安眠の責任
現在シンヤたちは食堂をあとにし、宿屋へと戻っている真っ最中。夜ではあるがメイン通りはまだまだ人が多いため、人通りが少ない脇道を進んでいるという。
「本当においしかったですね! また近々あの店に行きたいです!」
「ははは、だな」
「はわわ、お腹いっぱいになって、眠くなってきたよ……」
トワが目をこすりながら、大きなあくびを一つ。
「宿屋まではもってくれよ。さすがにトワをおんぶして運ぶ体力はないからな。――え? あれって?」
そこでふと気づく。なんと少し離れた場所に設置されているベンチに、見知った人物を発見したのだ。
「――トワ、リア、少し野暮用が出来たから、先に宿屋に戻っててくれるか?」
「はーい」
「わかりました」
トワとリアには先に帰ってもらい、シンヤはベンチの方へと歩いていく。
そこにはイオの姿が。しかもここで驚くのは、彼女がベンチに寝転がり熟睡しているということだろう。
「――すやすや……」
「おーい、イオ、起きろー」
相変わらず気持ちよさそうに寝ているため、アルダの森のときみたいにこのままにしときたい気持ちもある。しかしさすがに夜ゆえ、起こしたほうがいいだろうと判断。彼女の身体をさすりながら、起こすことに。
「うにゃ? あ、しんやだー。どうしたのー?」
するとイオが起き、瞳をこすりながらまだ眠そうにたずねてきた。
「どうしたもなにも、こんな日が暮れた中寝てたら、カゼひくぞ。休むなら宿屋にしろ」
「うゆ? 今日はここで一晩過ごす予定だけどー」
「は? こんななにもないところでどうして?」
「こういういい天気のときは、外で野宿するのがいおのライフスタイルだからー。自然を全身で感じられるこの解放感。満天の星々が彩る夜空を眺めながら、眠りに落ちていくのはまた格別ー」
イオは目を輝かせながら熱くかたってくる。
「たしかに気持ちよさそうではあるけど、かわいい女の子が一人野宿するのはいろんな意味で危ないだろ」
「でもアルマティナにいたときは、全然大丈夫だったよー。あっちではわりと普通のことー。それに自然を感じることはマナとの親和性が上がり、魔法の修行にもなるしねー」
「なるほど、そういう国がらなのか。でもここはアルスタリアだし、いろんなところから人が来てるからな。きっとよからぬことを企む人間も潜んでるはずだ。だから安全面を考慮して、宿屋を利用したほうがいいぞ」
「そこまでそういうならー。じゃあ、しんやのところで寝るー」
しぶしぶうなずくイオ。そしてシンヤの上着の袖をつかみ、上目づかいでうったえてきた。
「うーん、オレの泊ってる宿、まだ部屋空いてるだろうか?」
「違うー。しんやと同じ部屋って意味ー」
「いやいや!? それはそれでマズイだろ!」
「しんやがいおの安眠を奪ったんだよー。だから責任とってもらわないとー」
イオがジト目で主張してくる。
「オレと同じ部屋で寝ることが、なんで安眠の責任につながるんだよ?」
「しんやといると、なんだか心が安らぐのー。だから添い寝してくれたら、きっと安眠待ったなしー」
彼女はキラキラとしたまなざしを向け、つかんだシンヤの袖をクイクイ引っ張ってきた。
「同じ部屋だけじゃなく、同じベッドも狙ってたのかよ!? よけいに却下だ!」
「えー、どうしてー」
「同じベッドで寝るとか、間違いを起こしかねないんだぞ! 耐えるオレの精神面を考えてくれ!」
もはや必死に説得するしかない。
イオの童顔と小柄さから、まだ小さな女の子と割り切ることができるかもしれない。しかし彼女は見た目に反して、出るところは出ていて立派なものをお持ち。そこがイヤでも女性さを認識させてきて、手を出してしまう可能性が。
「うゆ?」
しかしイオは不思議そうに、ちょこんと小首をかしげるだけ。
「イオ、頼むから、もう少し警戒心を持ってくれ。無防備にもほどがある……」
まったく理解してくれてなさそうなので、頭を悩ますしかない。
「とにかく! まずは宿屋を探すぞ! オレも手伝うからさ」
「はーい」
イオは立ち上がり、アルダの森の帰り道のときのようにシンヤと手をつないでくる。
(こうもさらっと手をつかんでくるとは……)
そのあまりにも自然な動作。よほど信頼されているのだろうか。彼女とつないだ手を見ながら、少しどぎまぎしてしまう。
「どうしたのー?」
「いや、なんでも。――そ、そういえばイオがアルスタリアに来た目的って、なんだったんだ? ――うん? イオ?」
気恥ずかしさを隠すためにも、話をマジメな方向へ持っていこうとする。
しかし返事がないため、視線を彼女の方へ。するとイオが路地裏の方を注意深く見つめていたという。
彼女の視線を追うと、路地裏の奥に消えていくフードをかぶった男の後ろ姿が見えた。
「しんや、今からちょっとお仕事してくるー。だから、ばいばーい」
ふとイオは手を離し、先ほどのフードをかぶった男を追おうと。
「仕事って?」
「説明するとちょっと長くなるー。それに巻き込んでしまうかもしれないからー」
「もしかして結構厄介な案件なのか? それならなおさら手伝うぞ」
「一人でだいじょうぶー。いおは優秀な魔法使いだからー、むふん」
えっへんと胸を張るイオ。
「うーん、これまでのイオを見てると、ちょっと不安感がぬぐいきれないんだが……」
「じゃあねー」
首をひねっていると、イオがタッタッタッと路地裏へと走っていってしまった。
「イオ、待っ……、行っちゃったか……。まあ、あの子もやるときはやるだろうし、ここは信じとくか」
追いかけたほうがいいのではと思うのだが、今日の依頼でけっこう疲れているのも事実。なのでイオには悪いが、ここは休ませてもらうことにするシンヤなのであった。
2章3部 魔法使いの少女 完




