レティシアのお礼
ここはアルスタリアの街中にある広場。木々が立ち並び、花々もたくさん植えられている。さらに中央付近には立派な噴水があるという、緑豊かで和やかな場所だ。今日はお出かけ日和のいい天気のため、散歩や日向ぼっこなどのんびりとした時間を過ごしている人々を大勢見かけた。
そしてシンヤは現在広場のベンチに、レティシアと座っている状況という。
「仕事終わりの甘いものはやっぱ最高ね! ほら、シンヤも!」
レティシアがアイスクリームを一口ほおばり、ほおに手を当てながらうっとりしだす。そしてシンヤにウィンクして、急かしてきた。
「――ああ……」
「どうしたの? そんなボケーとして?」
「いや、とにかくついてこいって言われて、なにされるかと思ってた矢先、このアイスを渡されたわけだからな。拍子抜けしたっていうか……」
あのあとレティシアに、猫を届けてくるから待っていてと言われたのである。それから言われた通りにしていると、彼女が戻ってきてついてきなさいと広場まで案内されこのベンチに。そしてまた少し待たされたあと、こうしてアイスクリームを手渡され今にいたるという。
「拍子抜けって、なに想像してたのよ?」
「オレがやらかしたことについて、なにか制裁を受けるとばかり……」
ここに来るまでに理由を聞いたのだが、いたずらっぽくほほえんではぐらかされていたのである。心当たりといえば、彼女にセクハラ行為をしたこと。もしそれが当たっていたら牢屋行きか、それとも別の形で制裁を受けるのか。このままついて行っていいのかと、内心あせっていたのだ。
「あれらに関してはアタシもいろいろ落ち度があったから、目をつぶってあげる! だから全部忘れなさい! いい? わかった?」
レティシアは顔を真っ赤にさせ、指をビシッと突きつけながら言い聞かせてくる。
さすがにあんないい思いを忘れることはできそうにないが、ここは彼女のためにもうなづいておくことに。
「――お、おう、じゃあ、このアイスクリームは?」
「あのね、お礼に決まってるでしょ! シンヤのおかげであの迷子のネコを無事つかまえられたわけだしね!」
ぷいっとそっぽを向き、テレくさそうに答えてくれるレティシア。
「そんなのいいのに」
「いいのよ。すごく感謝してるんだから! 朝早くからずっと張り込んだり、必死に探し回ったりした苦労がムダにならずにすんだんだもの」
「迷子のネコ探しに、そこまで労力をかけてたのかよ?」
「当たり前でしょ! 飼い主さんがすごく心配してたんだから。少しでも早く見つけて、安心させたかったのよ」
彼女は胸に手を当て、真剣な表情で思いを口にする。
「そういうわけだから、受け取りなさい! こっちは飼い主さんから報酬をもらってる手前、タダで帰すのも気が引けるしね」
「わかった。遠慮なくいただくよ」
「ええ、ここのアイスクリーム屋さんは、アルスタリアの隠れた名店の一つなの。もう絶品なんだから!」
レティシアが目を輝かせて力説してくる。よほどおすすめの食べ物らしい。
「それは楽しみだ。じゃあ、さっそく。おぉ! 確かにこれはいけるな!」
一口食べると、ほどよい甘さが口いっぱいに広がる。
まさかこの世界でもアイスクリームが食べられるなんて。もうこういった物は食べられないのだろうとあきらめていたため、感動せずにはいられなかった。
「でしょ? でしょ? 一度食べたらもう病みつきになっちゃって、ついつい何度も立ち寄ってしまうのよねー!」
レティシアは満足げにうなづき、幸せそうにアイスクリームをほおばる。
そして二人でしばらくのんびりアイスクリームを食べることに。
「ねえ、シンヤってアルスタリアの街に来たばっかなのよね?」
アイスクリームを食べ終え余韻にひたっていると、レティシアがシンヤの顔を下からのぞき込みながらたずねてきた。
