プロローグ
1章 補佐役と勇者
不気味な黒い雲におおわれた空の下。木々が風でざわめく暗い森の中。シンヤたちの目の前には禍々(まがまが)しいオーラをまとう魔人の男が、攻撃しようとしている。
「――う、うぅ……、戦わないと……、戦わないといけないのに……」
そんな中、銀髪のはかなげな雰囲気をまとう少女がその場にくずれ落ち、恐怖のあまり震えながら自身の肩を抱いていた。
だがそれも仕方のないことだろう。確かに彼女は女神により、世界を救うため遣わされた勇者。しかしいくら魔を滅する強大な力を与えられているとはいえ、この世界に転生する前はただの普通の女の子だったのだ。そんな少女がいきなり命を懸けた戦いに、身を投じられるだろうか。敵への恐怖心、傷つくのはもちろん最悪の場合命を落とす可能性や、のしかかるプレッシャー。さまざまな要因が葛藤となり、締め付けられるのも無理はない。むしろ戦う覚悟を持てという方が、どうかしている。
(――ははは……、実際オレもそこまで覚悟とかはないんだけどな)
思わず心の中で笑ってしまう。
もともと勇者の少女に任せていれば、すべて片が付くだろうと鷹をくくっていたシンヤだったのだ。ゆえについてきたものの戦闘に参加して戦う気はあまりなく、サポートするぐらいの軽い気持ち。そのため正面切って目の前の強敵と戦うとなると、怖気づきそうでたまらなかった。
(だけど戦わないと! こんなところで彼女の想いを、夢を踏みにじらせるわけにはいかない!)
シンヤは知っている。どれだけ彼女が尊い理想を抱いて、勇者としての責務を引き受けたのかを。生前に重い病のせいでずっと助けられてきた少女。だからこそ今度は自分が誰かを助け、笑顔にしてあげたい。その純真な想いとあこがれを。そんな少女の健気な夢を、こんなところで台無しにされるのが我慢ならなかったのだ。
「安心しろ。オレがなんとかするさ。なんたってオレはキミの、補佐役なんだからな」
少女の頭にポンっと手を置き、やさしく笑いかける。
「――シンヤ……」
すると少女は胸をぎゅっと押さえながら、潤んだまなざしを向けてきた。
(ははは、そういえばこんなこと初めてかもしれないな。ここまで本気になるなんて)
生前は本気でやりたいことが見つからず、ただ流されるだけのつまらない人生を過ごしてきた。そんなシンヤであったが、ここにきてようやく胸を張って宣言できる自身のやりたいことを見つけた気がしたのだ。そう、すべてはこの少女の夢をかなえてあげたいと。
「さて、始めるとしようか。その眉間に風穴を開けてやるから、覚悟しろよ!」
そしてシンヤは愛銃のリボルバーを魔人の男へと突き付け、声高らかに宣言するのであった。