所よね! くす、シンヤくん、もしかしてこういうの手慣れているのかしら?」
フローラはよほどお気に召してくれたのか、子供のようにはしゃいでいた。そしていたずらっぽい視線を向けながら、たずねてくる。
「そんなことないぞ。これまでそういったこととは、あまり縁がなかったからな。今回だってただ純粋に、フローラにこの景色を見せてあげたかっただけだし」
「そうなの? 旅の仲間はかわいい子がいっぱいだし、女の子の扱いもうまいからてっきり頻繁にしてるのかと思ったわ」
「おいおい、フローラの中で、オレのイメージはどうなってるんだ?」
「くす、言ってあげましょうか? これまで私がされてきたことをふまえると」
彼女はほおに指をポンポン当てながら、楽しそうに考え出す。
「いや、いい。絶対いいイメージじゃないのはわかった」
「そう? じゃあ、シンヤくんの名誉のため、だまっといてあげるわね!」
「――ははは……、助かるよ」
意味ありげにウィンクしてくるフローラに、頭をかきながら感謝を。
これまで彼女には水浴び中に乱入してしまった件や、さっきの地下水道の件でいろいろやらかしてしまっているのだ。そのことで変なイメージがついているのはもはや間違いない。彼女の口からそのことを聞いたら精神的ダメージがやばそうなので、ここは秘めていてもらうことに。
「ふふふ、それにしてもシンヤくんと一緒にいると、これまで経験したことのないドキドキなことばかりですごく新鮮だわ! キミって本当に不思議な男の子よね。こんなにも私の素をさらけ出せる人なんて、そうそういないのよ!」
フローラはシンヤの顔を下からのぞきこみながら、心底うれしそうにほほえむ。
「それは光栄な話だな。とはいってもオレは普通に接してるだけなんだが」
「それが一番うれしいの! おかげでこんなステキな時間を過ごせているんだから!」
「ははは、そっか」
「――でもそろそろこの夢のような楽しい時間も、終わりにしないとね……」
しかしフローラは突如静かに瞳を閉じ、感慨に浸りだす。
「実はシンヤくんには私のことについて、まだ言ってないことがあるの。本当はもっと早くにいうべきだったんだけど、キミがあまりにフランクに接してくれるのがうれしくて、ついつい先延ばしにしちゃってたのよね。もし教えたら今まで通りに接してくれなくなるかもって……」
そして彼女はシンヤをまっすぐに見つめ、なにかを打ち明けようと。
「うん? フローラにどんな秘密があったとしても、とくに変わらないと思うぞ」
「――ふふふ……、私もそう思うけど、かなり特殊だから。それで特別扱いされて、私たちの関係がぎこちないものになったらなんかさみしいなって……。本音をいうとちょっとこわかったのよね……」
フローラは目をふせどこかかなしげに笑う。
だから先ほどトワたちに見つかりそうになったとき、すごく名残惜しそうだったのだろう。シンヤがその秘密を知ったあとだと、さっきのようなデートはこれっきりになってしまうかもしれないと思って。
「――フローラ……」
「でももうすぐわかることだし、いい思い出もできたから。伝えるならタイミング的にも今だと思う。聞いてくれるかしら?」
「もちろんだ。聞かせてくれ」
「実は私は……」
フローラは胸に手を当て、意を決しながらなにかを伝えようと。よほど彼女にとって重要なことのようだ。
なのでシンヤも固唾を呑んで見守ることに。
しかしそんな緊張感ただよう空気の中、突然知っている声が割り込んできた。
「シンヤ、ここにいたか、探したぞ」
「ゼノ? どうしたんだ?」
声をかけてきたのは、ミリーとコンビを組んでいる冒険者のゼノである。
少し息を切らしている様子から、走ってここまできたのだろう。どうやら急ぎの要件みたいだ。
「レティシア先輩に、シンヤを早急に呼んできてくれと頼まれた。なんでもユーリアナ王国がらみで、一大事らしい」
「一大事だって?」
「早く冒険者ギルドの方へ戻ってきてほしいそうだ」
「わかった。――あ、でもその前にフローラの話を」
早く戻らなければならないが、まずはフローラの話が先だろう。
「うーん、ちょっとそういう空気じゃなくなったかも……。――それに……、――くす、シンヤくん、私も冒険者ギルドへ一緒にいっていいかしら。実は用事があるのよね」
フローラは困った表情で肩をすくめる。それから少し思考をめぐらせたあと、なぜかいたずらっぽく笑いながらたずねてきた。
「一緒に行くのはいいが、話はいいのか?」
「ええ、こっちのほうがなんかおもしろくなりそうだから! 行きましょう!」
「――あ、ああ」
フローラにうながされつつも、三人で冒険者ギルドへと向かう。
冒険者ギルド本部へと戻ると、レティシアやサクリ、ミリー、さらにはリアも忙しそうに掃除をしたり、飾り付けをしたりしていた。
「なんか慌ただしいな」
「あっ、シンヤ、やっと戻ってきた」
そこでトワがシンヤに気づき、話しかけてくる。
「トワとイオはなにしてるんだ?」
みんなが忙しそうにしている中、トワとイオはすみっこの方でおとなしくしていたという。
「わたしとイオちゃんは……、あはは……、手伝おうとしたけど足を引っ張っちゃって、おとなしくしといてほしいって」
「だってさー」
「なるほど、戦力外通知をもらったわけか」
まだ小さい子供であるリアでさえお手伝いをできているのに、この二人ときたら。少し呆れてしまう。
「トワちゃん、久しぶりね!」
「え!? フローラさん!? どうしてここに!?」
まさかの人物の登場に、心底びっくりするトワ。
「シンヤ、やっと戻ってきたのね!」
そうこうしているとシンヤが戻ってきたことに気づき、レティシアがかけ寄ってくる。
「レティシア、どうしたんだ? このさわぎは?」
「とにかく一大事なのよ! 邪神の眷属攻略の件で、ユーリアナ王国から協力者が来てくれるらしいの!」
「うん? それそんなに慌てることか?」
「聞いて驚かないでよ! その人、ユーリアナの王族の方らしくて。しかももうアルスタリアに着いてるころあいだって!」
「おいおい、王族だって? マジかよ!?」
どおりでみんなが慌てているわけだ。王族となると失礼のないように、それそうおうの歓迎をしなければ。だから掃除してきれいにしつつ、飾り付けやおもてなしの準備をしているのだろう。
もしかするとフローラがアルスタリアにいるのも、その王族の人の護衛とかなのかもしれない。
「マジのマジよ! だから今そうじして、歓迎の準備をみんなでしてるところなの! わかったらシンヤも手伝って! あれ? その女の子は?」
「彼女はフローラだ。ちょうど冒険者ギルドに用事があったらしくて、一緒に来たんだよ」
「フローラ? あれ? どこかで聞いたことあるような」
レティシアはなにか心当たりがあるのか、首をひねる。
そこへシンヤたちの会話が耳に入ったのか、サクリがこちらへとんできた。
「フローラって、あのフローラ王女!? もしかしてもういらっしゃったの!?」
「「フローラ王女?」」
シンヤとトワは王女という言葉に首をかしげる。
話の流れからして、ユーリアナ王国の王女ということ。そこまでは理解できるのだが、なぜフローラにその名称が付けられているのだろうか。
「くす、そうなの。二人にはまだ言ってなかったんだけど実は私、ユーリアナ王国の王女なのよ」
「「え、ええーーー!?」」
そしてニコニコほほえみながら、まさかのカミングアウトをしてくるフローラ。
その事実に驚愕するシンヤとトワの声が、冒険者ギルド内に響き渡るのであった。




