ミルゼさま
「ここがレネの言ってた部屋か」
シンヤはミルゼ教のアジトである廃坑の会議室を出て、その通路の最奥の部屋の前へと着ていた。
レネいわくこの先に、恐ろしい魔の存在がいるそうだ。実際この扉の先から、禍々しいなにかを感じる。行かないという手もあるのだが、ミルゼ教のとっておきの情報が手に入る可能性があるため、見過ごすことはできなかったという。
ちなみにトワは会議室の方でお留守番。レネの言葉にびびってしまったのと、危険らしいので最悪二人まとめてやられる可能性もある。よっていったんシンヤが様子を見にいくことにしたのであった。
「お邪魔しますと、誰かの部屋?」
おそるおそる扉を開け、部屋の中へと入る。
弱めのランプに照らされた薄暗い部屋は、まるで上流階級の貴族の私室のよう。上質なベッドに絨毯、絵画などの装飾品。化粧台まで完備されていた。
そんな部屋は、ベッドの方で誰か寝ているようであった。しかしその人物は、シンヤが入ってきたことに気づいたようで。
「レネ? それともガルディアス?」
11才ぐらいの少女はベッドから上体を起こし、目をこすりながらたずねてきた。彼女は寝ていたせいか、髪がぼさぼさである。
そんな少女には見覚えがあり、驚かずにはいられない。
「ッ!? み、ミルゼ!?」
「あなた誰? ここに入ってきて、タダで済むと思ってるの?」
寝ていたのはなんと邪神側の転生者であり、邪神の眷属として恐れられているミルゼだったのだ。
彼女は来たのが知らない人物だと気づき、警戒を。攻撃しようと、シンヤへ手を向けてきた。
「す、すみません! ミルゼさま!? オレはミルゼ教の信者で、レネさまからミルゼさまのお世話を頼まれたんです」
このままで消されてしまうため、すぐさま謝りなんとか事情をでっちあげた。
「レネが?」
「はい、レネさまは今手が離せないようで」
「――そう……、うっ」
ミルゼが突然ふらつき、倒れそうになる。
なので慌てて駆け寄り、彼女の身体を支えた。
「どうしました!? ミルゼさま!?」
「問題ない。封印されてた反動のせいか、身体がだるくてあまり本調子じゃないの。それに昨日は徹夜で計画の準備をして、疲れてるのもある」
ミルゼは頭を押さえ、どこか辛そうに答えてくれる。
「あまりムリしないで、お身体を労わってくださいね。倒れたりしたら、元も子もないですよ」
「――くっ……、ふん、ミルゼは邪神の眷属。そんなやわじゃない」
ミルゼは耳が痛そうにするが、すぐさまそっぽを向き主張を。
「ははは、強がってもダメですよ。ミルゼさまはまだまだ子供なんですから、いっぱい寝ないと大きくなれませんよ」
なんだか強がっている子供のようで、ほほえましい気持ちになってしまう。なので気づけば彼女の頭をポンポンして、やさしく笑いかけていた。
するとミルゼが困惑した面持ちでたずねてくる。
「――アナタ、やけに馴れ馴れしい。ミルゼが怖くないの? 邪神の眷属相手に、普通の人間なら恐れるか、崇めるかの二択だと思うけど?」
「まあ、いくら強大な力を持っているとはいえ、オレからしてみればミルゼさまはかわいい女の子ですし」
確かにミルゼは邪神の眷属ではあるが、シンヤからすればかわいらしい女の子であり、同じ転生者ということで親近感もわいている。なのでわりとほかのみんなと同じフランクな感覚で接せられていたという。
シンヤの正直な感想に、ほおを赤らめ面をくらうミルゼ。
「っ!? やっぱりアナタ変わってる……。名前は?」
「シンヤです、あ……」
(はっ!? つい、本当のことを言ってしまった……。バレてしまわないか?)
「シンヤ? どこかで聞いたような。それにその顔……」
シンヤの不安が的中して、ミルゼが怪訝そうな視線を向けてきた。
(やばい!? うまくごまかさないと!?)
「くっ!?」
悩んでいると、突如ミルゼが両手で頭を押さえうずくまってしまった。
「どうしたんですか!? ミルゼさま!?」
「――うるさい……、だまれ……」
なにかに耐えるように苦しむミルゼ。
「ミルゼさま、しっかり」
震える彼女の背中をさすり、しばらく介抱を。
そのかいもあってか、治まったみたいで。
「――ふぅ、ありがと、治まったみたい」
「今のはいったい?」
「――はぁ……、発作みたいなもの。邪神の怨念かなにかが、ミルゼの頭の中でかたりかけてくるの。女神の世界を滅ぼせって、何度も何度もうるさくてしかたない……昔からずっとそう……。ほんと滅入る……」
ミルゼはがっくり肩を落とし、大きなため息をつく。
「それ大丈夫なんですか?」
「あまり大丈夫じゃないかも。怨念に意識がのみ込まれ、自分が自分でなくなるときがある。力を使ってるときとか、とくになりやすい」
(もしかしてトワが女神さまの怨念に取りつかれたときみたいに、豹変してしまうのか?)
