受付の少女
2章2部 冒険者
次の日、シンヤとトワは冒険者になるため、アルスタリアの街にある冒険者ギルドに足を運んでいた。
ちなみにリアはフォルスティア教会で用事があるらしく、今日は別行動をとることに。
「ここが冒険者ギルドか。よし、さっそく中に入るとするか」
たどり着いたのは冒険者ギルドの本部にふさわしい、三階建ての立派な建物である。
「シンヤ、さっき決めたように、わたしが勇者ということは一応ふせといてね」
建物に入ろうとすると、トワがシンヤの上着をくいくい引っ張りお願いしてくる。
「本当にそれでいいのか? 名乗った方が箔が付いて、華々(はなばな)しい冒険者デビューができると思うが」
「もてはやされるのもいいと思ってたけど、目立ちすぎるのは人見知りのわたしにはちょっと……。それにいきなり高難易度の依頼とか任され、ドジ踏んで失望されてもイヤだし……。ここは軽いやつから徐々に慣れていって、あとから実は勇者でしたみたいな感じでいった方がいいのかなって」
トワは手をもじもじさせながら、不安げに答える。
「まあ、冒険者の方はのんびりやっていきたいしな。わかった。ふせる方向で話を進めるさ」
「お願いね」
そしてシンヤとトワは建物へと入っていく。
一番始めに目を引くのは、依頼の紙が何枚も張ってある大きな掲示板。そして受付カウンターがあったり、テーブル席がいくつも設置されていたり。ゲームで見たことあるような光景が現実に広がっており、テンションが上がらずにはいられなかった。ただ現在、中は受付カウンターにしか人はおらず、シーンと静まり返っていたという。
「思ったよりも静かだな」
「うん、冒険者の人たちがワイワイしてると思ったんだけど」
辺りを見回しながら、受付カウンターへと向かう。
「冒険者ギルドにようこそ。今忙しいから、依頼しに来たのだったら手短にすませて」
すると少女がテキパキ事務作業をしながら、あいさつしてきた。ただシンヤたちへは視線を向けず、淡泊な口調でだ。
「いや、オレたち冒険者になりたくて来たんだけど」
「冒険者に?」
少女は作業を止め、シンヤたちを見さだめるような視線を向けてくる。
彼女はトワと同い年ぐらいの、小柄できれいな少女。いかにも生真面目そうで、どこか冷たい雰囲気をただよわせている。ちなみに彼女のきれいな顔立ち、誰かに似ているような気が。
「ひっ!?」
そんなまじまじと見つめる少女に対し、トワがシンヤの後ろへと隠れてしまう。
「えっと、もしかしてなにか問題でもあるのか?」
「いいえ、今冒険者ギルドはかなり人手不足の状況よ。邪神の眷属復活で魔物たちの動きが活発し、その討伐に手を焼かされてる。しかもそれらの件で人々の不安が募り、様々なトラブルまで発生してる始末。もう依頼がどんどん押し寄せてきて、みな大忙し。――はぁ……、それにしてもまさかこのタイミングで邪神の眷属が復活してくるなんて、勘弁してほしいよ」
少女は肩をすくめ、ため息をつく。
どうやら大変なときに冒険者の門をたたいてしまったらしい。
「このタイミングって?」
「ここ最近アルスタリア周辺はわりと平和だったのよ。だから多くの冒険者が、魔物の動きが活発なライズモンド帝国東部に出払ってしまっていてね。そのせいで本部だけでなく、ほかの国の支部も人員不足で頭を悩ませてるってわけ」
「じゃあ、その人たちが戻ってくるまで、今の人員でなんとかやり過ごさないといけないんだな」
「すんなり戻ってきてくれたらいいんだけど。なにせライズモンド帝国はこの事態に対し、冒険者の依頼報酬を上乗せする政策を実施したらしいよ。だから今あの周辺は稼ぎ時。逆にこっち側から、金目当てに向かう冒険者もあとを立たないの」
「うわー、そうやって冒険者を誘致して、戦力を確保し続ける作戦か。やるな、ライズモンド帝国」
邪神の眷属の封印が解けた影響は、ライズモンド帝国でも起きるはず。そうなればこれまで以上に魔物の動きが活発になり、事態がより深刻なことに。そんなときに貴重な戦力である冒険者に出ていかれるのは、帝国側にとってかなりの痛手。ゆえに早い内から手を打ち、冒険者を居座らせようとしたのだろう。
「ということでしばらくは人手不足が続くよ。だからアナタたちが冒険者になってくれるのは、こちらとしてもすごくありがたいことだけど」
