【ざまぁ回】第38話 ゴーレム技師、格の違いを見せつける&黒幕、観衆の前で大敗北する
ゴーレム対決当日の正午。
僕とアルカは、いつもの闘技場にいた。
入場すると、前回と同じくらい観客が入っている。
勇者の称号というのも人々の関心を引いていたが、同じくらい『ゴーレム』というものにみんな興味を持ってくれているのだろう。嬉しいなぁ。
そのうちアダマンタイト採掘以外にも、人の役に立つゴーレムでも作ってみようかな。
正直、今日の相手が僕を勇者パーティーから追放するように仕向けたことなどは、大分どうでもよくなってきていた。
人々にゴーレムのすばらしさを見せられることと、相手がどんなゴーレムを見せてくれるか。その2つでわくわくしっぱなしだった。
意識を闘技場に戻す。
闘技場中央には、木材を積み上げて簡易的なステージが出来ている。
反対側の入場ゲートから、髭の生えた中年男性が優雅に歩いてくる。
”ずしん、ずしん”
中年男性の後ろから、大きな足音をさせて、何かが入場してくる。
「あ、あれは……」
勇者選抜試験の時に、僕が作った戦闘用インスタントゴーレムだ。どうしてここに? そして、何故僕が作ったのとは違う動きをしているのか。
「始めまして、ナット君。私はボイル。ゴーレム研究院の最高幹部の一人だ」
作り物臭い笑顔で中年男性が名乗る。
”ゴーレム研究院”という名前は、初めて聞いた。少なくとも、僕がいた田舎にはそんな噂は流れてこなかった。
「ゴーレム研究院は、1000人以上のゴーレム研究家が集まっている組織だ。どうかね? 私たちとともに来ないかね?
正直なところ、ゴーレム研究院はまだゼロからゴーレムを作る技術がない。だが、君ならできる。
君と私達の力があれば、国家にも等しい力を持つことができるだろう。いや、それどころか大陸の支配も夢ではない」
「お断りします。私欲のためだけにゴーレムを使う人と手を組みたくはないです」
僕がはっきりと断ると、ボイルは露骨に不満そうな顔をした。
「チッ! 勇者パーティーから追放させたり色々と根回ししたが、もう面倒だ。直接対決で決着をつけよう。見せてあげよう、我がゴーレム技術院の技術力を」
『両者とも気合十分ですね! それでは本日のルールを説明させていただきましょう!』
僕とボイルの間に、どこからともなくリエルさんが現れた。
『本日の勝敗は、ずばり”どちらが人の役に立つゴーレムを作れるか”です。観客の皆さんには、入場時に赤色と青色のハンカチをお渡ししています。両者のパフォーマンスをみて、ボイルさんのゴーレムの方が良いと思った方は赤色を、ナットさんの方が良いと思った方は、青色をあげてください!』
なるほど、観客に勝敗を決めてもらうのか。
『ボイルさんが勝てば、ナットさんはゴーレム研究院に強制所属していただきます。そしてナットさんが勝った場合には、ボイルさんは金貨100枚相当の価値があるモンスターの卵を差し出します』
そういえば、僕が勝った場合の条件について、今初めて聞いた。完全に忘れていた。
モンスターの卵を何故ゴーレム研究院が持っているのかは分からないが、冒険者ギルドが金貨100枚相当の価値があるというなら間違いないだろう。
『これから、お互いにゴーレムによるパフォーマンスを披露してもらいます! それではまず、ボイルさんのパフォーマンスをご覧ください』
ボイルの改造ゴーレムが、ゆっくりとステージに上がる。
「見るがいい、これが我がゴーレム研究院のナンバー2である俺の技術力だ」
ステージの上で、ボイルは改造ゴーレムにホウキを手渡す。
改造ゴーレムはそれを使って、掃き掃除を始めた。
「どうしたナット。驚きのあまり、声も出ないか?」
もしかして、掃き掃除ができるだけ……?
