勇者と補佐役
シンヤはトワの要望で、昨日彼女と初めて出会った、リザベルトの街を見下ろせる高所地帯に来ていた。一時期赤くて不気味な空になっていたが、現在それが嘘のよう。手を伸ばせば届きそうなほどの、きれいな満天の星空が広がっている。それはまるで昨日トワと会ったときかのように。心地よい夜風が吹き抜けており、草木の揺れる音や虫の鳴き声が響くだけでとても静か。ゆったりとした時間が流れていた。
「ここに来るのも昨日ぶりだね。あれからまだ一日しかたってないのに、すごい濃密な時間を過ごした気がするよ」
トワはリザベルトの街を見つめながら、感慨深そうに笑う。
「フローラさんやリアちゃんといった頼もしい仲間ができて、少し苦い思い出の初戦闘。それから戦うための答えを見つけて、ダンジョンに乗り込んでの強敵との戦い。極めつけはミルゼちゃん、ハクアさんみたいなラスボスクラスの敵との邂逅まで。あはは、もういろいろありすぎて、目が回っちゃうほどだよ!」
「ははは、確かに。転生したばっかなのに、怒涛のイベントの数々だったもんな」
「うん、そしてそんなわたしの物語のすべては、この場所から始まったんだよね……」
瞳をそっと閉じ、胸をぎゅっと押さえるトワ。まるで大切な思いでをかみしめるかのように。
「いや、もっと前があったはずだろ。牢屋に入れられ、捕まってたじゃないか」
「あんな散々な目、ノーカンだよ、ノーカン! わたしの輝かしい冒険の一ページ目に、まったくふさわしくないもん!」
シンヤのツッコミに、トワは両腕をブンブン振りながら抗議してくる。
「そうか? トワらしさもあり、インパクトもあっていいと思うけど」
「不名誉にもほどがあるでしょ! もう、せっかくいい感じに思い返してたのに、水を刺さないでよ!」
トワは両腰に手を当て、まったくもーとほおを膨らませてきた。
「ははは、ついな」
「次は自重してよね。ごほん、そしてそんなわたしの物語のすべては、この場所から始まったんだよね……」
(やり直すんだ)
彼女はまるで何事もなかったかのように、再び物思いにふけりだす。そのことでツッコミを入れたいが、怒られそうなのでここはこらえることに。
「ここでシンヤと出会った、あの瞬間から!」
トワはシンヤの顔を下からのぞき込み、花が咲いたかのような満面の笑顔を。
「あのときはいきなり知らない人に声をかけられて、ものすごくびっくりしたんだからね。でも落ち込むわたしを慰め、勇者として認めてくれた。それまで散々な扱いだった分、もううれしくてうれしくて。運命の人だって、仲間に誘って。そしたらわたしの事情を知ってたからというオチで。ほんとあのときの感激を返してって話だったよ」
「ははは、そんなこともあったな」
「――まあ、そこからシンヤがわたしの補佐についてくれるようになって、うん。今思い返すとめちゃくちゃ助けられたよね。みんなとの出会いの機会や、人見知りに対するフォロー。戦闘面でのサポートはもちろん、励ましだったり、親身になって相談に乗ってくれたり、あはは、もうわたしにはもったいないぐらいの補佐役だよ」
不満げに懐かしんでいたトワ。しかしそれもつかの間、少しテレくさそうにほおをかき、シンヤへ信頼しきった瞳を向けてきた。
これには頭の後ろをかきながら、テレるしかない。
「お気に召してくれたなら、なによりだ。そういえば一つ気になってたんだが、トワってオレに対しあまり人見知りしてなかったよな?」
テレくささをごまかすためにも、気になっていたことをたずねてみる。
彼女の人見知りは筋金入り。視線を合わせられず、うまくしゃべれない。そんなキョドりっぱなしのトワであったが、シンヤに対しては会ってすぐになついてくれたという。
「――えっと……、それは、その……。わたしの、わたしだけの補佐役ということに、感極まっちゃったというか……。ほら、女の子は誰だって守ってくれて、支えてくれる男の人にあこがれるものでしょ。それが漫画やアニメみたいに、急に現れたんだよ! そんなの舞い上がっちゃうに決まってるじゃん! もう内心ウキウキでシンヤに接してたよ! ああ……、わたしのナイトさま……、みたいなふうにね!」
トワは両ほおに手を当て、なにやら悶えながら告白を。
「あとシンヤってたまにいじわるだけど優しくて、わたしのダメダメなところも全部受け止めてくれるもん。だから近所の親しいお兄さんみたいな感じで、すごく安心ができるというか……。その分、つい甘えたり、頼っちゃったりしちゃうんだよね」
それから彼女は手をもじもじさせながら、チラチラと上目遣いをしてくる。
「――そ、そうなのか……」
「――ねえ、シンヤ、これからもわたしの補佐役でいてくれるよね?」
テレくさくてしかたがなくなっていると、トワがシンヤの上着をぎゅっとつかんで心細そうにたずねてきた。
「唐突になんだよ?」
「だってシンヤ、ハクアさんに補佐役になってほしいって、もうアピールを受けてたじゃん。だからわたしを捨てて、あの人の補佐役になっちゃうんじゃないかって不安で、不安で……」
「おいおい、なんでそうなるんだよ」
「ハクアさんは美人でスタイルもいいし、強くてなんでもできて、まさに完璧超人って女の子だもん。わたしが勝ってるところなんて、なにひとつない……。シンヤだってどうせ補佐するならこんなダメダメなわたしより、ハクアさんみたいなすごい女の子の方がいいはず……。それにわたし、シンヤにはいっぱい迷惑をかけて、振り回しっぱなしだし、情けないところも何度もみせてる。もう愛想つかされちゃってても、おかしくないよね……」