少女が再び見さだめるような視線を、シンヤたちに向けてくる。
「使えない人間が来られても正直迷惑よ。ただでさえ忙しいのに、失敗した人のしりぬぐいとかしてたら、よけいに手間と時間が掛かる。人員が増えても、それで足を引っ張られたら意味ないよ」
彼女は首を横に振りながら、キッパリと言い放つ。
「辛辣な意見だな」
「事実よ。そういうわけだから見さだめていたというわけ。もし使えそうなら、好待遇で迎えてあげる。でもダメそうなら雑に扱わせてもらうよ」
「そういうことか。それでオレたちはお目にかなったのか?」
「――ふむ……、ただ者ではなさそう。でも実際ウデが立つかは、テストしてみないと」
少女はあごに手を当て、興味深そうにうなずいた。
「オッケー。テストはキミがやってくれるのか?」
「もうすぐベテランの冒険者が戻るから、その人に任せるよ。えっと」
「オレの名前はシンヤだ」
「わ、わたしはトワ」
「シンヤにトワね。あたしはサクリ。適当に座って、――いえ、あっちでコーヒーでも入れてきてくれる? ブラックで」
サクリは自己紹介したあと、テーブル席で待つよう促そうと。しかしすぐに考えを改め、コーヒーを入れるよう要求してきた。
「いやいや、そういうのって普通、そっちがオレたちに出してくれるやつじゃないのか?」
「残念でした。あたしは受付担当じゃなく、ベテランの冒険者。だからそんなことしてあげる義理はない」
シンヤの言い分に、サクリは涼しい顔で返してくる。
「受付の席にいるのにか?」
「――はぁ……、実は最近ここを円滑に回してくれていた、大ベテランの受付嬢が引退してしまって……。新人の子はいたんだけど、あまりの仕事量に逃げ出したの。人手不足のせいで依頼の割り当てとか大変だったし、ここ本部だから支部の要請や問題とかも対処しないといけなかったし。そういうのがたまりにたまってご覧のありさまよ」
「それでサクリが代わりに?」
「ええ、冒険者になる人は、みんな自由気ままな冒険を目当てにしてるから、事務仕事なんてだれもやりたがらないのよ。というか身体を動かすのが得意で、頭を使うのが苦手な人が多いというべきか。だから頭が切れるあたしがしかたなく、事務作業をしてあげてるわけ」
腰に手を当て、やれやれと言った感じに答えるサクリ。
「それは大変だな」
「でしょ。こっちはいろいろ我慢して、面倒な仕事を片づけてる。だから労わってよ」
「まあ、そういうことなら」
「いい心がけね。コーヒー入れたら、ついでに掃除もお願い」
サクリは感心したようにウンウンとうなづきながら、すかさずさらにオーダーを。
「おい、さらに雑用を押し付ける気かよ」
「考えてみて。これはアナタたちのチャンスでもあるよ。今のうちに媚を売ってあたしに気に入られておけば、冒険者になったときいろいろよくしてくれるかもしれない。先輩冒険者として、さらに今なら受付の仕事もやってるからお得な依頼とか率先して回してあげられるかもよ」
彼女は胸に手を当て、もう片方の手をシンヤたちへ差し出しながら得意げに笑った。
「口がうまいな。わかったよ。今後のことも考え、ここはおとなしくサクリのいうことを聞いておくさ」
「賢明な判断。じゃあ、その間、急いでたまった事務仕事を片づけておかないと。さっさと終わらせて、手ごろな依頼でも終わらせてこよっと」
サクリは両腕をぐっと伸ばし、事務作業を再開しようと。
「依頼を?」
「あたし、冒険者よ。ずっと受付の席にすわっているなんて、できないよ。それに少しでも減らしておかないと、お人好しのお姉ちゃんがムリしてやろうとするから」
髪をいじりながら、少しテレくさそうに心配するサクリ。
どうやらお姉さん思いのいい子のようだ。思わずほほえましい気持ちになってしまう。
「ははは、そっか」
「なによその目は?」
サクリはほほえましがられていることに気づいたのか、ほおを赤く染めムッとした表情を。
「ははは、なんでもないさ。さっそくやりにいくぞ、トワ」
「うん! 任せて!」
トワもシンヤと同じことを思ったのか、やる気になっていた。
「まあ、この際、やってくれるなら、なんでもいっか」
サクリは気をとり直し、事務仕事を再開しだす。
ただこのあと、シンヤたちに任せたことを後悔することになるとはつゆ知らず。




