各国の動き
ここはユーリアナ王国の首都、エルゼアナ。そして首都にそびえたつエルゼアナ城の城壁の上から、一人の物腰が柔らかい気品ある若い青年。シュミットの姿が。彼はユーリアナ王国の辺境の地である、封印の森の方角を見つめていた。というのもその上空は、不気味な赤黒い雷雲に覆われているのだ。しかもそこを中心として空を赤く染めているときた。なのでこの王都の空も、まるで世界の終わりを連想させる赤い空に。さらには身の毛がよだつほどの禍々しい気配を、辺り一面に漂わせているのであった。
「大気が震えている。これはまずいことになってきたようだね」
この異常事態にシュミットはアゴに手を当て、思考をめぐらせる。
「シュミット様! 報告いたします! 現在、封印の森周辺に、おびただしいほどの魔のオーラがあふれだしているようです!」
すると後方から伝令の兵士が、血相を変えて報告してきた。
「これは邪神の眷属の封印が、解けかけているとみるべきだね」
封印の森を中心地としたこの異常事態。思い当たるのは、もはやあの場所に封印されている邪神の眷属しかない。ここ最近封印がおかしいと報告があったが、まさかこのような事態にまで発展するとは。
「そんな!? あの封印は魔のものには絶対解けない代物だったはず!」
「人の手なら話は別だ。あの教団か、それともまた別の者の思惑か。どちらにせよ邪神の眷属が野に放たれることに変わりはない。もしもの場合に備えて、今すぐ兵を動かす準備を。国王である父上には、ボクの方から説明しておく」
状況を整理して、冷静に伝令の兵士に指示を。
いろいろ気がかりではあるが、今はもしもの事態に備え準備をする局面。いざとなればシュミット自身、前線に出られるようにしとかなければ。
「はっ! ただちに!」
伝令の兵士はシュミットの指示通り動くため、この場を去っていく。
「こうなることを恐れてフローラに様子を見に行かせたが、まさかここまで早く事態が動くとは……。やはりボクもついて行くべきだった。無事でいてくれ、フローラ……」
シュミットは悔やみながらも封印の森の方を見つめ、フローラの安否を祈るのであった。
ここはユーリアナ王国に隣接する大国の一つであり、魔法と学術の国アルマティナ。マナがあふれる大地であり、鉱物などの資源が豊富。さらに研究業が盛んであり、優秀な魔法使いや学者が集う国としても有名であった。
そしてアルマティナにある学術都市として名高い街、ディルセルナ。そのシンボルでもある、学者や魔法使いの工房が集う巨大な塔の展望台。そこには見た目二十代後半の若い凛々(りり)しい女性、人呼んでアルマティナの魔女として畏怖される大魔法使い。リースの姿が。
「バカな! あの封印が解けかけているだと!」
赤く染まった空の下、この異常事態の中心地と思われるユーリアナ王国の封印の森の方を見つめながら、声を荒げる。
リースにはわかるのだ。この禍々しい気配は、150年前かつて戦ったことのある邪神の眷属そのものだと。
「あの封印は完璧なモノ。どれだけウデに覚えがある魔法の使い手であっても、あれを解除するなんて不可能だ! あの封印の術式に携わったワレですら、至難の業だというのに!」
あの封印は当時の封印の巫女の力と、リースの術式によって完成した牢獄。聖なる光の結界で魔の者は近づけず、さらに解除しようにもあまりに複雑で強固な術式ゆえ、リースレベルの魔法使いでないと歯が立たないという。だというのにその封印を解くまでにいたるとは。
「いったいどこのだれがこんな芸当を? いや、それよりも早く、この事態の収拾に努めねば! 邪神の眷属もそうだが、やつの影響で魔物や魔人たちが暴れ出すぞ! 今すぐ各国に伝令を! それとみなの者を招集せよ。これまでの対邪神研究の成果が、試されるときだと! この大陸の未来はワレらにかかっている!」
バッと後ろを振り返り、すぐ近くに控えていた助手へと指示をだす。
このディルセルナには、さまざまな対邪神の研究が進められているのだ。それは観測システムだったり、兵器や結界だったり。実際今のフォルスティア大陸の状態を維持できているのも、ディルセルナの研究者たちのおかげといっても過言ではなかった。
「はい! リース様!」
「あとそこらへんでボーとしてるであろう、あのワガ愛弟子を呼んで来い! あやつにはワレに代わって、いろいろ動いてもらう!」
性格はあれだが腕は確かな自慢の弟子である少女に、これからのことを託そうとするリースであった。
ユーリアナ王国、アルマティナに並ぶ大国、ライズモンド帝国。この国はフォルスティア大陸の中でもとくに魔物の進行が激しいゆえ、軍事力に力を入れている。そのため兵力に関しては、フォルスティア大陸随一であった。
ここはライズモンド帝国の首都ウィンブルク。その豪華絢爛な王宮の王の間。思わず目を奪われるほどのきらびやかに装飾された広い空間内に、兵士や臣下たちが待機している。そしてその玉座には、若くして現皇帝となった20代後半の威厳をまとった青年。ラフィンの姿が。
「陛下! どうやらこの騒動、ユーリアナ王国の封印の森周辺で起こっているようです!」
伝令の兵士が王の間に入ってきて、膝をつきながら報告してくる。
「ほう、封印の森周辺となると、邪神の眷属か。今すぐ全兵に伝えろ。魔物たちがこれまで以上に暴れだす。気を引き締めて、殲滅に当たれと。すべてはライズモンド帝国のために!」
ラフィンは立ち上がり、腕を振りかざしながら堂々と宣言する。
「はは!」
伝令の兵士は指示を受け王の間を出ていった。
それからラフィンは立ち上がり、王の間のバルコニーへと向かう。
「ここまで邪神の眷属の影響が出ているとはな」
バルコニーから上空を見上げると、不気味な赤い空が広がっている。
発生源である封印の森から、かなり離れたこのウィンブルクまで影響を及ぼすとは。これも魔人の眷属のケタはずれの力ゆえか。
「フッ」
本来なら迫りくる絶対的脅威に、絶望や畏怖の念を抱くのだろうがラフィンは違った。なんとその表情には笑みが。
「どうやら姫様が、邪神の眷属の封印を解くことに成功したようだ。さすがは我が君。やはりあのお方は本物だな。となるとオレがやることはただ一つ。姫さまの望む世界のために。オレのすべてを、たとえこの国を犠牲にしようとも叶えてみせる」
ラフィンは腕を天高く伸ばし、グッと手をにぎりしめる。そして己が覚悟を宣言した。
「ではそろそろオレも動くとするか」
不敵な笑みを浮かべ、王座へと戻るラフィンなのであった。




