ヒモ疑惑
「ここがこの世界の街……、すごい、ゲームとかでよく見る感じの光景だ」
シンヤはキョロキョロ辺りを見渡しながら、思わず感動してしまう。
西洋風の石造りの建物の民家やお店が建ち並び、買い物やおしゃべりを楽しむ人々で賑わっているのだ。そのどこか和やかな空気が流れる光景は、王道RPGゲームなどでよく見るものであった。
「ここはユーリアナ王国のはずれにある、封印の地リザベルト。街中は普通なんだけど、ほら、あそこ。立派な教会があるでしょ?」
そうこうしているとさっきまで街の入り口で、門番と話していたフローラが戻ってきた。
彼女が指さした先を見ると、街の奥の方に一段と目立つ大きな教会がそびえ建っていた。
「ほんとだ。すごいのがそびえたってるな」
「あれがこの街のシンボル的存在ね。邪神の眷属の封印を管理している、とても重要な場所なの」
「へー、なんかすごいところなんだな」
聞いていると、なにやら不穏なワードが。もしかするとこの世界を救うにあたり、密接な関係があるのかもしれない。あとでくわしく調べておいた方がよさそうだ。
「ところでフローラ、少し街中を見て回っていいか?」
「ふふふ、シンヤくん、さっきからうずうずしっぱなしだもんね。その物珍しそうな感じ、まるで田舎の方から来た人の反応みたい」
フローラは口元に手を当て、ほほえましそうに笑う。
「は、ははは、実は故郷がわりと田舎の方でさ。あまり大きめの街とかには立ち寄ったことがないんだよ」
本当のことは言えないため、頭の後ろに手を当てながら適当にごまかす。
「そうなの? じゃあ、ユーリアナの王都とかいったら、びっくりどころの話じゃないかもね。あそこの街並みはすごいのよ。どこもおしゃれな建造物が立ち並び、多くの人々でにぎわっている。しかも街の景観も凝ってて、とても華やかなの」
「へー、それはぜひともいってみたいな」
「私、王都出身だから、そのときは案内してあげるわね。紹介したいおすすめスポットとかいっぱいあるんだから!」
フローラは胸に手を当て、得意げにウィンクを。
「そのときはよろしく頼むな。さて、じゃあ、街中の見学を」
「そこの兄ちゃん、どうだい? うちのやつはマジでうまいぜ!」
街中を歩こうとすると、すぐそばで屋台を出していたおじさんに声をかけられた。
ちなみにその店は、分厚い肉を串で刺して焼いている店らしい。さきほどからやけにいい匂いがしてると思ったら、この店からだったようだ。
「おお、肉か。そういえばちょうど腹が減ってたところだし、一本もらおうかな。って、しまった!?」
ズボンのポケットに手を入れた瞬間、あることに気づく。
「シンヤくん、どうしたの?」
「――実はお金がまったくないんだ……」
顔を青ざめながらも答える。そう、シンヤはこの世界のお金をまったくもっていないことに気付いたのだ。もしかしたらと服を確認してみるが、やはりなにもない。どうやらそこらへんは、あらかじめ用意してくれていなかったみたいだ。
「え? もしかしてサイフを落としちゃったとか?」
「あ、ああ、そんな感じだ。だから完全に一文無しで、――ははは……」
もはや笑うしかない状況である。
これには心の中で、女神に抗議をせざるをえない。
(おいおい、まじかよ!? これじゃあ、悠長にトワって子を探してる場合じゃないぞ!? 完全に死活問題!? まずは金を稼がないといけないのかよ! というか女神さま! 少しぐらい金を持たせてから、転生させてくれよ!)
