姫さま
(一体、なにが起こったんだ!?)
目の前で起こっている現実に、ただただ唖然とするしかない。
黒猫がシンヤたちの目の前に飛び込んで来てすぐ、ミルゼの必殺の一撃が猛威を振るおうと。そしてもはやこれまでかと目を閉じた瞬間、前方で爆発音が鳴り響き衝撃波が襲い掛かってきたという。しかしとくに痛みはなく、無傷。目を開けると、爆発による粉塵で目の前が見えない状況であった。
(誰かが目の前に立っている?)
粉塵が次第に晴れていき、シンヤたちの目の前に人影がいることに気づいた。
「アハハ、間一髪ってところかな! さすがに転移してすぐあの一撃を相殺するのは、いくらわたしでもギリギリだったよ!」
ギリギリというわりには、余裕に満ちた女の子の明るい声が聞こえてくる。
(あの女の子が助けてくれたのか?)
そして粉塵が晴れ、長い黒髪の少女の後ろ姿がはっきり見えてきた。
「よしよーし、いろいろご苦労様。あなたのおかげでピンポイントに転移できたよ! さあ、危ないから、少しの間離れておいてね」
「にゃー」
少女はすぐそばにいた黒猫の頭をなでながら、指示を送る。
すると黒猫は返事をしてこのフロアを去っていった。
「それでみんな無事かな?」
次に少女はシンヤたちに向き直り、にっこりほほえみかけてくる。
彼女は長い黒髪のスタイルがいい、17歳ぐらいの少女。見た感じ明るく気さくそうな女の子であるが、その内からにじみ出るオーラは明らかにただ者じゃない。もはや一目見るだけで、心を奪われるようなカリスマ性。さらには絶対的強者の風格がすごいといっていい。クラウディアが言っていた覇者という言葉が、なにより合う少女であった。
「あの攻撃を防いだ? お姉さん、何者?」
ミルゼは信じられないと言いたげに目を丸くし、少女に問う。
「ふふん、ワタシはハクア。ミルゼちゃんと同じ、邪神によって転生させられた者よ!」
するとハクアはミルゼの方を向いたあと、胸に手を当てウィンクしながら得意げに自己紹介を。
(まさかこの子があの魔女が言ってた、姫様って子なのか!?)
衝撃の事実に驚愕せずにはいられない。
シンヤのすぐ後ろに来ていたトワも、予想外の人物の乱入に呆然としていた。
ちなみにハクアからはミルゼと同じように、魔人の異質さを感じられない。シンヤたちと同じ普通の人間みたいだ。
「こっちの女神様組とは違い、完全に同じ境遇。だから同じよしみで、助けてあげたんだよ! よかったね、ワタシがやさしくて! このまま封印されてたら、一生眠り姫だったかもしれないよー」
ハクアはにっこり笑い、フレンドリーにミルゼへ話しかける。
「上から目線で少し癪に障るけど、助けてもらったことには変わりないよね。ありがとう、ハクアお姉さん」
対してミルゼは少しムッとしながらも、丁寧に礼を言う。
「おお! 案外素直ないい子だったー」
「うるさい! それでミルゼと同じ立場の人間が、どういう了見で女神側の転生者を助けるの? あのお姉さんたちはミルゼたちの敵でしょ?」
シンヤたちに指を突き付け、ハクアへ問いただすミルゼ。
その疑問も当然だろう。本来邪神側の転生者にとって、勇者はまさに天敵。わざわざ助ける必要なんてない。いったいハクアはどういう理由でシンヤたちを助けたのだろうか。
「ふっふっふっ、知りたい? それはね!」
ハクアはシンヤとトワの後ろに回り込み。
「この子たちがワタシのお気に入りだからだよ!」
彼女はシンヤたち二人を後ろからガバッと抱き寄せ、自慢げに宣言した。
もはやその突然の主張に、まったく心当たりがないため困惑するしかないシンヤたち。
「「え?」」
「そしてなにより、このシンヤくんはワタシの未来の補佐役さま! いっぱい支えてもらう予定なんだー! ねー! シンヤくん!」
そしてハクアはシンヤにはじけんばかりの満面の笑顔で、同意を求めてきた。
「――いや、ねーて言われても……。そもそもオレたちまったく面識ないよな? なんでそんなに気にいられてるんだ?」
