ロリコン疑惑?
シンヤが逃げ込んだ部屋は、どうやら物置きらしい。中はずらりと棚が並び、本や教会の備品などが詰め込まれている。その品々は長いこと使われていないのか埃をかぶっており、床の方も物が積まれていたりとけっこう散らかっていた。見た感じ人の出入りはあまりなさそうであり、隠れるにはもってこいの場所かもしれない。
「さていったんはなんとかなったが……、これからどうしよう……」
「もごもご」
現在、シンヤは連れ込んだ少女が助けを呼ばないように、彼女の口元を押さえている状態。
外では異変に駆け付けた兵士の声が聞こえてくる。この様子だとしばらく立ち去ってはくれなさそうだ。
「てかこれ余計にマズイ展開になってないか? とっさのこととはいえ、なに拉致ってるんだよ」
自身のとっさの行動に、深いため息をつく。
もしここで少女を説得できなければ、この拉致っている状況の罪が乗っかってくるのだ。そうなると向こうのシンヤに対する印象は最悪に。この件だけで牢屋につかまりかねない。
「えっと、オレは怪しいものじゃないから、とりあえずおとなしくしてもらえないかな……」
なにはともあれ少女に無実を主張し、説得する必要が。そのためできるだけやさしく話かけながら、彼女の口をふさいでいた手を放す。
相手は十歳ぐらいの修道服を着た少女。鮮やかな赤い髪に、まるで小動物のようなかわいらしさをしている女の子。そんな彼女からはどこか陽だまりのような雰囲気を感じられた。
「うぅ、リアになにをするつもりですか?」
するとリアと名乗る少女が瞳をうるうるさせ、さぞ不安そうな表情で問うてきた。もはや完全にシンヤを、危険な不審者とみなしている様子。警戒しかしていなかった。
「まさか封印を解けと……、っ!? いくら脅されようとも、痛い目にあわされてもリアは屈したりしません……。絶対に、絶対に、それだけは……」
涙目をきゅっと閉じ、必死にうったえるリア。
「待て、きみは勘違いをしてる! オレはそういうヤバい連中とは無関係で!」
「じゃあ、なんでこんな場所に連れ込んで……、はっ!? もしかして!?」
彼女はなにかに気づき、とっさに胸元を隠す。
「リアにいかがわしいことをする気なんですか……? そんなリアはまだ十才で、発育とかも全然……、それなのに手をだそうだなんて……、このヘンタイ!」
そしてリアは冷ややかな視線を向け叫んだ。
これには自身の名誉のためにも、さすがに訂正せざるをえなかった。
「いやいや!? それも違うから!? さすがにキミみたいな子供に手を出すわけ」
「でも世の中には小さい女の子が好きな、ロリコンっていう人がいるって……」
「まあ、確かに。実際このシチュエーションを目の前にしてると、なにかに目覚めそうになってくるというか」
目の前には涙目になりながら、震えている少女。この見るからにいたいけな少女に、なにかいけないことをしているようなシチュエーション。正直に言うと、すこしぐっとくるものが少なからずあったという。
「ひっ、やっぱり!?」
思わず出た本音に、リアは逃げるように後方へ飛び引いた。
「はっ!?」
そこでシンヤにとある予感が湧き上がってくる。
それはリアが勢いあまって後ろの棚にぶつかり、その衝撃で中に入っていた本や教会の備品が彼女めがけて降りそそいでケガをさせるというもの。
「今のは? まさか!」
シンヤはすぐさま後ろに飛び引いたリアへと駆け寄る。
おそらく今見た光景は、シンヤのエクストラスキルである予知の力によるもの。となるとこれから起こる出来事の可能性が高い。それに気づいたころには、すでに身体が動いていた。
「きゃっ!?」
すると予感した通り、リアが後方の棚にぶつかる。
そして中に入っていた物が、彼女に降りそそぎ。
「――イタタ……」
次の瞬間、シンヤの身体に次々と衝撃が襲いかかった。というのもとっさにシンヤが彼女を抱きしめる形でかばったのだ。
これができたのもシンヤの予知の力で事前にわかっていたから。もしその光景を見ていなければ、反応できず彼女にケガをさせていたに違いない。
「え? え? ――もしかしてリアをかばってくれたんですか?」
リアはなにが起こったのかわからず、混乱している様子。だが落ちてきた物や、痛がるシンヤを見てすぐに察してくれたみたいだ。
もしここで急に抱き着かれたことに対して叫ばれでもしたら、部屋の外にいる兵士たちに気づかれ、最悪変質者として捕まりかねない状況だったといっていい。
「まあ、そんなところだ。それよりケガはないかい?」
「――は、はい、おかげさまで……」
いつまでも抱きしめているわけにもいかないので、リアから離れる。
ちなみに彼女はというと、ほおを赤くしながら胸を両手で押さえていた。
「それはよかった」
「はっ、お兄さんこそケガはないんですか!?」
どこかうっとりしていそうなリアであったが、我に返りシンヤの身を案じてくれる。
「ははは、大丈夫、大丈夫。これぐらいキミを助けられたのなら、安いものさ」