「驚くのはまだ早い。なんと、チリトリを使える機能の実装も考えている。まぁ、1カ月は掛かるだろうが。完成を楽しみにしておくといい」
インスタントゴーレムはそんなに長期使用を想定して作っていないのだが。
見た感じだと、耐久性関連の部分はまるで改造していない。今この瞬間動かなくなってもおかしくないのだが、ボイルはその点を分かっているのだろうか。
「くくく、驚きのあまり声も出ないようだな」
当のボイルは何故か誇らしげな顔をしていた。
『では続いて、ナットさんのゴーレムのパフォーマンスです!」
「頼むぞ、アルカ」
「お任せください。マスターを罠にかけたあの男は、完膚なきまでに叩き潰します」
アルカが空高く飛び上がり、宙返りする。同時に、形態変更。
家事形態 (メイド服に着替えただけ。機能は一切変わっていない)になったアルカがステージ上に着地する。
「すげぇ、宙返りしたぞ!」
「一瞬で着替えた? どういうこと!?」
「メイド服可愛い!」
アルカのパフォーマンスで観客席が湧く。当のアルカは用意していたホウキとチリトリで、掃き掃除を始めた。
「アルカちゃんの方が、手際がいいし丁寧だぜ」
「しかも、チリトリもキッチリ使ってる」
「ていうかボイルのゴーレムは、大きすぎて部屋の中じゃ使えないじゃないか アルカちゃんの方が絶対役に立つ!」
観客の反応を見る限り、既にアルカが優勢のようだ。
「馬鹿な……あのゴーレム、戦闘以外のこともできるのか」
ボイルは目を見開いていた。
「まだこれだけではありませんよ」
続いてアルカが取り出したのは、フライパン。あらかじめ用意していたホットケーキが乗っている。
そして
「ほいっ」
フライ返しを使わず、右手だけでホットケーキをひっくり返した。
「すげぇ!」
「料理慣れしてないと出来ないぞ、あれは」
「人間でも難しいのに!」
観客は大興奮だ。
「まだです、行きますよ」
今度は、準備していた机と椅子をステージ中央に運ぶ。
そして、そこで書類を書き始める。その様子をリエルさんが覗き込む。
『何の書類を書いているのでしょうか……ああ、これは! なんとアルカさん、【確定申告】の書類を作成しています!!』
「確定申告だって!?」
「あの難しいのをやれるのか! 俺のもやってほしい!」
「人間でも難しいのに!」
今日一番の衝撃が、観客席を襲っていた。
――【確定申告】。税金を納めるために、必要な書類だ。
この国の税金は、国民1人1人がその年に稼いだ額によって変わる。
そして国民は『私は今年いくら稼ぎましたよ』という書類を提出する。これが確定申告だ。
単純に入ってきた金額を合計すればいいというものではなく、そのお金を得るためにいくら使ったか、も申告しなければならない。
そしてこの確定申告、とにかくめんどくさい!!
冒険者は特に確定申告に手間がかかるので、確定申告がイヤで冒険者を辞めてしまう者もいるらしい。
しかしアルカはこの作業を、本を読みながら1晩のうちに習得してしまった。
「馬鹿な、確定申告だと……!? 俺自身ですら毎年苦労しながらやっている作業を、ゴーレムがやれるというのか……!」
ボイルは膝をついていた。
『これは勝負ありましたかね? ”掃き掃除ができる巨大ゴーレム”VS”掃き掃除と料理と確定申告できてしかもすんごい可愛いゴーレム”。 それでは、観客の投票に移りたいと――』
「がっかりだなぁ。せっかくゴーレムを他に作れる人がいるっていうから、どんなゴーレムを作れるか楽しみだったのに。僕のゴーレムを改造して、この程度かぁ……」
「が、がっかりだとぉ!」
僕のつぶやきを聞きつけて、ボイルが顔を真っ赤にして怒る。
「そこまで言うなら仕方ない! このゴーレムは試作品だ! 我がゴーレム研究院の、本当の力を見せてやる。こんな使い捨てゴーレムを改造しただけではない、0から作った本物のゴーレムだ!」
「あれ、さっき『我々では0からゴーレムを作れない』って言ってませんでしたっけ?」
「最近作れるようになったのだ! 待っていろ、『宙返りしながらホットケーキをひっくり返せてしかもイケメンなゴーレム』をすぐに持ってきてやるからな! 見ていろよクソガキ!」
――10分後。
「俺がゴーレム研究院の最高傑作であるゴーレムだ」
ボイルの代わりに、全身甲冑に身を包んだ、自称ゴーレムが現れた。
しかも、声が全くボイルと同じなんだけど……。