ミルゼが封印されていた神殿で見た、トワの状態を思い出す。あのときの彼女は敵を倒すことだけに執着し、まるで別人のようであった。
「それどうみてもやばいじゃないですか。なんとかできないんですか?」
「むり。かなり深いところまで邪神の怨念に取りつかれてるみたいで、切り離せそうにない。たぶん邪神の願いを叶える日までずっと、蝕まれ続ける……」
ミルゼはぐっと胸を押さえ、諦観の瞳で告げてくる。
「――ミルゼ……」
「なんでこんなこと、アナタにしゃべってるんだろ……。――はぁ……、そんなことより」
ミルゼは自嘲気味に笑ったあとベッドから出て、化粧台の席へと座った。
「そこにある水をとって。それから髪をクシでといでくれる? このあと人前に立たないといけないから、ばっちりセットして」
「え? なんでオレが」
「ム、シンヤはミルゼのお世話をしに来たんじゃないの?」
「はっ、そうでした、そうでした。まずは水ですね、はい、どうぞ」
ミルゼにツッコミを入れられ、そういえばお世話役としてここにいると言ったことを思い出す。
シンヤは指示されたとおり水の入ったビンを届ける。そして次にミルゼの髪をセットするため、化粧台に置かれていたクシを取った。
「オレこういうのやったことないんですけどね」
「任せてるんだから、多少のことはがまんしてあげる。とにかくやさしくしてくれればいい」
「やさしく、やさしくですね」
慣れない手つきで彼女の寝グセのついた髪を、クシでといでいく。
するとミルゼが声を漏らした。
「うぅ」
「あ、もしかして痛かったですか?」
「ううん、なんかくすぐったくてつい声が。シンヤ、才能があるかも。気持ちいからそのまま続けて」
気持ちよさそうに目を細め、続きをうながしてくるミルゼ。
「お気に召してくれましたか。では、このまま」
「――はぁ……、それにしてもこれをミルゼに読めと。レネ、無茶ぶりがすぎる」
髪をといでいると、ミルゼが化粧台に置かれた紙の束を取り肩をすくめた。
「それは?」
「レネが作った、祭典での原稿。なんかかっこいい言葉を使いまくったイタイ系だったり、かわいい子供系だったり、アイドル系だったり、威厳をふりまくえらい系だったり様々なパターンで書かれてる。これ絶対おもしろがってるだけでしょ」
「ははは、でも正直いろんなバリエーションのミルゼさまを、見てみたいですね。ちょっとやってみてくださいよ」
「やるわけないでしょ。はずかしい」
ミルゼは紙の束をぽいっと投げ捨て、ぷいっと顔を背けた。
「それは残念」
「そもそもなんでミルゼがわざわざ、こんなことしなくちゃダメなの?」
「まあ。ミルゼさまはミルゼ教の象徴なわけですし」
「そんなの知らない。もとはといえばレネが戦力になるからって、勝手に作った組織だし。信者たちの士気をあげるとか、盛り上がるとかの理由で、ミルゼを巻き込まないでよ。―はぁ……、もういっか。めんどくさいし、顔見せはパスで。裏でやることやっとけばいいよね」
投げやりなってしまったミルゼは立ち上がり、そしてベッドへ背中からダイブした。
「レネさまのためにも、ここはがんばってあげましょう」
このままいけばミルゼが出ず、ミルゼ教の士気を下げることが可能かもしれない。しかし教団の信者という立場からすると、ここは引き止めるのが正解だろう。なので怪しまれないためにも、一応説得してみることに。
「やだやだー、やりたくないー」
足をバタバタさせながら、駄々(だだ)をこねるミルゼ。
年相応の子供らしさに、思わずほほえましい気持ちになってしまう。
「――ええと……」
「シンヤはミルゼに出てほしい?」
どうすべきか悩んでいると、ミルゼが上体を起こし問うてきた。
「信者的には、ミルゼさまが出てもらえたほうが」
「それならミルゼのやる気を出させてよ」
「やる気を出させてと言われましても。なにをすればいいんですか?」
「ミルゼ、ほしいものがある」
「あー、ごほうびですか。わかりました。オレにできる範囲であればいいですよ。なにがほしいんです?」
ミルゼの様子から見るに、かなりほしい物があるみたいだ。
祭典後シンヤは渡せないかもしれないが、レネに頼んで用意してもらえばいいだろう。
「――そ、その……」
ミルゼは枕をぎゅっと抱きかかえ、なにやらもじもじしだす。
そしてテレくさそうにぽつりとつぶやいた。
「――シンヤがほしい……」
「え?」
「アナタのこと気に入った。気さくでやさしいお兄さんって感じが、なんだか一緒にいて心地いい。だからこれからはミルゼのお世話役として、そばにいて」
ミルゼが上目づかいでシンヤを見つめ、ねだってくる。
(なんでこうなったーーー!?)
この事態は完全に想定しておらず、心の中で盛大にツッコミをいれるしかなかった。
「ム、いやなの」
「――え、ええと、ご期待に応えたい気持ちはもちろんあるんですけど、立場的に……」
不機嫌そうになり始めるミルゼに対し、シンヤは言葉を濁すしかない。
そんなふうに求めてくれるのはうれしいが、さすがにトワの補佐役という立場上無理であろう。せめてミルゼが邪神側でなければ、いけたかもしれないが。
「シンヤ! 帰ってくるのが遅いけど、大丈夫!」
どう答えればいいか迷っていると、扉が勢いよく開きトワが乗り込んできた。
どうやらシンヤの帰りが遅く、心配になって様子を見に来てくれたらしい。ただこの状況下で来られるのは、非常にマズイといっていい。せっかく信者になりすまし、ごまかせていたところなのに。
「お姉さん、あのときの勇者!?」
「え? ミルゼちゃん!?」
ミルゼとトワは予想外の人物が居たことに、驚愕する。
さすがに勇者であるトワの顔は覚えていたらしく、これではごまかすことは不可能だろう。
「――トワ、なんてタイミングで来てくれたんだ……」
頭を抱えこれからどうなってしまうのか、天を仰ぎ見るしかないシンヤなのであった。