「そうだけど、どうしてわかったんだ?」
「この街では見かけない顔だと思って。それにあんなかわいい女の子たちと一緒に行動してたら、イヤでも目立つってものでしょ。街の人のウワサにもなってるはず。そしたら顔の広いアタシのほうに、その情報が入ってないのはおかしいってね! まっ、そもそもの話、あれだけ物めずらしげに街を見て回ってたわけだしね!」
レティシアは人差し指をくるくるしながら、得意げにかたる。
「やっぱり出ちゃってたか。こんな大きな街はじめてだったから、興奮が抑えきれなくてさ」
「ふふっ、アルスタリアの街は本当にいいところなんだから! 交易都市ならではの充実した商品ラインナップに、おいしい料理の店もいっぱい。あと観光スポットも豊富で見て回るだけでも楽しいし、いろんな人が訪れるから交友の幅も広がる! なにより街自体が活気に満ちあふれているのよ!」
レティシアはどこか誇らしげに、アルスタリアについて熱くかたる。
その生き生きとした感じから、よほどこの街のことがすきなのだろう。
「へー、それは今から楽しみだ」
「ふふっ」
ふとレティシアがベンチから立ち上がり、シンヤへと手を差しだしてきた。
「あらためてそんなステキな街、アルスタリアへようこそ! この街の住民として心から歓迎するね! ぜひ満喫していってちょうだい!」
そして彼女はまぶしいほどの満面の笑顔で、迎え入れてくれた。
その心意気に、胸の内に熱いものがこみあげてきたといっていい。
「おぉ、熱烈な歓迎に、アルスタリアに来た実感がさらにわいて、テンションが上がってきたよ」
「ふふっ、それはよかった! そうだ! せっかくだし、アタシのとっておきの場所へ案内してあげる! ついてきて!」
レティシアはシンヤの腕を引っ張り、はしゃぎながら案内してくれるのであった。
そしてレティシアに案内されたのは、街はずれのとある高台。ベンチなどが設置された休憩スペースのようだが、周りに人はおらず静かな場所。おそらく普段から利用する人はあまりいない、穴場みたいなところなのだろう。
「ついた! ここがシンヤに見せたかった場所よ!」
レティシアは一足先にはずむ足取りで駆けていき、目の前に広がる景色に手を向けた。
そこには活気あふれるアルスタリアの街並み。そしてなにより圧巻なのは、どこまでも果てしなく広がる海であろう。澄み渡る青い空、海面は太陽の光を反射しキラキラと光っている。さらにすがすがしい潮風が吹き抜け、とても心地よかった。
「おぉ!」
「どう、いい景色でしょ! アタシのとっておきの場所なんだから!」
「ははは、これはまた絶景だな!」
「ここにはよく来るんだ。こうやってどこまでも広がる壮大な景色を眺めていると、心が洗われるというか。すごくリフレッシュできて、明日もがんばろうって気持ちになるのよねー」
落下防止の手すりにもたれかかりながら、目の前に広がる絶景に目を細めて表情をやわらかくするレティシア。
「ああ、イヤなこととか全部忘れられて……、――くっ、でも今回はさすがにダメかも……」
しかしそれもつかの間、彼女は突然がっくりとうなだれだす。
「急にどうした?」
「――あはは……、最近とんでもないことを押し付けられてね……。ただでさえ忙しいのに、まさかそこへあんな大役を課せられるなんて……、はぁ……」
レティシアは目をふせ、これでもかというほど大きなため息をこぼした。
その気の落ちようから見るに、どうやら彼女にとってよほど大変なことが舞い込んできたらしい。
「そうだな、気が重いときは休日にでも、パーとはっちゃけて気分転換してきたらどうだ?」
「まあ、一理あるかもね。一応オフの日だし、これから少しパーとやってこようかな?」
「今日、休日だったのか? それであの迷子のネコ探しを?」