「シンヤくんたちはそうかもしれないけど、ワタシはあのネコを通して二人のことずっと見てたからねー」
「ずっとだって?」
「うん! トワちゃんが牢屋に入れられたあたりから、いったいこれからどうなるんだろって気になってね! そこから彼女の行動をずっと観察してたの。だから二人の出会いの場面だったり、トワちゃんの勇者としての想いや、シンヤくんのがんばってる補佐っぷりもバッチリ押さえているよ!」
ハクアはシンヤたちを解放し、ほおに指をぽんぽん当てながら楽しげに暴露してくる。
「あのトワちゃんが戦えなくて落ち込むところを励ますところや、トワちゃんが女神の怨念を使って戦うのを止めさせるところとか、もうかっこよかったのなんの! ワタシもあんなふうに熱烈に支えてほしいって思っちゃった! キャー!」
両ほおに手を当て、黄色い声を上げながら盛り上がりだすハクア。
「――うう……、わたしのふがいないところ全部見られてるってこと……」
対してトワは頭を両手で押さえ、はずかしそうにシュンとしていた。
「ああいうのいいよね! 心にこう、グッとくるというか! もう二人の推しになっちゃいそうだったよ! そして気づいたの。ワタシにたりないのは、いつもそばで支えてくれる補佐役なんだってことに!」
ハクアは熱くかたったあと、目を輝かせながらシンヤの方へグイッと詰め寄ってきた。
「――いや、キミなら支えられなくても、なんでも一人でやれそうな気が……」
「えー、そう言わずいいじゃん、いいじゃん! ワタシもシンヤくんみたいなやさしくて、かっこいい男の子にいろいろ補佐してほしいー!」
シンヤの腕をくいくい引っ張りながら、かわいらしく駄々をこねてくるハクア。
「それにもしかしたら補佐してもらう関係で絆が深まり、いずれ恋に発展する可能性もあるわけでしょ? 女の子的にはそういうの、すごくあこがれるものなんだよ! だからね! ね! お願いー!」
「――そ、そういわれてもだな……」
キャッキャッと上目使いでかわいらしくおねだりしてくるハクアに対し、シンヤは頭の後ろをかく。
正直、ハクアみたいな美少女に言い寄られ、頼られるのは悪い気はしなかった。なんだかあまりのかわいさに、思わずうなずいてしまいそうになるほどだったという。
(というかなんだこの子!? 想像してたイメージと全然違うんだが……)
邪神側の転生者、さらにはクラウディアのすごい人という情報から、ダークな雰囲気をまとった強者感あふれるお姫様のイメージがあった。だが実際の彼女は、明るく無邪気な女子高生といった感じの女の子。確かに気さくとは聞いていたが、まさかここまでとは。その近い距離感、文句なしの美少女さ。さらにウワサ通りのナイスバディーな体系。あとたまに当たるやわらかい感触などが相まって、どぎまぎせずにはいられなかった。
「むー、シンヤ、なにさっきからデレデレしてるの? あなたはわたしの補佐役なんだから、そこはビシッと断ってよ!」
するとトワがシンヤの空いている腕にしがみつき、不服そうにうったえてきた。
「おやおやー、トワちゃん、やきもちかなー?」
「――べ、別にそんなんじゃないもん!」
ニヤニヤしながら尋ねるハクアに、トワは顔を真っ赤にして必死に否定を。
「アハハ、シンヤくん、モテモテだね! こんな美少女たちに言い寄られて、幸せ者めー。このこのー」
ハクアが肘で小突いてなにやら茶化してきた。
「茶化さないでもらえるか」
「だってほんとのことだしねー。それでシンヤくんはどっちを選ぶのかな?」
「シンヤ! もちろんわたしだよね!」
二人はシンヤの腕を引っ張り、わたしを選ぶよねと圧をかけながらアピールしてくる。
アニメや漫画でよく見る光景を、まさか自分が味わうことになるとは。だが実際やられると、どう対処していいものか。思わずフローラに助けを求めた。
「――ちょっとキミたち……、フローラ、助けてくれよ」
「あら、シンヤくんもまんざらじゃなさそうだし、別にいいんじゃないかしら?」