リアの頭をやさしくなでながら、笑いかける。
実際のところ大したケガはなく、軽い打ち身程度の被害。全然問題はなかった。
「えっと、お兄さんはいい人みたいですね。すみません、なんかとっさのことすぎて、とり乱してしまってたみたいで」
すると手をもじもしさせながら、気持ちよさそうに目を細めるリア。
「いや、わるいのは、説明もせず連れ込んでしまったオレだから。とりあえずオレは怪しいものじゃない。ここだけの話、実はオレ勇者さまの補佐役なんだよ」
どうやら少し警戒が解けたみたいなので、ここで一気に説得へ。純粋な子供なら信じてくれそうなので、勇者の補佐役の件も包み隠さず話してみることに。
「勇者?」
「世界の危機に、女神さまから使わされた正真正銘の勇者だ。なんと闇を払う特別な力を与えられてるんだぜ」
「そんな方が本当に?」
「ああ、マジの話だ。今起きてる封印の騒動も、きっと彼女がなんとかしてくれるはず。勇者の名はだてじゃないってな。だから不安がらなくてもいいぞ。大船に乗った気でいればいいさ」
勇者のことを得意げに話しながら、リアの頭を再びやさしくなでた。
「――世界を救ってくれる勇者さま……」
それに対しリアは祈るように手を組み、ぱぁぁっと目を輝かせていた。
「先ほどは失礼しました。お兄さんもすごい人だったんですね」
そしてリアはぺこりと頭を下げ、尊敬のまなざしを向けてくる。
どうやらシンヤの作戦はうまくいったみたいだ。おかげで彼女をこちら側に引入れることに成功する。
「ははは、まあ、オレがすごいかは置いとくとして。さっきあそこにいたのは、怪しい女を追ってたからなんだ。オレがついたときには、あの兵士が倒されててさ」
「そうだったんですね。ではその怪しい女の人は?」
「それが逃げられてしまってさ。しかもあの女、なにかヤバげなことを企んでたみたいだから、早いうちに手を打たないといけないかもしれない。そこでだ!」
リアの両肩に手を置き、視線を合わせる。
「どうかキミの力を貸してほしい。今勇者さまは少しピンチに陥ってるから、オレと一緒に助ける手助けをしてくれないか?」
そして少し芝居がかった感じで、熱く勧誘を。
「リアが勇者さまの助けに?」
「そうだ。キミにしか頼めないことなんだ! もし協力してくれるなら、キミも今日からオレたちの仲間だ!」
「リアが勇者さまの仲間に! なんて光栄なことでしょう! わかりました! 謹んでお受けいたします!」
するとリアは胸元近くで両手をぐっとにぎり、はしゃぎぎみに宣言を。
これで目撃者と拉致してしまった問題が無事解決。さらにうまくいけば彼女を使って情報を集められるかもしれない。一時はどうなるかと思ったが、なんとかなりそうだ。
「それでその勇者さまは今どこにいるんですか? さっそくごあいさつを!」
「――えっと……、実は今、ここの牢屋につかまっててさ……」
期待に胸を膨らませる彼女に、申しわけない感じで伝える。
「え? もしかして今朝、封印の森で発見された女の人のことですか?」
きょとんとするリア。
唖然とするのも無理はない。勇者ほどの人物に対し、あまりに場違いな場所なのだから。
「ああ、その子が一応、勇者なんだよな」
「まさかこちらの手違いで勇者さまが!? あぁ、なんて無礼なことを……。早く出して差し上げないと! 待っててください! 今すぐ上に掛け合って!」
リアはあわてて部屋から出て行こうとする。バッと扉をあけて、通路内へと。
「ちょっと、リア!? まずは作戦をだな」
そんな彼女を急いで追うことに。
いくら説得したところで彼女は子供。そう簡単に信じてもらえるとは思えない。なので掛け合うよりも、リアには別のアプローチをしてほしかった。
「リア少し落ち着いてくれ」
通路に出てすぐ、立ち止まっていた彼女の肩に手を置き呼び止める。
だがここで問題が。
「――あ……」
リアをつかまえたのはいいが、目の前には兵士や教会の人たちが集まっていたのだ。しかも急に現れたシンヤをバッチリ目撃していたという。
そして思い出す。シンヤは見つかったらダメだったゆえに、さっきの部屋へと逃げ込んだのだと。
「キミは一体……。少し話を聞かせてもらおうか」
兵士の一人がいぶかしげな視線を向け、近づいてくる。
今のシンヤには不法侵入した件、倒れた兵士の件。さらにはリアと一緒に部屋から出てきた件。もはや怪しさのオンパレードといった状態なのだ。
(あ、ヤバイ、これはおわったかも……)
「違います、この人は……」
なんとかかばってくれようとするリア。
だがいくらいい案が浮かんだとしても、子供の言い分。シンヤの身の潔白を完全に晴らすのは難しいだろう。しかも最悪、リアまで立場が危うくなるかもしれなかった。
「この人は……、り、リアの護衛です!」
そしてリアはシンヤの上着をギュッとつかみながら、ある主張を。
(ご、護衛!?)
それはさすがに無理があるのではと、首をひねるしかないシンヤなのであった。