「ええ、ちょうど手が空いてるときに、依頼してきてくれてよかった。近ごろはけっこう緊急性の高い依頼が多いから、その手の一般的なやつはどうしても後回しになっちゃうのよね」
彼女はほっと一息つき、申しわけなさそうに肩をすくめた。
「今大変なときなんだろ? それなら休日は休んだほうがいいんじゃないか?」
「あのね、困ってる人がいるのを見過ごせるわけないでしょ! たとえそれがどんな小さなことでも、手を差し伸べる! それが一流の冒険者ってね!」
シンヤのほうへ指を向け、さぞ当然のように言い聞かせてくるレティシア。
彼女の剣のウデや身のこなしは明らかにただ者じゃなかったため、もしかすると冒険者なのではとは思っていたが、まさかその通りだったとは。
「――はぁ……、とはいえ疲れがたまってるのも事実なのよね……、邪神の眷属の復活でこれからどんどん忙しくなるだろうし……。せめてあの件がなければ、まだ今まで通りやりくり出来たはずなのに! 父さんのバカー!」
レティシアはほおに手を当て、表情をくもらせる。そして拳を胸元近くで震わせながら、海に向かってさけんだ。
「そんなに不満なら、断ればいいんじゃないか?」
「そうしたいのは山々だけど、あんだけ泣きつかれたら引き受けるしかね。それに大勢の人々の未来に関わることだったし、決して見過ごすわけにはいかなかったのよ」
レティシアは手すりに顔を乗せ、ぐったりしながら自身の胸の内を明かした。
「そっか、くわしい事情は知らないけど、レティシアはえらいな」
気づけばそんな彼女の頭をやさしくなでていた。
「ちょっと、なによいきなり!?」
するとレティシアは身体をビクッとして、あわあわしだす。
「ははは、いや、そこまでしてがんばる若者の姿に感動したというか。それでついな」
「若者って、シンヤアタシと歳、そんなに変わらないでしょ」
「ははは、それもそうだな」
ジト目で主張しくるレティシアに、正論だと笑うしかない。
実際シンヤは27歳だが、転生させてもらった身体は17歳ぐらいのもの。なので彼女の言い分はもっともなのだ。
「――もう、なんなのよ……。でもこういうのもたまには悪くないかも。せっかくだから、もう少しなでさせてあげる」
レティシアはあきれつつも、どこか夢心地の様子で身をまかせてきた。
「――お、おう……」
初めはやってしまったと思っていたが、意外と好評の様子。彼女もやってほしいみたいなので、存分になでてあげることに。
「ありがと、おかげでなんか元気でてきた!」
しばらくなでてやると、レティシアが満足げに離れていく。
「それはよかったよ」
「ちなみに今のは内緒にしといてよね」
「うん? どうしてだ?」
「あのね、男の子によしよしされて、ふにゃふにゃになってたなんてはずかしいからに決まってるでしょ!」
顔を真っ赤にしながら指を突きつけ、必死にうったえてくるレティシア。
「ははは、了解」
「さてとアタシはそろそろ行くけど、シンヤはどうする? 一緒に来る? なんなら街の案内とかしてあげてもいいけど」
「ありがたい申し出だけど、あいつらをずっと放っておくわけにもいかないからな。そろそろ戻るよ。少し寄るところもあるしさ」
完全にトワとリアをほったらかしにしていたため、そろそろ合流しなければ。教会にもあいさつしにいく予定だったので、レティシアとはここで別れることに。
「あー、はいはい、シンヤにはあんなかわいい子たちがいるもんね。あの子たちとよろしくするのに忙しくて、アタシなんかにかまってるヒマなんてないかー」
おおげさに肩をすくめ、ニヤニヤと含みのある笑みを浮かべてくるレティシア。
「いや、そんなんじゃないからな」
「ふふっ、どうだか! まっ、せいぜい楽しんで来てね! 女たらしさん!」
そしてひらひらと手を振りながら、茶化して去っていくレティシアなのであった。