するとフローラはぷいっと、そっぽを向いて告げてくる。
温厚な彼女にはめずらしく、少し怒っているかのようだ。こうなってくるとこの場は、シンヤ一人で切り抜けなければいけないらしい。
「――そんな、くっ……、どうすれば……」
「あなたたちなにミルゼを放って、なにさっきからイチャイチャしてるの!」
頭を悩ませていると、ミルゼがぷんすか怒りをあらわに。
「うん? ミルゼちゃんも混ざりたいのかな?」
「だれが混ざるか!」
「あはは、さてと、いつまでもミルゼちゃんを放っておくのはかわいそうだし、そろそろ本題に入るとしますか!」
ハクアはシンヤから離れ、ミルゼと向き合う。
「話があるならさっさとして」
「ミルゼちゃん、同じ邪神側の転生者同士、手を組みましょう。ワタシの仲間になって」
そして彼女は手を差し出し、並々ならぬ強者の風格を出しながら勧誘を。
「それってミルゼが、あなた側につくってこと?」
「そういうこと! ワタシの理想のため、ミルゼちゃんの力をぜひ貸してほしいな!」
「断る」
にっこりほほえむハクアに、ミルゼはキッパリと言い放つ。
「うわー、即答……。一応ワタシ、ミルゼちゃんの封印を解いてあげた恩人なんだけどなー」
「そのことには感謝してるけど、あなたの配下につくかどうかは話は別。ミルゼはミルゼのやりたいようにするだけ。誰の下にもつかない」
「えー、封印解くのだいぶ苦労したんだけどなー、ダメー?」
もはや取り付く島もないミルゼに対し、ハクアはチラチラ視線を送りながらかわいらしくおねだりを。
「――はぁ……、もう、いい……」
「わぁ! もしかして仲間になってくれるの?」
一瞬、うまくいったと思いきや。
「同じ邪神側の転生者かなんだかしらないけど、邪魔をするならミルゼの敵。勇者のお姉さん共々、ここで消してあげる。世界を滅ぼすのはミルゼ一人で十分なんだから!」
なんとミルゼは腕を掲げ、力を行使しようと。
それにより禍々(まがまが)しい力の余波が、このフロアを駆け巡る。その出力は先ほどシンヤたちへ攻撃したときよりも、あきらかに上。どうやら本気で目の前の敵を葬ろうとしているらしい。
「え? ちょっとミルゼちゃん!? 落ち着いて!」
「そもそもハクアお姉さんのことは、ずっと気に食わないと思ってた。そのミルゼに対する余裕っぷり。戦ったとしても、敵じゃないといいたげな態度。ミルゼをなめないで! 封印で弱体化していようとも、あなたぐらい倒せる力は残ってるんだから!」
ハクアの静止を聞かず、ミルゼは怒りを爆発させた。
「あーあ……、完全にわたしをヤル気だね。本来なら問答無用で屈服させるところを、相手が子供だからということでわざわざ下手にでてあげてたのになー。あはは、少しイラっとしちゃうね! こうなったらおいたするおこちゃまに、少し痛い目にあってもらおうかな!」
ハクアはやれやれと肩をすくめ、大きなため息をつく。そしてミルゼに向かって怖い笑みを向けた。
「さあ、ミルゼちゃん、来なよ。お姉さんが遊んであげる。そして圧倒的な力の差というものを教えてあげよう。死んじゃだめだよ?」
手を前に出し、絶対的強者の風格をあらわに告げるハクア。
その瞬間、彼女から信じられないほどの重圧が押し寄せてきた。もはやそれだけでハクアの力量がわかってしまう。あれには絶対に勝てない。たとえ邪神の眷属として恐れられたミルゼであったとしても、その事実は覆らないほどに。
「ッ!? 負けるか! ミルゼの前から消えてなくなれーーー!」
ミルゼも相手が明らかに格上だと、理解したらしい。一瞬、怯えた表情を浮かべるが、ここで引くわきにはいかないと己に喝を。そして自身のすべてを懸けて、立ち向かおうとした。
二人から発せられる尋常じゃないほどの力の余波がぶつかり、大気が悲鳴を上げる。もはや目の前で繰り広げられようとしている次元違いの戦いに、ただただ圧倒されるばかり。動けず、固唾を飲むしかない。
そしてミルゼとハクアが激突しようとした、まさにそのとき。
