女神の怨念
「シンヤ! シンヤ! お願いだから目を開けて!」
「――うっ……」
目を開けると、トワの泣きじゃくっている顔が。
彼女はすぐそばで座り込んで、倒れているシンヤの身体を揺さぶっていた。
「シンヤ!?」
「――トワ……、そうだ!? あの魔人は!?」
「あの魔人ならわたしが倒れたシンヤに気をとられてる隙に、神殿の奥へと逃げていったよ」
「さすがに深手を負った状態で、戦闘続行はマズイと踏んだか。――ッ!?」
上半身を起こすと、胴体に激しい痛みが。
そういえば気を失う前に、トワをかばってガルディアスの雷撃をもろにくらったことを思い出す。
「シンヤ、大丈夫なの!?」
「ああ、マナを防御に回したおかげで、ダメージは軽減できたみたいだ」
一瞬死ぬかと思った一撃だったが、そこまで重症ではなかった。というのも敵の攻撃を受ける間際、あらかじめ与えられた知識である魔法の軽減方法を試していたのだ。それは自身の生成したマナを展開することで、それをクッション代わりとしダメージを和らげるというもの。それなりにマナを消費するが、魔法の被害を抑える便利なワザであった。それにこの程度で済んだのは、今回ガルディアスが弱っており魔法の威力が落ちていたおかげでもあるだろう。
(ふう、オレが受けといてよかった。トワだったらきっとなにも対策せず、もろに受けていただろうからな)
いくら黒雷の威力が落ちているとはいえ、あれをまともにくらっていたら命が危ないレベルの代物。しかもあのときのトワは攻撃にすべてをかけていたため、マナの防御など一切やっていなかった。その状態で黒雷を受けながら突っ込んだとなると、致命傷になってもおかしくない。それにこれは予感だが、あのまま続けていたら相打ちとなってトワも死んでいた気がするのだ。なのでこの程度の被害で済んだシンヤが受けて正解だったと、心から思うしかない。
「シンヤのバカ! バカ! どうしてわたしをかばったりしたの!」
トワがグイッと詰め寄り、シンヤの胸板をポカポカたたいてくる。どれだけ心配したと思っているのと、涙目でだ。
「イタタ、傷に響くからやめてくれ……」
「――あ、ごめん……」
痛がるシンヤを見て、シュンとするトワ。
(よかった。今のトワはいつものトワだ)
先ほどまでのどこか冷たい雰囲気の彼女ではないことに、ほっと息をつく。
「それでさっきの質問の答えだが、決まってるだろ。あのままいってたらガルディアスは倒せたかもしれないけど、トワだってただじゃすまなかったはずだ」
それからトワをまっすぐに見すえてうったえた。
「――でもわたしは勇者だし、役目を果たさないと……」
「たとえ刺し違えることになってもか?」
「――うっ、それは……」
トワは目をふせ表情を曇らせる。
「あれが本当にトワが考えて決断しての行動なら、その覚悟を組んでやらんこともない。でもあれはどこからどう見ても別のなにかが絡んでいるだろ。でないと一歩間違えたら死ぬあんな蛮勇めいた動き、臆病なトワにできるはずがないもんな」
「ぎくっ!?」
シンヤの正論に、トワはバツの悪そうな顔をする。
やはりあの豹変よう、なにか裏があるみたいだ。
「なあ、トワは納得できるのか? 異世界ライフを満喫する前に、こんなところでちょっと強い敵と相打ちするなんて結末。オレはそんなわけのわからないもののせいで、トワのこれからの輝かし異世界ライフが台無しにされるなんて我慢ならなかった。だからかばった」
「――シンヤ……」
「そもそもあの状態はなんなんだ? あそこまで豹変するなんて、あきらかにやばいものだろ?」
「えっと……、白状するとわたしの中に、女神さまの邪神に対する怨念の塊みたいなものがあったの。それに触れたら邪神に対する敵対心が膨れあがり、だんだんそれ以外のことが考えられなくなって……。いつのまにか自分が自分でなくなるっていうのかな」
「おいおい、それ身体が乗っ取られてないか!?」
シンヤが想像していたよりも重い事実に、思わず声を荒げてしまう。
あの性格、雰囲気の変わりようはただ事じゃないとは思っていたが、まさか乗っ取られているレベルだったとは。なにか変な悪影響を受けていないか、心配せずにはいられなかった。
「でもでもシンヤも見たでしょ! わたしの活躍っぷり! おかげであんなにも戦えたんだよ! 本来のわたしなら絶対あそこまでやれてないよ!」
不安に駆られるシンヤとは逆に、トワはぱぁぁっと顔をほころばせ興奮気味にかたってくる。
「えっへへ、これで勇者として戦っていける! これからはこの力でみんなを守ってみせるんだから!」
そしてトワは両腕でガッツポーズしながら、得意げに宣言を。
「――ダメだ、トワ。もう二度とあの状態にならないでくれ」
そんな盛り上がる彼女に、もはや懇願する勢いで頼み込んだ。
「え? シンヤ、なに言ってるの? あの状態になったら無双できるんだよ? そしたらシンヤだって戦闘が楽になるのに」
これには首をかしげ、きょとんとするしかない様子のトワ。
