アマネのピンチ
ここはアマネ商会の最上階の代表の部屋。中はあちこち金ぴかの家具、絵画や陶器などの芸術品が飾られている。人からすれば少し悪趣味と感じるかもしれないほどの、豪華絢爛な部屋であった。
そしてまるで王座のようなイスに足を組みながら座り、書状に目を通すアマネ商会代表のアマネの姿が。
「姫さまはアマネさんのことを、高く評価している。だからその書状に書いているように、ワタシたちに力を貸してほしいの」
来客であるクラウディアと名乗る女性が、不敵な笑みを浮かべ告げてくる。
「――はぁ……、力を貸してほしいですか。とはいえこの書状を見るに、かなり一方的感が否めませんね。それに同盟などではなく、配下になれとはまた強くでてきたものですよ。えっと、そちらのお姫様は、邪神に力を授けられた転生者でしたか。ああ、それはなんと恐ろしい方なのでしょうか」
アマネは肩をすくめ、芝居がかったよう大げさに畏怖を。
邪神に力を与えられたというと、邪神の眷属と同じ存在にほかならない。普通の人からしたら、これほど恐怖を覚える言葉はそうないだろう。
だがアマネは違った。
「ですがなにを隠そう私も同じ、邪神によって力を与えられた転生者! まだこの世界に来て二,三年ぐらいしかたってない新米風情が、十数年勢力を拡大し計画を進めているこの私に対し、少々なまいきではありませんか?」
イスから立ち上がり、胸にバッと手を当て声高らかに宣言する。闇のオーラの重圧を発しながら。
そう、アマネもまた邪神に転生させられた人間。いわばその姫様や邪神の眷属と同格の存在なのだ。
(キマった!)
心の中でガッツポーズする。
今のアマネは自分でも惚れ惚れするほどの、かっこいい強者感を出せているはず。これは相手にそうとうプレッシャーを浴びせられたに違いない。
「やはりそううまくことは運ばないみたいね。まあ、今回は書状を届けに来ただけ。返事はまた今度ということで、考えておいて。では、失礼」
クラウディアは優雅に踵を返し、去っていった。
「――はぁ……」
彼女が去ったのを確認し、アマネはイスに深く座り大きくため息をつく。
そして鏡に映った自身の姿を見る。そこにはこの世界に来る前と同じ17才の少女の姿が。栗色の長い髪。整った顔立ちに愛くるしさまでもあわせもつ、まさに美少女である。
「ああ、いつ見てもなんて惚れ惚れする美少女さでしょうか。身体の成長を止めることに成功し、元の世界の知識とスキルで事業をここまで拡大させました。美貌と財力どちらも持つ、まさに順風満帆な異世界ライフだったというのに!」
ほおに手を当てうっとりしながら、自身のこれまでの経歴に酔いしれる。
「まさか邪神の眷属が復活し、別の邪神の転生者がなにやらとんでもないことをしでかそうとしているなんて。私は邪神の思惑とか、そういった魔王じみたことはまったく興味ありません。ただ異世界ライフを満喫したいだけなんですが……」
しかし現実を思い返し、どんより気分に。
アマネは確かにこの世界を滅ぼすよう、邪神によって転生させられた。だが実際のところ勝手に転生させられ、役目を押し付けられた被害者といっていいのだ。ゆえにいうことを聞く義理などなく、これまでもこれからも自分の好きなように生きようと決めているのである。
「ほかの邪神の転生者と組めば、この商会のイメージは最悪になり事業が破綻する恐れが!? いえ、そもそも彼女たちの好きにさせたら、世界がめちゃくちゃになって商売どころの話ではなくなりませんか!? 私が苦労して手に入れた輝ける日々が、台無しにされてはたまったものじゃありません! なので協力は論外。ですが一人ではさすがに心もとない。ただでさえ私は荒事が苦手なんですから。なにかいい手は……」
自身の置かれた立場に、頭を抱える。
保身のため邪神側と組めば、これまでの苦労がすべて水の泡になる未来しかないだろう。それだけはなんとしてでも避けなければならない。となれば対立する流れになるのだが、問題はアマネがそこまで強くないということだ。さすがに冒険者たちよりは上だが、邪神の眷属みたいな世界を滅ぼせるほどの力は持ち合わせていない。戦うことになったら、あまりに分が悪すぎた。
「そうですよ! つい先日アルスタリアを守ってくれた勇者がいましたね!」
しかしそこへふと光明が差す。
彼女たちと敵対するにあたり、あまりに頼もしすぎる存在がいることを思い出したのだ。
「トワでしたっけ。ふふん、これは使えるかもしれませんねー♪」
そして思考をめぐらせながら、にやりと笑みを漏らすアマネなのであった。
2章 交易都市アルスタリア 完
次の3章に入る前に、準備期間をとらせてもらいます。
7月ぐらいから投稿していくつもりです。