「二人ともケンカはダメだよー!」
必死にうったえるトワの声が響き渡ったのだ。
その彼女の突然の行動に、戦いを止めきょとんとするハクアとミルゼ。
「わおー、勇者であるトワちゃんが止めるんだ。もしかしたらここで強敵が消えるかもしれないのに」
「だって二人が傷つくと思ったら、いてもたってもいられなくなったんだもん」
手をもじもじさせながら、戸惑い気味に答えるトワ。
「アハハ、ワタシたちのこと心配してくれたんだ。トワちゃんってほんと面白い子だね! じゃあ、ここはトワちゃんに免じて引いてあげよう! というわけだからミルゼちゃんも、引いた、引いた。今回仲間に引き入れるのは、あきらめてあげるから!」
ハクアはさぞ愉快げに笑いながら、手をポンと合わせて提案を。
「なに勝手に決めて……」
「はいはい、遊んで欲しかったら、いつでも遊んであげるから今日は帰ろうね。いい子だから」
不服そうなミルゼに対し、ハクアは小さな子供をあやすように言い聞かせた。
するとミルゼは馬鹿らしくなったのか、ぷいっとそっぽを向いて臨戦態勢を解除する。
「ふん、もういい、しらけた」
「よしよし、瀕死のガルディアスさんは、ミルゼ教に送っておいたから」
「――ガルディアス、無事だったんだ……」
胸を押さえ、心底ホッとするミルゼ。
そこへクラウディアが彼女に、一通の手紙を差し出す。
「はい、ミルゼさん、これあなたの部下の魔人さんからよ」
「ミルゼ教、あの人こんなものを作ってたの……。――はぁ……、まあいいか。とりあえずここに向かって」
手紙を受け取り読んだミルゼは、額を押さえなにやらあきれだす。
「姫様、ミルゼさんをこのまま行かせていいんですか?」
それからハクアのところまで歩いてきたクラウディアが、彼女に耳打ちした。
「アハハ、いいんじゃない。当初の予定だと無理やりでも仲間に引き込むつもりだったけど、あんなにかわいらしい女の子だったんだもん! 大目に見たくもなるでしょ? せっかく自由になれたんだし、もう少しシャバの空気を堪能させてあげよう。それからでも遅くないって!」
「さすが姫様、なんておやさしい」
ケラケラ笑うハクアに、クラウディアはうっとりしながらあがめだす。
「それじゃあ、シンヤくん、トワちゃん。また近いうちに会いましょう。その間、ワタシの仲間になること、しっかり検討しといてね! バイバーイ!」
「じゃあね、ボウヤ、お嬢ちゃんたち」
そして手を振り、別れを告げてくるハクアとクラウディア。
すると彼女たちの周囲に黒い靄があふれだし。気づけば二人の姿は消えていた。
「勇者のお姉さんたち、命拾いしたね。でも今度はそうはいかないから。覚悟しておいてね」
次にミルゼが別れを告げ、さっき渡された手紙を床へ落とした。
その瞬間、手紙を中心に魔法陣が現れたかと思うと、ミルゼを転移させた。
これによりこの場に取り残されたのは、倒れているミルゼ教の信者たちとシンヤたちだけに。
「――ミルゼちゃんも行っちゃった……。はっ! そうだ! リアちゃんは!?」
唖然としていたトワであったが、今だ祭壇のところで倒れているリアの方へと駆け寄る。
「リアちゃん! リアちゃん!」
「――トワさん……。あれ、リアは……」
トワがリアの身体を揺さぶっていると、彼女は起きた様子。目をこすりながら、上体を起こす。どうやらケガとかはしていなさそうだ。
「よかった。リアのやつ無事そうだな」
「ええ、でも邪神の眷属が復活するなんて……。それにあの女の子。シンヤくんたちの話から察するに、邪神の眷属と同じ存在なのよね?」
ホッと一息ついていると、フローラが深刻そうに目をふせながらたずねてきた。
「ああ、ヘタしたらそれ以上の力を持ってるかもしれない」
「――そう……、これから忙しくなりそうね……」
「まあ、なにはともあれ、今は全員無事だったことを喜ぼうぜ」
「ふふ、それもそうね。じゃあ、みんな帰りましょう!」
生き残れたことを喜びつつ、シンヤたちもこの場を去るのであった。




