トワの想い
シンヤとトワがいるのは、森の開けた場所にあるゆるやかな川辺の近く。
空は現在雲一つなく、満天の星々と大きな丸い月がはっきりと見えている。そのため夜だというのに周囲は月の青白い光で照らされ、かなり明るい。さらに川の水面が月の光を反射し、その周りには蛍たちが飛びかっているときた。もはや思わず息をのむような幻想的な光景が、目の前に広がっていたといっていい。
現状、街に戻りたいところだが、まだ兵士たちがトワを探そうとうろついているはず。なのでほとぼりが少し冷めるまで、しばらく時間をつぶすことにしたのであった。
「わー! 水面があんなにもキラキラしてる! しかもあれ、蛍だよね! 初めて生で見たよ! すごくきれい!」
トワは目を輝かせ、はずむ足取りで駆けていく。
「あぁ、空気が澄んでて、星があんなにも輝いてる! あはは、手を伸ばせば届きそう!」
そして彼女はクルクルと回り、両手を天高く掲げながら夜空を見上げた。
「ねー! シンヤも早く! あ、そうだ! あれをやろう!」
シンヤに大きく手を振ったあと、なにかを思いついたのか水辺の方に向かうトワ。
「キャッ! 冷たい! でも、気持ちー! あはは!」
さらに靴と靴下を脱いだかと思うと、足を水の中へ。それからパシャパシャと水を足でかき上げ、楽しそうに笑った。
「すごいはしゃぎっぷりだな」
そんなご満悦な彼女のもとへ、ほほえましい気持ちになりながらも向かう。
「えっへへ、だってせっかく異世界に転生させてもらったんだよ! 心行くまで堪能しないと!」
「ははは、確かにその通りだな。実際オレもそういうスタンスで行動してるし」
「だよね! あと、わたしの場合、その思いが人一倍強いから、よけいにはしゃぎたくなるんだ……」
トワは遠い目をして、感慨深そうに伝えてきた。
「どういうことだ?」
「まあ、これから一緒に行動する、シンヤなら教えてあげてもいいかな。実はわたし小さいころから重い病気にかかってて、ずっと入院しっぱなしだったの。だから外で遊んだり、身体を動かしたりしたことがほとんどなくて、すごいあこがれがあったっんだ……。もうこんなに思いっきり外を出歩いているのが、夢みたいなぐらいでね」
自身の胸をぎゅっと押さえながら、どこか悲しげに笑うトワ。
「そうだったのか。これまで辛い人生だったんだな」
もはやこれまでの彼女の寝たきりの日々を思うと、いたたまれなくなってしまう。
「でもそうわるいことばかりじゃなかったよ。なんたってこうして異世界に転生させてもらえたんだもん! 病院のベッドでずっとずっと夢焦がれ、胸をはずませていた冒険が目の前に広がってる! もうどれだけ今、この胸が高鳴っていることか!」
トワは右手を輝く星空に伸ばし、左手を胸に当てながら愛おしげにかたった。
「ははは、そっか。そういう冒険モノよほど好きだったんだな」
「だって学校に通えず、外にも出られない。いつもベッドの上のわたしにとって、物語にふれることが唯一の娯楽といっていいほどだったからね。もうどれだけ冒険モノの物語を読み漁って、妄想とかにふけったことか……。そしてその冒険モノの中での、一番の華。勇者だよ! 勇者! その役目を与えられ、世界を救う旅に出られるなんて、もう夢どころの話じゃない! 身にあまり過ぎる幸運だよ!」
トワは勢いよく立ち上がり、ぴょんぴょん飛び跳ねながら笑顔を咲かせる。
「それにね、この状況はわたしのずっと心の内に秘めていた、想いをかなえるチャンスでもあるんだ」
彼女は祈るように手を組み、そっと瞳を閉じた。
「想い?」
「うん、病気でほとんど寝たきりだったわたしは、多くの人たちに助けられて生きてきた。そんなみんなの厚意にふれてきたわたしだからこそ、そのありがたみが嫌というほど身に染みてる。だから今度はわたしが困ってる人に、手を差し伸べたいんだ。だっていっぱいもらったんだもん。その分、返さないとね!」
そして万感の思いを込めながら、言葉を紡いでいくトワ。
「前の生では難しかったけど、この世界でなら。だから勇者としてわたしはみんなに希望を与え、笑顔にしてあげたい。この想いがわたしを勇者として突き動かす、原動力にもなってるんだ……」
「――トワ……」
「あはは、こんなわたしでも誰かの役に立てるチャンスをくれた女神さまには、もう感謝しかないよ!」
トワは幸せそうに目を細め、健気な笑みを。
その純真な想いに心を打たれ、気づけば彼女の頭をやさしくなでていた。
「え!? なんで頭をなでるの!?」
「なんていい子なんだって感動してさ。始めは勇者に向いてなさそうとか思ってたけど、その想いはまさしく勇者のそれだ」
「シンヤ、私が向いてないと思ってたの!? ひどくない?」
むーと子供っぽくほおを膨らませるトワ。
「いや、これまでのトワを見てたら、そう思うのもしかたないだろ」
「――うっ……、それは……」
「そう落ち込むなって。今の想いを聞いて、オレが補佐するに値する人物だって心から思ったよ。だから胸を張れ、勇者さま!」
どんより肩を落とすトワの背中をポンとたたき、やさしくほほえみかけた。
「――あ、ありがとう……。そういうわけだからわたしはこの想いを胸に、誰もが認める立派な勇者になってみせる!」
トワは手をぐっとにぎりしめ、まっすぐな瞳で宣言を。
「えっへへ、とは言いつつその道中、この異世界ライフを楽しむ気満々でもあるんだけどね。いろんなところを見て回って体験したり、おいしいものを食べたりとか。――あまい考えかな……?」
そのあとほおをポリポリかきながら、テレくさそうに笑うトワ。そしておずおずと少し不安ぎみにたずねてきた。
「ははは、オレは全面的に賛成だぞ。それもまた冒険の醍醐味ってな。役目は確かに大切だけど、このさい固いこと言いっこなしにしようぜ。オレもそうだが、とくにトワはこれまでいろいろがまんした分、自分のしたいことを思う存分謳歌したらいいさ。なんたってオレたちは世界を救うんだろ? それぐらい大目に見てもらわないとな」
そんな彼女の不安を豪快に笑い飛ばしながら、ウィンクする。
「そ、そうだよね! えっへへ、この先のことを考えるだけで、わくわくしてきた! 一緒に楽しもうね! シンヤ!」
するとトワは気分が晴れたようで、迎え入れるように両腕を前へ出してとびっきりの笑顔を向けてくれた。
「ははは、そういうのなら喜んでついていくさ! それじゃあ、心置きなく街中を出歩けるように、今の追われてる状況をなんとかしないとな」
「はっ!? 忘れてた!? このまま指名手配犯にでもなったら、観光どころの話じゃないよー!? どうしよう!? シンヤー!」
そして輝かしい異世界ライフのピンチに対し、シンヤの上着をつかみながら泣きついてくるトワなのであった。