旅への誘い
シンヤたちが逃げてきたのは、森の中の少し開けた場所。ここはゆるやかな傾斜になっていて、地面は芝生が生い茂り、花もところどころに咲いている。見上げれば太陽の輝きと、澄み切った青空が。周辺に魔物などの姿は見当たらず、のどかな景色が広がっていた。もはや日向ぼっこしたり、ピクニックするにはうってつけの場所といっていい。
「はぁ……、はぁ……、ここまで来ればひとまず大丈夫か。フローラ、立てるか?」
ある程度距離をとれたので一息つきながらも、お姫様抱っこをしてあげているフローラへとたずねる。
「――うぅ……、ごめんなさい。まだ動けそうにないかも……」
フローラは額を押さえ、ぐったりしながら答えた。
「わかった、とりあえず、ここにおろすぞ」
「お願いするわね」
彼女を芝生の上へと下ろし、とりあえず座らせてあげる。
「――その……、腕大丈夫かしら? 重たくなかった?」
「ははは、女の子一人ぐらい抱えて走るぐらい、どうってことないさ。それより逃げるので必死で、フローラのことあまり考慮できなかったけど、揺れとか大丈夫だったか」
チラチラと心配そうに聞いてくるフローラへ、やさしく笑いかけた。
ここまで彼女をお姫様抱っこし走れたのも、すべては用意してもらった身体のおかげ。前世のシンヤだったらすぐにバテていたはずなので、女神には感謝するしかない。
「ええ、あんなふうにお姫様だっこされるなんて初めてだったから、胸がドキドキしちゃってたぐらい。ふふふ、なんだかとても貴重な体験をさせてもらっちゃった!」
ぎゅっと胸を両手で押さえ、はにかんだ笑みを浮かべるフローラ。
「ははは、お気に召してくれてなによりだよ」
さすがに疲れたため、彼女の隣へ腰を下ろす。それからぼんやりと青空を見上げた。
「――は、はは、はははは」
ふとおかしくてたまらなくなり、思わず笑みがこぼれてくる。
(ああ、オレ、今最高に生きてるって感じがする……)
ウルフから全力で逃げて、滝の上からダイブ。そして美少女にビンタされそうになり、最後には強大な敵に殺されそうになるという、普通ならさんざんな目にあっている事態。しかし今のシンヤの心には、新鮮さと爽快感が満ちていたのだ。今の自分は本気で生きていると。死ぬ前の生では得られなかった、なにかがここにあったのだ。
「どうしたのかしら?」
「いや、ほんと生きがいがある、すばらしい日々だなって思ってさ」
「え? シンヤくん、ウルフに追われたり、殺されかけたりひどいことばっかだったんじゃ……」
「ははは、心躍る冒険には刺激がつきものだろう」
「――あはは……、命の危機を笑って済ませられるのね……」
得意げに本音を告げるも、フローラにじゃっかん引き気味の反応をされてしまう。
「なんたってこれまで肩苦しい、言ってしまえばわりとつまらない人生を送ってきたからな。だからその分非日常というか、刺激がある自由な生にすごくあこがれていたんだよ。そして今、その夢見た日々が目の前に広がっている。これが胸はずまずにいられるかって話だ! この世界、サイコーってな! ははは!」
感慨に浸りながらも、心からはしゃぐシンヤ。そしてどこまでも広がる青空へと腕を伸ばし、手をぐっとにぎった。
「ふふふ、シンヤくんて不思議な人ね。そんなに目を輝かせて、なんだか子供みたい」
フローラは口元に手を当て、さぞほほえましそうに笑う。
「ははは、だってまだまだ始まったばかりなんだ。これからどんな冒険が待っているか、考えただけでわくわくが止まらない! いろんなところに行って、人々と出会って、うまいものを食べたり、観光したり、満喫しまくってやるんだからな!」
「そういうのいいわよね。ふふふ、少しうらやましくなってきちゃった」
自分が冒険している姿を想像しているのか、瞳を閉じ思いをはせるフローラ。
その興味ありげな反応に、気づけば声をかけてしまっていた。
「それならフローラも一緒に来るか?」
「え? いいの?」
フローラは目を見開き、どこかうれしそうにたずねてくる。
「フローラみたいなかわいい女の子ならもう大歓迎さ。むしろこちらからお願いしたいほどだよ」
そんな彼女に手を差し出し、ほほえみかけた。
「――私も冒険に……」
するとおそるおそる手を伸ばしてくるフローラ。
「っ!?」
しかし彼女は伸ばした手を、ピタッと止めてしまう。そして手を戻し胸元をぎゅっと押さえた。まるでこらえるかのように。
「ごめんなさい。すごく魅力的な提案だったんだけど……」
そしてフローラは悲しげに目をふせ、謝ってくる。
「そっか、フローラもフローラでいろいろわけありみたいだな。こっちはいつでも大歓迎だから、また気が向いたら声をかけてくれ」
「ありがとう。また考えておくわ。もしそのときが来たらよろしくね。うん、そろそろ動けそう」
フローラはお礼を言い、ゆっくりと立ち上がった。
「私はいったん街の方へ戻るけど、シンヤくんはこれからどうするの?」
「オレもついて行っていいか? ちょうど向かおうとしてたところなんだ」
「もちろんよ! じゃあ、助けてもらったお礼もしたいし、少しの間、行動を一緒にさせてもらうわね!」
快くうなずき、にっこりほほえんでくれるフローラ。
こうしてシンヤは彼女に案内され、街へと向かうのであった。