「それはお気の毒ね。しかたない。じゃあ、ここはとりあえず私が出しといてあげるわね。おじさん、一つください」
現状に嘆いていると、フローラがサイフを取り出しお金を払ってくれた。
「まいどありー!」
「はい、どうぞ、シンヤくん」
そして彼女はにっこりほほえみながら、肉の串を差し出してくれる。
「えっと、いいのか?」
「ええ、もちろん」
「助かるよ! いただきます! おぉ! うますぎる!」
肉の串を受け取り、さっそくかぶりつく。
ジューシーな油身と肉のうまみが口いっぱいに広がり、もはや何本でもいけそうな勢いであった。
「ふふふ、よかったわね。でも、問題は全然解決していないわ。このままじゃ宿代どころか、食事だって困ることになるし」
「――だ、だよな……」
「とりあえず当面は私が全部出して上げるとして、シンヤくんは依頼とか受けながらお金をためないとね」
頭を抱えていると、フローラがさぞ当然のように助けてくれようと。
「え? お金を出してくれるのか!?」
「困ったときはお互いさまだもの。それに命の恩人でもあるし。なにより一緒に旅をしないかって言ってくれたでしょ? あれ実はすごくうれしかったの。まさかこんな私を誘ってくれるだなんて……」
フローラは胸をぎゅっと押さえ、満ち足りたようにほほえんだ。
「え? フローラみたいな強くてかわいい女の子、あちこちから引っ張りだこじゃないのか?」
「――あ、ありがとう。でも私の場合は立場もあるから……、あはは……」
シンヤの素直な感想に、フローラはほおを赤く染めながら視線を逸らす。
「だから遠慮しないで。せっかく冒険の仲間に誘ってもらったことだし、今だけパーティを組みましょう。私しばらくこの街に滞在するつもりだし、その間だけでもね! というわけで仲間の私にどんっと頼ってちょうだい」
胸をぽんっとたたき、頼もしくウィンクしてくれるフローラ。
もはやそのあまりの慈愛っぷりに、後光が見えるレベルであった。
「ありがたすぎる話だが、本当にいいのか?」
「ふふふ、私がしてあげたいんだからいいの。その分仲よくしてくれたら、うれしいかな」
「それはもちろん! いや、それだけじゃ到底たりない。もう、あまりの慈愛っぷりに女神さまって崇めるほどだ! フローラさま、最高ってさ!」
彼女の心意気に、祈るように手を組みながら今の心情を熱くかたる。
「――も、もう、おおげさなんだから……」
するとフローラはスカートの裾をギュッとにぎり、はずかしそうにうつむいてしまった。
「とりあえずこれ、持ち合わせのお金よ。好きに使ってちょうだい。それから食事代や宿代とかのお金は私のところで出すから気にしないで。あと、どうしてもほしいものとかあったら買ってあげるから、そのときは遠慮なくいってね」
そしてサイフからお金を取りだし、シンヤに持たせてくれるフローラ。しかもこれだけでもありがたいのに、必要ならばさらに追加で出してくれようとしている太っ腹ぶりだ。
「え? めっちゃ甘やかせてくれるじゃん」
「そうかしら? これぐらい普通だと思うけど?」
フローラはほおに手を当て、さぞ不思議そうに首をかしげる。
(なんかわるい男にだまされそうで、心配になってくるな。というかこの状態オレ、フローラのヒモでは?)
彼女の心配をしつつも、ここでマズイことに気づく。そう、今の女の子に養ってもらっている状況、完全にヒモではないのかと。このままではダメ男一直線。早くなんとかせねば。
「どうしたのかしら?」
「いや、早くこの状態を抜け出さないと、ダメ男になりかねないと思ってさ」
「別にそんな深刻にとらえなくてもいいのよ。私は全然気にしないから、自分のペースでがんばってね」
フローラはシンヤの頭をやさしくなでながら、慈愛に満ちたほほえみを。まるで弟に激甘のお姉ちゃんみたいにだ。
(これはやばい、気を抜けば沼にはまりそうだ……)
「そろそろお昼時だし、どこかのお店でランチをとりに行きましょうか」
危機感を抱いていると、フローラがランチの提案をしてくるのであった。