「だけどその代わり、トワが傷つくことになるだろ。今だってこんなにもあちこちボロボロなんだ。あんな自分を顧みず、敵を葬ることに執着した無茶な戦いばかりしてたら、命がいくらあってもたりないぞ」
あのバーサーク状態のトワからは、嫌な予感がするという。もしこのままあれを使いつづければ、近いうちに彼女がいなくなってしまう。そんなどこか確信めいた予感がするのだ。なので取り返しのつかないことになる前に、なんとしてもここでやめさせなければ。
「――でもわたしは勇者だから……。傷つくことなんて恐れてられない。人々のため、大切なみんなのため、身をていしてがんばらないと……」
トワは瞳を閉じ、まるで自身に言い聞かせるように想いをかたる。ただ肩が少し震えており、どこか無理しているのは明白であった。
「トワいくら勇者だからといって、自分を犠牲にする必要はないんだ! そんなことされても、オレは全然うれしくない!」
もはや彼女の両肩をつかみ、必死にうったえるしかない。
「え? どうして?」
「トワが大事だからだ! 誰だって大切な仲間が傷ついて、平気なわけがないだろ! それなのにあんな自分を顧みない無茶な戦い方をして! どれだけ心配したと思ってるんだ!」
「あれ? わたし怒られてる!?」
「当然だろ! それだけのことをやったんだからな」
「――え……、わたしがんばってただけなのに……」
しかしシンヤの言っていることに、あまりピンときていない様子のトワ。
「自分に置き換えてみろよ。トワだってオレがかばったとき怒ってただろ?」
「あれは怒るよ! ヘタしたら死んでたかもしれないんだよ! もしシンヤがいなくなったら、わたし……。――あっ……」
トワは両腕を胸元近くでぶんぶん振りながら、切実に主張を。そして最後に気づいたらしく、口元を押さえハッとしていた。
「やっと気づいてくれたか。つまりそういうことだ。だからトワ、もっと自分を大事にしてくれ。キミが死んだらオレはもちろん、フローラやリアだってどれだけ悲しむことになるか」
「――ごめん……」
「確かに勇者としての責務は大事かもしれない。でもオレはそれよりも、トワにはこの二度目の生を思う存分に生きてほしい。死んだら輝かしい冒険の日々が、そこで全部終わってしまうんだ。そんなのトワだっていやだろ?」
申しわけなさそうにするトワに、シンヤの想いを伝える。
「うん」
「なら死に急ぐようなマネ、止めないとな。生きてトワの夢をかなえる姿を、見届けさせてくれ。そしたら補佐するオレも、報われるってもんだ」
トワの頭を手でポンポンしながら、優しく笑いかけた。
「わかった。じゃあ、シンヤも死なないでね。ずっとそばにいて、わたしの冒険の幾末を見届けて!」
するとトワがシンヤの上着をギュッとつかみ、万感の思いを込めて告げてくる。
「最後は絶対みんなで笑え合える、最高のハッピーエンドにしてみせるから!」
そして彼女はもう片方の手で自身の胸を押さえながら、希望に満ちたまっすぐな瞳で宣言してくれた。
「ははは、期待してるぜ、勇者さま」
「まっかせて! シンヤがわたしの補佐役でよかったって、心から思えるような未来を見せてあげる!」
二人でこの先の未来に思いをはせ笑いあった。
「じゃあ、ガルディアスを追うとするか」
「うん! 行こう!」
シンヤたちは立ち上がり、神殿奥に視線を移す。
「――ふう、よし、いける! 今度は正真正銘わたしの力で!」
トワは取り出した剣をぐっとにぎりしめ、意を決する。
その姿はもはや頼もしい限りであった。きっと今の彼女なら女神の怨念に頼らなくても、みずからの意思で戦えることだろう。
(いろいろあったが、これならなんとかなりそうだな。うん?)
そんな彼女の成長に感慨を覚えていると、異変が。
「ガルルルルー」
少し離れたところに、ウルフが一匹どこからともなく沸いたのだ。
「おっ、ちょうど肩慣らしできる敵が来たぞ」
「え? 敵!? どこどこどこ!?」
するとトワが剣をブンブン振りながら、キョドり始める。
「あそこだけど」
「ほんとだ! よ、よーし、わたしが華麗に倒してみせるんだから! てやー!」
そしてトワはタッタッタッとウルフ目掛けて走り、剣を振るった。だが攻撃した瞬間の彼女は目をギュッと閉じていたこともあってか、狙いが定まらずまさかの空振りに終わってしまう。
「ガルルルッ!」
その直後、跳びかかって襲いかかろうとするウルフ。
「トワ、危ない!」
さすがにこのままでは彼女がダメージを受けてしまうため、リボルバーを取り出しウルフへ発砲。トワに攻撃が届く前に、撃ち倒した。
「あ、あれ? 敵は!? わたしやったの!?」
倒したのはいいものの、トワはまだ状況がつかめてない様子。非常にあわあわしていたといっていい。
「――おいおい、まじか……」
これにはさすがに頭を抱えるしかない。
確かに今回は怯えず戦えていたが、その内容があまりにもダメダメ。初戦闘なのでしかたがないといえばしかたがないのだが、あそこまでへっぽこな戦い方とは。
「――だ、大丈夫だよな、――ははは……」
この先のボス戦、正直不安になるしかないシンヤであった。