トワはシンヤの胸板に顔をうずめ、悲痛げにかたってくる。そんな彼女の身体は小刻みに震えていた。
「あのな。確かにトワはドジで怖がりで、いろいろ不器用でおまけに極度の人見知り。ほんと世話の焼ける女の子だ」
「うぐっ!? 面と向かって言われると、ちょっとくるものがあるね、――あはは……」
「だけどオレはトワと完全無欠のハクアみたいな女の子なら、トワの方を選ぶぞ」
力なく笑うトワのほおに手を当て、まっすぐな瞳で告げた。
「え!? なんで!?」
「だってハクアとかなら、別にオレの補佐なしでも一人でなんでもやれそうだろ。だけどトワだとそうは言ってられない。そのあまりのダメダメっぷりに、見ていられないレベルだし。ははは、もう危なっかしすぎて、とても一人になんてさせておけないさ」
「うぐ!? それもそれで複雑な気分……」
「完璧よりも少しダメな方が愛嬌があって、オレはわりと好きだぞ。手のかかる子の方がかわいいっていうしな。それにトワみたいな美少女に頼られるのも、正直悪い気はしないというか……」
トワの頭をポンポンしながら、笑いかける。ただ最後のほうは視線をそらしながら。
「――シンヤ……、じゃあ、これからもずっとわたしの補佐役でいてくれる?」
「言ったろ。トワの夢を叶える姿を、見届けさせてくれって。だからそのときまでオレはずっと、キミについていくさ」
「――うぅ……」
万感の思いを込めて告げると、トワの瞳から涙が。
「おい、なに泣いてるんだよ!?」
「――だって……、だって……、シンヤがわたしの補佐役でいてくれることが、すごくうれしくて……」
「なんだ、うれし泣きかよ。大げさだな」
「ぐすん、わたしにとっては死活問題なんだもん! シンヤの補佐なしに、この先うまくやっていく自信なんてないよ! だからほんとによかった! これからもずっと一緒にいてよね! どっかいっちゃ、イヤだよー!」
トワはシンヤにガバっと抱き着き、必死にお願いしてくる。
「ははは、こんなにも頼られたら、補佐役冥利に尽きるってもんだな。よしよし、ほら、いつまでも泣いてたら、勇者として恰好がつかないぞ」
そんな彼女の髪をなでながら、やさしくさとす。
「あはは、そうだよね。リアちゃんが旅の仲間になってくれたことだし、少しはしっかりしないとね!」
するとトワは気合を入れるためほおをパンパンたたいて、にっこり笑った。
「おう、その意気だ。これからやるべきことは、山ほどあるんだからな。道中勇者として困ってる人を助けるのはもちろん、邪神側の手がかりを集めたり、金銭面の問題や旅の仲間集め。あと各勢力の情勢の把握や、協力者もほしいところだな」
「あはは、そういう込み入った問題は、全部シンヤに任せるよ!」
「おいおい、丸投げかよ」
「だってシンヤはわたしの補佐役でしょ? この勇者としての大冒険がうまくいくかは、すべてシンヤに懸かってるんだから! 期待してるね!」
トワは胸に手を当て、ウィンクしながら笑いかけてくる。
「やっぱりトワの補佐役、やめようかな……」
「そんなこと言って、本当は頼られてうれしいくせにー」
「調子に乗るなよ」
意味ありげな視線を向けニヤニヤするトワの頭を、軽くチョップする。
「イタイよ!? シンヤー……」
「トワも一緒にがんばるんだからな」
被弾箇所を押さえ涙目になっている彼女の髪を、少し強めにくしゃくしゃしながら言い聞かせた。
「わかった、わかったからー」
「まったく」
「もー、ちょっとした冗談だったのにー」
トワは髪をセットし直しながら、前に歩いていく。
「――女神さま、わたしは勇者として、シンヤと共にこの世界を必ず救ってみせます。だからどうか見守っていてくださいね……」
そして彼女は瞳を閉じて祈るように手を組み、心からの宣言を。
「よし、さあ、行こう! シンヤ! わたしたちの輝かしい冒険の日々が待ってるよ!」
トワはシンヤの腕をつかみグイグイ引っ張りながら、満点の星空を指さす。キラキラとした満面の笑顔で、これからの冒険の日々に思いをはせながら。
「おい、そんなに引っ張るなよ」
「ほら、早く、早くー」
待ちきれずタッタッタッとはずむ足取りで駆けていき、シンヤのほうへ大きく手を振って急かしてくるトワ。
「あ、あわわ!?」
だが彼女はふとバランスを崩して、盛大にこけてしまった。
「――うぅ……、シンヤ~……」
そしてトワは涙目になって、助けを求めてくる。
「ははは、ほんと世話のかかる勇者さまだ」
先が思いやられながらも、トワらしいとほほえましい気持ちに。そんなダメダメな勇者である彼女を、これからもしっかり支えなければと心の中で決意し、手を貸しに行く。
(クスクス、~~~~~~~~)
「うん?」
ふと清廉な鈴の音が鳴ったかと思った瞬間、後から誰かになにかをささやかれた気がした。
ただ振り返ってもそこに誰もいない。なんとなくだがこの始まった旅路を祝福されている。そんな気がしたという。そして一瞬脳裏に、手を差し出し微笑みかけてくれる少女の姿が浮かぶが、またすぐに消えていってしまった。
「ふむ」
「シンヤ、どうしたのかな?」
「ははは、いや、なんでもないさ」
そしてトワを助け起こし、わいわい話しながら街へと戻るシンヤたちなのであった。




